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私達。オカルトギフターズ!  作者: qp46


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1/7

異世界にオカルトはない

 最悪だ。


 水瀬聡みなせさとしは薄暗いトンネルの中で、そう思った。


 壁に生えた苔の匂い。足元に広がる水溜まり。どこからか聞こえる滴る水音。どれをとっても心霊スポットとしては満点の環境だが、聡にとってはただただ不快なだけだった。


「聡くん、感じる?この空気」


 前を歩く恩田清子おんだきよこが振り返り、目を輝かせながら言った。オカルト研究会部長。聡の幼馴染。そして今日この場所に聡を引きずり込んだ元凶である。


「感じない」


「嘘。絶対感じてる」


「感じてない」


「霊感ゼロの人間でも感じるって噂なのよここ」


「だから感じてないって言ってんだろ」


 清子はつまらなそうに口を尖らせたあと、すぐにまた前を向いた。懐中電灯の光が揺れ、トンネルの奥へと伸びていく。


 聡がここにいる理由はひとつだ。清子に「来て」と言われたから。それだけだ。断れなかった理由は――まあ、幼馴染だからということにしておく。


「田中くん、録音できてる?」


「バッチリです部長」


 後ろから田中錬司たなかれんじの声がした。自称部長の右腕。首からICレコーダーをぶら下げ、もう片手にはビデオカメラを構えている。道具への執着心だけは本物だ。


「吉田くんは?」


「霊圧……感じます」


 吉田幻一よしだげんいちが低い声で答えた。ホラー演出担当。普段は普通の男子高校生なのに、心霊スポットに来た瞬間だけスイッチが入る。聡には理解できない回路だ。


「新田くん」


「はい」


 新田概念にったがいねんが短く答えた。口数が少ない。いつも少ない。他の三人が懐中電灯で壁や天井を照らす中、新田だけはトンネルを歩く人間の足元を見ていた。何を考えているのか、誰にも分からない。


 オカルト研究会、総勢五名。


 聡だけが唯一の非自発的入部者だった。


 トンネルの中程まで進んだとき、それは起きた。


 光だ。


 前触れもなく、トンネル全体が白く染まった。音もない。熱もない。ただ光だけがあった。


「な――」


 聡が声を上げる間もなかった。


 気がつくと、草原にいた。


 青い空。知らない山の稜線。どこまでも続く緑。トンネルは消えていた。アスファルトも、街灯も、遠くに見えていた国道の光も、全部なかった。


 五人は草の上に倒れていた。


「……ここ、どこ」


 吉田が呟いた。


「トンネルは」


 田中が立ち上がり、周囲を見回した。


 新田は無言のまま立ち、空を見上げていた。


 清子は――


「すごい」


 目を輝かせていた。


「これ、異世界転移じゃない!?」


 聡は額に手を当てた。


 最初の夜は近くの村で過ごした。


 言葉は通じた。不思議なことに、現地の人間と普通に会話できた。村人たちは突然現れた五人組を警戒しつつも、一晩の宿を貸してくれた。


 翌朝から清子は動いた。


 オカルト研究会部長の本領発揮とばかりに、村中を歩き回り、話を聞いて回った。聡も半ば引きずられる形でついていった。


 そして気づいた。


 この世界には、ゴーストがいる。


 普通にいる。


 村の外れの古い家に、幽霊が住んでいる。それを村人は知っている。怖がってもいない。「ああ、あそこの幽霊さんね」という感じで話す。


 ゾンビもいる。


 村の墓地の管理をしているのがゾンビだ。働き者として村人に好かれている。


 吸血鬼の商人が月に一度やってくる。良心的な値段で取引するので評判がいい。


「ちょっと待って」


 聡は村人との会話を途中で打ち切り、清子の腕を掴んだ。


「この世界、普通に幽霊もゾンビも吸血鬼もいるぞ」


「うん」


「知ってた?」


「さっき知った」


「どう思う」


 清子は少し黙った。


 聡は期待した。さすがの清子も現実を受け入れるだろうと思った。異世界に飛ばされた上に、オカルトが日常の世界だったと知れば、いくら清子でも――


「つまり」


 清子が口を開いた。


「この世界には『オカルト』という概念がないのね」


 正確な分析だった。そう、これが問題の核心だ。幽霊がいる。ゾンビがいる。吸血鬼がいる。しかし誰もそれを「怪異」だとは思っていない。なぜなら全部、普通だからだ。普通にそこにいるからだ。未知でも恐怖でもない。ただの日常だ。


 だから「オカルト」という概念が存在しない。


 恐怖としての怪異が、ない。


「……そういうことになるな」


「オカルト研究会なのに、オカルトがない世界に来てしまった」


「そういうことになるな」


 清子はしばらく黙っていた。


 聡は初めて清子が落ち込むところを見た気がした。幼馴染として十年以上付き合ってきたが、清子がここまで言葉を失うのは珍しかった。それだけオカルトが清子にとって大切なものだったということだ。


 聡は少しだけ、申し訳ない気持ちになった。


 ほんの少しだけ。


 夜。


 宿の一室に五人が集まった。


 田中は荷物の整理をしていた。吉田は窓の外を眺めていた。新田は壁にもたれて目を閉じていた。清子はベッドに座り、膝を抱えていた。


 重い空気だった。


 聡は何か言おうとして、やめた。気の利いた言葉が出てこなかった。そもそも聡はオカルトに興味がない。だから「残念だったな」という気持ちは本物だが、その先が続かない。


 沈黙が続いた。


「ねえ」


 清子が口を開いた。


「なに」


「オカルトがないなら」


 清子は顔を上げた。


 目が輝いていた。


 さっきまでの落ち込みは、どこにもなかった。


「作ればいいじゃない」


 聡は三秒かけてその言葉の意味を理解した。


「……は?」


「この世界にオカルトがないなら、私たちが作ればいい」田中が手を止めた。吉田が振り返った。新田が目を開けた。「幽霊はいる。ゾンビはいる。でも誰も怖がってない。ならば――恐怖としての怪異を、私たちが生み出せばいい」


「正気か」


「至って正気よ」


「いや絶対違う」


「聡くんは黙ってて」


「なんで!?」


 清子は立ち上がり、全員を見回した。


「オカルト研究会を改め」


 そして高らかに宣言した。


「オカルトギフターズ、結成!」


 田中が拍手した。吉田が「おお」と声を上げた。新田が小さく頷いた。


 聡は頭を抱えた。


「お前ら乗るのかよ」


「だって面白そうじゃないですか」田中が笑った。「この世界にオカルトを広める。最高じゃないですか」


「吉田は?」


「演出、やりがいありそうです」


「新田は」


 新田は少し間を置いてから答えた。


「部長の頼みですから」


 それだけだった。それだけで十分だった。


 聡は全員の顔を見回した。全員、本気だった。清子は言うまでもない。田中も吉田も新田も、目が本気だった。


 聡はため息をついた。


「……俺、王道ファンタジーがやりたかったんだけど」


「今がチャンスじゃない。異世界にいるんだから」


「お前らがいる時点で無理だろ」


 清子が笑った。


 窓の外では、村の外れの古い家に明かりが灯っていた。幽霊の家だ。誰も怖がらない、ただの隣人の家だ。


 聡はそれを眺めながら、静かに思った。


 こうして俺たちは、異世界へオカルトを配ることになった。


 後に世界中から恐れられる迷惑集団――オカルトギフターズの、これが始まりである。

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