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第九話 初めまして④

 


「あ……あの……」

「嗚呼、そうであった。其方が素直なことに喜ばしく、忘れていた」


 弟の戸惑う様子に、本来の目的を思い出す。色々と弟が置かれた状況把握と、今後の予定や心身のケアについて長考してしまった。それだけ弟の存在は大切なのだ。弟の頭から手を離した。そして首を垂れている大きな蕾を、指先で軽く弾く。すると、緑色の蕾が金色へと色を変えた。


「わぁ……。いろが……かわった?」

「その通りだ。よく観察をしているな。効果を付与したのだ」


 蕾の変化に反応する弟の様子に気分が良くなる。魔法に興味があるというのは本心のようだ。鉄は熱いうちに打てという、俺は蕾の色について簡単に説明をする。何時もは使い勝手の良い、水魔法ばかり使用しているが偶にはいいだろう。

 加えて、弟が魔法に興味を示しているのだ。この機会に色々な種類の魔法が存在することを教えることにする。


「こうか? ふよ? ……ですか?」

「この蕾が色を変えたのは、役割を与えたからだ。この色は、栄養だな」


 大人しく俺の説明を聞いたが、弟は知らない言葉に首を傾げた。分からないことがあるのは悪いことではない。寧ろ世界を知り、己が無知であることを知ることは大事である。この魔法の便利なところは、目的に応じて効果を繊細に操作出来ることだ。


「えっと……いろがかわったのは、えいようの、こうかをふよされたから? ですか?」

「素晴らしい。その通りだ」


 俺の説明を聞いた弟は、蕾を指差しながら自身が理解したことを口にした。理解力が高くて助かる。俺の雑な説明でも、これ程まで理解をしてくれるとは予想以上だ。ラスボスだからだろうかは分からない。だが、これからの教育が明るいことは確実だろう。俺は嬉しくなり、弟の小さな頭を撫でた。


「ふぇ……あ、ありがとうございます……」


 柔らかく笑うと、弟は素直に礼を口にした。再会したばかりだが、俺に対して警戒心がない。触れても逃げることも、防御姿勢をとろうともしないのだ。三年ぶりの弟に拒絶されれば、この地域一体を八つ当たりで焼け野原にする可能性がある。そうならなく良かったが、弟は俺以外にも警戒心がないのだろうか。弟の無防備さが大いに心配になる。


「それでは、実際に確かめてみよう」


 百閒は一見に如かずである。実際に観た方が勉強になるだろう。後回しになっていた蕾を開くことにする。俺は親指と中指を擦り合わせて、指を鳴らす。すると金色の蕾が首を擡げ、天井に向かって金色の花弁を開いた。途端に甘い香りが周囲へと広がる。


「わぁ! きんいろの、おみずだ……」

「『花蜜』だ。其方の傷は癒したが、栄養が必要だ。これを飲んでおくが良い」


 弟は花蜜を目にすると、驚喜した。


 金色の花の中央には、金色の液体で満たされている。甘い香りの発生源は、この液体だ。体の怪我は全て魔法で治したが、弟の栄養状態は改善していない。余り食事をしていない様子から、急に栄養価の高い固形物は消化器官に負担をかける。弟の体に負担を掛けずに、栄養を補うには液体が最適だ。その点を考慮し、この花蜜を選択した。弟の喜び具合からして、この選択は間違っていなかったようだ。

 花の茎から生えたスプーン型の葉を取ると、弟へと差し出した。


「えっと……その……」


 弟はスプーンを受け取らずに、おずおずと俺を見上げる。葉のスプーンが嫌なのかもしれない。若しくは、魔法で作り出した花蜜を口にするには抵抗がある可能性がある。魔法に興味があっても、実際に口にするが苦手な人は存在するのだ。

 緊急事態ならば有無を言わさず食べさせるが、今は平時である。無理に急かす必要もない。だが弟の苦手意識を拭うのも、兄である俺の仕事だ。加えて、俺の魔力で作り出した物だが、弟が口にするならば毒味をした方が安全である。弟の安全を第一に考えて行動するべきだ。


「……うむ、大丈夫だ。ヴィンセント、何ともない。寧ろ、甘くて美味だ」


 俺は茎からもう一枚、スプーン型の葉を取る。そしてそれを使い、花蜜を掬い一口飲んだ。口の中に柔らかい甘さが広がると、体が温まるのを感じる。味や効果に問題はない。安全確認を終えると、改めて弟にスプーン型の葉を差し出した。


「えっと……。その、ぼ、ぼくが……のんで、いいのですか?」


 弟はスプーン型の葉と俺の顔を交互に見ると、遠慮がちに訊ねた。その赤い瞳には驚きと少しの怯えの色が浮かんでいる。

 飲んで良いと言った上に、スプーンを差し出した。しかし自身が対象者だと理解出来ずに、この反応は少々堪えるものがある。弟の状況には色々と課題がありそうだ。予想だが、弟は誰かに物を分け与えられた経験がないのだろう。弟を此処まで追い詰めた、あの愚か者たちは許すことは到底出来ない。

 だが現状に負けることは出来ない。俺は兄である。こんなことで匙を投げだす訳にはいかないのだ。


「勿論だ。ヴィンセントの為に用意した品だ。遠慮なく飲むといい」


 なるべく優しい声色で、弟の言葉を肯定する。そして弟の小さな手に、スプーン型の葉を握らせた。




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