7月28日 なぜ百噺?
東野圭吾さん、亡くなりましたね。ご冥福をお祈りいたします。
作家を通して68年。(生まれた瞬間から描いてたわけじゃないだろうけど)名作を描き続け、最後の最後まで作家を通して生きた。
彼の作品は多く読んだけども、あのクォリティを保ち続けたことが、本当に素晴らしいと思う。
去年の5月27日から『カクヨム』と『小説家になろう』で連載してる百噺(百話、一万文字前後の短編を描き上げる企画)に挑戦してる矢久の自己評価を鑑みても、40年間面白いものを描き続けることの難しさを痛感する。
そんな彼のことをうらやましいと思うかと言えば、その人生が違い過ぎてうらやましがる以前の問題だが、矢久の目指している『作家の人生』を歩き切った人であることは間違いない。
実際、俺もずっと描いてる。一銭にもなってないけど、ずーーーっと描いてる。これを趣味というには酷であると言わざるを得ないほどに苦しみながら長く描き続けている。
その上での百噺(なお『小説家になろう』では百夜一夜物語と称している)。現在五十二噺を描いて五十万文字ちょっとだが、一噺描き切った次の日には、設定も人物も何も存在していない真っ白なページが目の前に現れる時の香ばしさ……?(笑)
今、十日から二週間に一度ペースくらいなのかな? ……今までになかった発想を生み出し続けるのって大変だなぁと思う。同じ題材、同じ人物を使っていればその設定が引きずれるから長く描いて行けるけど、一から始まる短編の作成は、一年と二か月前に描き始めた時の楽観的な展望よりもはるかにきつかった。
ネタがないわけじゃないのだ。そのネタを文章として生み出し始めるエネルギー量が、思った以上に重い。
ちなみに、なんで百噺をしようかと思ったかと言えば……
『百噺短編を描いて、矢久の作品を気に入ってくれる人が、Amazon kindleで出す矢久作品に触れてくれるといい』……という動線作りのためなのだが、とりあえずそういうことではなく、『なぜ百なのか』という部分について、今日はちょっとツイートする。
キリがいい数字だから!!……ではないのだ。
俺が敬愛するアーティストと言えば、ロックバンドGLAYのリーダー、TAKUROだ。(敬称略)
俺の文章は誰に影響されているって、どの小説家でもない……TAKUROの生み出してきた詞だったりする。彼の作る歌詞や作詞をする際の考え方が、俺の文章表現に大きく影響している。
そのTAKUROの著作に『胸懐』というエッセイがある。(幻冬舎)
これに、以下の文言がある。
『天才ではない僕が、いい曲を書くにはどうしたらいいか。それはもう、たくさん曲を作るしかない。
モーツァルトのように、書く曲全てに完璧な美しさを与えられたら、どんなに幸せだろう。残念ながら、僕には不可能だ。けれど、僕にだって千曲に一曲くらいは人の心を打つ曲が書ける。次のライブまでに十曲は欲しいということになれば、一万曲書けばいいだけの話だ。
(胸懐 TAKURO)』
236ページあるこの本で、この一文を探し出すのに一分かからない。それほど、何度も読み返した本である。俺が天才的な作品を評する時にやたらモーツァルトを引き合いに出すのはこの一文の影響なのだが……。
……とにかくそういうことなのだ。
『僕にだって、千曲に一曲くらいは人の心を打つ曲が書ける』
実際、自分の限界は一年で五十万文字前後であることは、作家を目指し始めてからの毎年のアベレージがその文字数なので、千作品描くとなったらそれだけで二十年かかってしまうし、さすがのTAKUROもライブのたびに一万曲は書けなかっただろう。これはあくまで、彼の作詞に向かう覚悟を言っているのだ。
……ってことで、現実的なところで規模を縮小し、
『僕にだって、百噺に一噺くらいは人の心を打つ作品が描ける』
ということにして、百……と定めた、っていうお話。(笑)
ダメじゃん!! ……と思うかもしれないが、いやもう、千は……千尋が神隠しされてしまう……。
それだけで、赤川次郎(敬称略)の生涯作品数に匹敵してしまう……。
なお、心を打つという点に於いて、どんな作品が心を打つのか、本当に人による。百噺はまだ途上だが、同じ作品に対する評価も人によってまちまちだ。
だからこそ、百噺は一噺ごとに、できる限り別の世界観で描きたい。
そうすると、一噺描き終えてすぐ後に真っ白なメモ帳が、とても香ばしいのだよ……ミスタージェームス君。
『生きることはつらいな……』(GLAY Fighting Spirit)
ま、東野圭吾(敬称略)が68?……若いと言えば若い。
これくらいで死ねるなら頑張れるかなと思えるけど……って思いつつ、「68って後何十年だよ……」って思うと、……やっぱつらいな……。




