第八話 初めまして③
「……は、はい……」
俺が風邪に関する注意をすると、弟は素直に頷いた。素直なことは良いことだ。このような劣悪な環境でありながら、性根が歪まなかったことに感謝する。
頭が良く理解力のある弟のことだ。後々、知識を得れば本当の理解を得られるだろう。今は弟に詳しく理解することは求めない。取り敢えず体調不良が当たり前ではないこと、そうなる前に対応することが普通であることを知らせる。
弟は碌に常識や知識を与えられなかったのだ。急に色々な情報を与えるのは、混乱を招くだろう。加えて、これからは俺が徹底的に教育をする。無理をさせるのは良くない。
「後はそうだな……」
俺は手を床に翳し、魔法を使う。淡い緑の魔法陣が床に広がると、その中心から植物の茎が生えた。それは急速に成長すると、蕾を付け大きく膨らむ。そして、俺の前にその首を垂れた。
「す、すごい……」
弟は俺が使った魔法を見上げながら、感嘆の声を上げた。赤い瞳が、生き生きと輝くのを見ると気持ちがいい。そのことに俺の底辺まで下がった機嫌が上がるのを感じる。
「魔法に興味があるのか?」
魔法に興味や関心の有無について弟に訊ねる。学びに関して興味や関心があるか如何かによって、結果が大きく左右されるのだ。好きでもないことを学び習得することは、非効率的である。好きでないから学ぶ気にならず、暗記すべきことを覚えるにも時間がかかるのだ。
加えて、得た知識を自身の考えから改良と発展へと昇華させることもない。知識を知恵へと応用することが出来ないならば、時間の無駄である。
只でさえ、弟は三年間の空白の期間があるのだ。弟が魔法に興味を持ったのが単なる、子どもとして驚きや新しい物への興味の可能性もある。それは悪いことではない。そこから上手く魔法を学ぶことに繋げるのが、兄として教育者としての腕の見せ所である。だが、此処で魔法自体に興味が無い場合は絶望的だ。俺は弟に魔法を教えるのに、苦労することが決定してしまう。
国王に求められるのは、カリスマ性と魔力量の高さだ。指導力と強い者に従うという点においては前世と同じである。異世界で条件に多少の違いはあれ、基本的に求心力のある者が求められるのだ。その必須条件と言っていいのが、魔力量である。王族は総じて魔力量が高い。弟はラスボスであることから、そのことは心配をしていない。問題は魔法を使えるかである。
ゲーム内でのラスボスの状況を俺はよく知らない。しかしラスボスであるならば、魔法を使うだろう。魔力量が高いのに、魔法を使わないなど宝の持ち腐れである。俺は弟に苦手意識なく魔法を使って欲しいのだ。一時の驚きからの興味ではなく、魔法と認識した上での興味であってくれと強く念じる。
「……っ! はい……。あ、でも……ぼくじゃぁ……」
「大丈夫だ。其方ならば、これぐらい直ぐに出来るようになる」
如何やら、俺の祈りが通じたようだ。弟は魔法に興味があることを認めた。しかし直ぐに否定的なことを発言した為、俺は急ぎその言葉を遮る。魔法は精神面の影響を受け易い。変な思い込みは、魔法の発動を阻み精度を劣らせるのだ。
「ほ、ほんとうですか?」
弟は目を輝かせると、俺を見上げ確認をする。如何やら、魔法を使用することが出来るのが嬉しいようだ。だが一つ不思議な点がある。
年齢を考えれば、弟は無意識に魔法を発動していても可笑しくはない。加えて、劣悪な環境に身を置いていたならば猶更である。魔法は精神状態に左右され、感情の爆発を起因として魔法に目覚めることが多々あるのだ。それに身分の差はない。貴族だろうが平民だろうが関係はなく、幼い者は感情のままに力を使い魔法の存在を知る。大抵はそうなる前に、親や身近な者が教えたり制御したりするのが一般的だ。
弟はそのような制御する存在は居なかった筈である。しかし感情を爆発させ魔法を発動させた様子もない。不思議である。
因みに、俺は赤ん坊の時から魔法を使っている。それには理由があるのだ。この世界に転生したと同時に、俺は前世の記憶を思い出した。赤ん坊というのは、全ての世話をして貰えて最高である。しかし前世おっさんである俺には、全てを世話されるのは堪えられなかったのだ。打開策として何となくイメージをしたら、魔法を使えた。それからは水で魔法人形を作り出し、それを使役して自分の世話をしたのだ。
その所為で周囲からは嫌になる程、称賛された。俺は只、自分の尊厳を守っただけである。
「勿論だ。ヴィンセントならば、私以上に上手くなるだろう」
弟の言葉を頷き、その小さな頭を撫でる。魔法に興味がありラスボスであれば、俺よりも魔法が上手くなるのは当たり前だ。加えて、弟には将来の国王になってもらう計画がある。俺より優れていなければ困るのだ。まあラスボス補正がかかり、弟は誰よりも強くなるだろう。モブの俺よりも、絶対に良い国王になる筈だ。
「……あ、ありがとうございます……」
「礼が言えるのは偉いな。流石は我が弟だ」
赤い瞳を潤ませると、弟は感謝を口にした。素直に礼が言えるのは偉い。俺のような皮肉れたクズな奴は、人からの賛辞に素直になれないのだ。俺は弟を褒めて伸ばす。労うように、更に弟の頭を撫でた。




