45.レンジャーへの道・投擲編
暗殺マスク教官によると、サラマンダーを召喚した試験官代理はあれだけ大口をたたいていたにも関わらず育成校から追放、冒険者の資格は剥奪され、国の憲兵に尋問を受けたらしい。
その中で勇者の名前も出てきたものの、他の大物の名も出てきたため、詳しいことは伏せられている。勇者がおれを狙ったことは明らかだが、国から特に取り調べもされていない。
「まぁ、面倒だから省いちゃったよね、ぼくが、うん」
「本当に何者ですか? なんでそんな機密を知ってるんです?」
「それはぼくが暗殺者だからだね、うん」
「いや、意味わからないです」
「君には訓練に集中してもらう。とりあえず、二週間で職業を修得してもらうから」
「はい、よろしくお願いします!」
おれは期待に胸を膨らまし、どんな過酷な試練でも耐えて見せると奮起した。
「ここだよ~。はいこれ持って、ホラ投げて、あの的に当てる! ハイやって」
「え?」
「これ100回連続ね。出来たら呼んで、うん」
特待コースに入ってまずやらされたのが石投げ。
遠い的に100回連続で当てるよう言われた。
「おい、見ろよ。いい年してあんな投擲の練習してるぞ」
「高い金払ってあれか」
「よくできるな。おれだったら恥ずかしくて止めちまうよ」
分かっている。
全部おれも思ったことだ。
おれ自身、色々な課題を持ってここにやって来て、それは教官にも伝えた。なのに、なんでまずこれからやらないといけないのか。
途方も無い虚無感が雑音と共に背中にのしかかる。
「あいつ、スキル一つしかないらしいぞ」
「そういう特異体質か。でもなんでわざわざ冒険者に?」
「最近聞いたんだけど、特待って体のいい厄介払いなんだってよ。金はあるけど才能ない奴を適当にあしらって自主退学させるための……」
煩わしいノイズは日々大きくなっていった。
クレアとも会えない日々が続いた。
あんなかわいいクレアが、一人でいる。
言い寄るやつがいるに決まっている。
クレアのことは信じている。
だが、あわよくばと手を出そうとしてる奴らがクレアの側にいるかもしれん。
怒りが、焦りが、不安が手元を狂わす。
「おれはこんなに不器用だったのか……」
思っていた以上に難しかった。
こんなこともできないのではやはり冒険者の才能はないのだと、無心で投げている途中、良くない考えが浮かぶ。それでまたミスを犯す。
「あれ~、まだできないのかな? うわぁ、遅いなー。まずはこれができないと話にならないよね、うん」
教官はおれを煽りに来た。
はっ、いけない!
我を失いそうになりかけた。
危ないぞ、おれが【精 神】Sじゃなかったら殴り掛かってた。
「これに、何の意味が?」
「意味だらけだよ。でも、それを見つけるのも君の訓練の内だ。頭よさそうだからすぐわかると思ってたんだけどねぇー」
「ああ、そうですか」
「言っておくけど、こんな固定した的に当たらないんじゃ実戦では無理だよね。ああ、訓練計画がまたズレるよー。もうーこっちの身にもなってよね」
確かに。
できないおれが悪い。
だが煽られて黙っていられるほどおれは優等生ではない。
いや、落ち着け。おれは大人だ。
見返すなら成果でじゃないと意味が無い。
怒りは取っておこう。
100できたら、一回殴らせてもらう。うん、これでいいな。
がんばろう。
『トゥワイス』込みで二週間、現実では一週間。おれはひたすら石を投げ続けた。
「ヴィンセント君、終わったら言ってとは言ったけど、まだ終わらないの?」
「――あはは、すいません。あと少しなんで!」
怒りはストックする。
100達成したら、この人を30回殴れる。ふぅ―落ち着く。
「う~ん。掛かり過ぎだね、うん。【器 用】は高いのになんでかな? ステータスバグってる?」
「あはは、あはは、あはは」
31回殴れる。ああ、楽しみ。
上達はしているんだ。
でも、これは集中力だ。
連続で当て続けるには雑念を払い、的に意識を集中し続ける必要がある。
おれにはそれが足りないということだ。
「う~ん……あれ、この的は?」
「教官が用意したのはすぐボロボロになったので、別のを使ってます。いけませんか?」
「いや、あのさ、的に当てろって言ったよね、うん」
「そうですよ。だから的」
ちゃんと高さも大きさも同じもののはずだ。
「小さい。まさか……君、的の中心に描いた円に当ててたの?」
「え、はい。だって、そこに当てろってことですよね」
教官が用意した的には標的が書いてあり、わかりやすく赤く塗ってあった。
それに当てろってことならその赤い標的の大きさだけにしないと。遠くからだと当たったか見極めるのが面倒だ。
「今、何連続かな?」
「左100、右78です」
「両方!?」
「はい?」
なぜ疑問形?
左右で同じことができなければ意味が無いよな。
だって実戦で、左腕を負傷したとしても右腕は訓練してないからできないなんて言えないだろ。
「あと22」
「もういいもういい、ぼくが悪かったよ、うん。50、50で十分だから!」
「え? でもせっかくだし……おれ、やります!!」
「えぇぇ、完璧主義なの!?」
出来ないと、32回殴れないから。
「教官がおれにこれをやらせた意味、わかりましたよ。身体のコントロール。より高い精度で全身を想う通りに動かせないとできない。ステータス上昇でズレた感覚を正しく認識するための訓練なんですよね? それに集中力もつく。感覚を研ぎ澄ませる鍛錬でもある。前より遠くがハッキリ認識できる気がする! だから、最後までやります!!」
本当は殴りたいから。もう心は殴る姿勢に入ってるんだよ。このままじゃただ殴ってしまう。そんなのはただ暴力だしな、うん!
「いや、威力って言うより方陣筒をね……まぁいいや」
「え、なんですか?」
「なんでもない! 正解正解。いやぁ、君は察しがいいな、うん」
「ありがとうございます!」
おれは残りの22回を当てた。
「なぜに全力投球? いやできるに越したことは無いんだけど」
「え? だって全力じゃないとダメージが……」
「いやだから方陣筒を……いや、できるに越したことは無いよ、本当に、うん」
つい力が入ってしまった。
これで『投擲』が修得されていれば、良かったんだが。
石を投げるのに一週間もかかってしまった。
教官が言っていた期限まで残り一週間。
果たしておれに職業取得ができるのか?
「では、教官」
「何だい? お礼は、まだ早いよ? あれ、なにこの濃密な殺気?」
「32回、殴らせてもらいます」
「心当たりがないんだけど!? なぜさも当然の権利みたいに……危ないっ!! 本気!?」
え? なんで避けてんだこの人?
「なんで避けたら意外そうな顔!? 他の教官にそんなノルマでも課されたの!?」
「おれにこうさせているのは教官本人ですよ?」
「心当たりが無さ過ぎるよ!」
「あはは、あはは、あははははは――」
「コワっ! うわ、『デジャブ』使うな、このー!!」
気が付くとおれは学内の礼拝堂にいた。
なんだろう、今まで内なる怒りに取り込まれて我を失い教官に殴り掛かっていたような気がしないでもない。
いやきっと気のせい。おれはそんなことしない。
「目覚めましたね」
こちらに神官が近づいて来た。
試験の日、暗殺マスク教官といた、根暗そうな眼鏡の神官だ。
「暗殺マスクの訓練が一段落ついたようなので、ここからは私も指導させていただきますよ」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、はい、これ持って。こうして、こうして、はいやって」
なぜかおれは死体の解剖をさせられるようだ。