UMA、爆誕?
朝食の席で、清子が言った。
「次はUMAよ」
「UMA」聡は繰り返した。「未確認生物」
「そう。ネッシーとか、ビッグフットとか」
「この世界、モンスターいるじゃないか」
「だからこそよ」清子は得意げに言った。「モンスターがいる世界に、モンスターじゃない何かがいるって噂を流す。それって最強の都市伝説じゃない?」
聡は少し考えた。
確かに、理屈としては分からなくもない。この世界の人間にとってモンスターは日常だ。だからこそ、モンスターでもない、未知の何か、という存在は新鮮に映るかもしれない。
「……まあ、いいか。やってみるか」
聡はこの時、まだ甘く見ていた。
「新田、噂を流して」
「分かりました」新田が頷いた。「『森の奥に、未確認の生物がいる』」
「それだけでいいのか」
「シンプルが一番です」
その日のうち、新田は村の広場で、酒場の常連と話していた。
「森の奥に、未確認の生物がいるらしいですよ」
村人は首を傾げた。
「未確認、というのは」
「正体が分からない、ということです」
「ふむ」村人は少し考えた。「それは新種か。冒険者ギルドに報告したらどうだ。新種のモンスターは登録対象だ」
「……登録、ですか」
「報告すれば、ギルドが調査隊を出す。当然のことだ」
新田は、その日初めて、何も言えなくなった。
翌日。
ギルドの掲示板に、新しい依頼が貼られていた。
『未確認生物に関する調査依頼/報告:新種の可能性あり/調査対象:森一帯』
「もう依頼になってる……」
聡が掲示板を見ながら呟いた。
「早いな」吉田が言った。「俺たちまだ何もしてないのに」
「俺も足跡作っただけです」田中が言った。
「いや、その足跡もトロルだと判明してたよな」
「そうでした」
清子は依頼書を見つめていた。
「これ、私達にとって都合いいんじゃない?」
「どこが」
「調査隊が来るのよね。森に」
「来るな」
「そこに本物のUMAを見せれば、調査結果に『新種確認』って書かれるじゃない」
聡は少し考えた。理屈は通っている気がした。気がするだけで、不安は消えなかった。
「本物のUMAって、誰がやるんだ」
「私が変身するわ」
「お前が」
「ビッグフットなら、私の変身でいけるでしょ」
聡は清子を見た。
「……今までみたいに、噂を流して、信じてもらって、固定化、っていう手順は」
「今回は手順踏まなくていいんじゃない?」清子は言った。「直接見せれば、信じるでしょ。だって本物を見るんだから」
「いや、それ普通に危なくないか」
「平気よ。ただ姿を見せるだけだから」
聡は嫌な予感がした。
ただ、その予感を言葉にする前に、清子はもう準備を始めていた。
翌日の朝、調査隊が村を出発した。
Cランクパーティー、四人編成。重装備の戦士、弓を持った斥候、杖を持った魔法使い、盾を持った僧侶。装備からして、本気の調査だった。
「思ったより本気だな」
聡は森の入口で、それを見ながら呟いた。
「新種かもしれない、ですから」新田が言った。「ギルドとしては慎重になります」
「慎重ということは」
「強さが未知数なので、油断はしない、ということです」
聡はその言葉を聞いて、嫌な予感がさらに強くなった。
「清子、本当にやるのか」
「やるわ」
清子は森の奥で、すでに変身を済ませていた。
全身を覆う、白い毛。二メートルを超える体高。長い腕。大きな足。
ビッグフットだった。完璧な再現だった。
「……似合うな」
「ありがとう」
ビッグフットの姿のまま、清子はにっこり笑った。表情だけが清子のままで、聡は少し寒気がした。
「いいか、姿を見せるだけだぞ。何もするな」
「分かってるわ」
「絶対だぞ」
「分かってるって」
調査隊が森に入った。
清子は木々の間に身を潜め、タイミングを待った。
斥候が、足跡――田中が以前作ったものとは別の、今度は本物のビッグフットの足跡――を見つけた。
「足跡だ。新しい。デカいな」
「サイズは」
「人間の三倍くらいか」
戦士が周囲を警戒した。
「気をつけろ。本当に新種なら、強さが分からない」
清子はそのタイミングで、ゆっくりと木々の間から姿を現した。
全身白い毛の、巨大な人型。
「いた!」
斥候が叫んだ。
「未確認モンスター発見!」
戦士が剣を抜いた。
「討伐対象だ!全員構え!」
「えっ」
清子の声が、少し変わった。
「未知の生物は、危険度不明として最優先で討伐対象になる」戦士が叫んだ。「ギルド規定だ!」
「いや、ちょっと――」
魔法使いが詠唱を始めた。
「タイプ不明の場合、最大火力で初撃を加えるのが基本だ!」
「ちょっと待って!」
清子の声から、ビッグフットの低い声色が剥がれ始めた。
「火炎弾、撃ちます!」
「待って!話せばわかる――」
「喋った!?」斥候が叫んだ。「知性がある個体!?」
「ならば尚更、危険度は上だ!」戦士が叫んだ。「コミュニケーション可能な未知の生物は、最も警戒すべき対象だ!」
「なんでよ!?」
清子の声が、完全に元に戻った。
魔法使いの杖の先に、炎の塊が形成されていた。
「逃げろおおおおお!!!」
聡は叫んだ。
ビッグフットの清子が、全力で森の奥へ走り出した。
火炎弾が、清子のすぐ後ろの木に直撃した。木が爆発するように炎を上げた。
「おいまだ撃つ気か!?」
聡も全力で走った。新田、吉田、田中も後を追った。
背後から、戦士の声が聞こえた。
「逃げたぞ!追え!新種が逃走中!」
「待って待って待って!!」
清子の悲鳴が森に響いた。
全員、村の家まで全力で走って戻った。
清子は変身を解いて、息を切らしていた。普段の制服姿に戻っている。
「……死ぬかと思った」
「言ったよな」聡が言った。「絶対危ないって」
「まさか発見した瞬間に攻撃されるとは思わなかったのよ」
「この世界、未確認の存在に対する初動が完全に『殲滅』だったな」吉田が言った。
「ファンタジー世界、怖いですね」田中が頷いた。
「お前らが言うのか」
清子はソファに倒れ込んだ。
「……UMAは、無理ね」
「うん」
「諦めましょう」
「賛成」
新田が、静かに口を開いた。
「部長」
「なに」
「UMAは、この世界と相性が悪いようです」
「そうね」
「失敗でした」
新田はそれだけ言って、窓の外を見た。
森の方角を見ているようだった。
翌日、ギルドの掲示板には、新しい貼り紙があった。
『未確認生物に関する調査結果:新種ではなく、既知の魔法生物による幻影・偽装の可能性あり。引き続き警戒を要する』
「……偽装って思われてる」
聡が掲示板を見て呟いた。
「正解ですけどね」吉田が言った。
「正解なのが問題なんだよ」
聡は掲示板を見上げながら、深く息を吐いた。
この世界に来てから、何度目だろうか。
自分たちのやることが、毎回、想定とは違う形で世界に刻まれていく。
聡はそれを、もう数えるのをやめていた。




