36.堕ちた勇者
その男は謝罪に来たという。
おれとクレアは話を聞く気は無かったが、向こうから勝手に席に着き話し始めた。
「君たちに不快な思いをさせた。本当に悪かったと思っている」
誠意ある謝罪。
降格され、アマチュアに負けた噂まであれば相当身に染みただろう。
勇者という肩書で横暴を働いた分の罰をこれから背負っていく。
その覚悟だと思った。
一回目は信じかけた。
だがおれは知っている。
こいつは全く反省などしていない。
「ぼくは勇者という重圧でどうかしていたんだ。ぼくには勇者として人々を護り、導く義務がある。しかしその重圧は想像以上のものだった。皆の理想でいるあの重圧は経験していない者にはわからないだろうね」
「ちょっと、自分が勇者だから仕方ないってこと?」
「……いや。言い争うのはやめよう。ぼくは本当に悪かったと思っている。でも少しはぼくの立場も理解して欲しい。あ、いや――君たちにはわからないかな。冒険者を遊びでやっている君たちには」
形だけの謝罪。
嫌な間合いで挑発を繰り返す。
悪びれた顔をしながら内容は全く謝罪になっていないという、器用なマネをしてくるものだ。
「話はそれだけか? 悪いと思っているなら二度とおれたちの前に現れないでくれ」
「そうだ。どっか行け!」
「いや、待ってくれ! ぼくの謝罪を受け入れてくれたというのなら、お願いを聞いて欲しい」
「ちょっと、厚かましいよ!」
「聞いてくれたら二度と君たちに構わない。それにぼくは君の生まれについて言い触らしてもいなんだ。それについては評価してくれてもいいんじゃないか?」
おれがアルトリンデン辺境伯の息子であると悪評を広めなかったことを恩に思えということだ。
とことんズレてるな。何を考えているのかはわかるがどういう気持ちで言っているのかわからないのが気持ち悪い。
というかこのタイミングで言っている時点で脅しとも取れる。
「……大したことじゃないぼくがあの迷宮の攻略方法について不完全な報告をしたことが、故意では無かったと証言して欲しいんだ」
「は?」
クレアの眼が点になっている。
厚かましいとかそういうレベルではない。
嘘の証言をして自分の汚名を晴らして欲しいと頼んできたのだ。
加害者が被害者にだ。
「ほ、本気で言っているの?」
「あの件で勇者の偉大なイメージが大きく損なわれたんだ。もちろん自分の些細なミスが原因だ。でも、他の勇者のイメージにも影響するし、こういう前例があると勇者が気兼ねなく本領を発揮できなくなってしまう。ぼくは不安なんだ。それでこの先どれだけの命が犠牲になるのかってね」
ペラペラとよくもこう器用に問題をすり替えられるものだ。
コイツは迷宮の攻略方法を故意に誤った方法で報告した。
些細なミスなどではない。
迷宮ボスの部屋へ突入後、四階層のトラップとして出現するオブジェクトの破壊が攻略条件である、なんて特殊な攻略方法を記憶違いするわけないし、記入ミスを起こすわけがない。
第一、自分が迷宮ボスを倒したとまでこいつは報告しているんだ。
悪気がなかったなんて通るわけがない。
もうクレアは理解が追い付かなくて茫然としてしまっている。
「要求はわかった。応じる気はない。二度とおれたちの前に現れるな」
「もちろんタダとは言わないよ。何かぼくにできることはないかな? あるだろ? そうだ、君たちのパーティに無償で入ろう! それなら文句ないだろ!?」
文句しかない。
「金を積まれてもお前をパーティに入れることはない」
「このッ……」
「なんだ?」
分厚い面の皮が剥がれてきているぞ。
このプライドと自信はどこから来るんだろうか。まったく理解できない。
それでもなんとか堪えている。
ギルドへの虚偽の報告が相当効いているようだ。
この楔をほどけば、コイツはまた自分本位に周りを巻き込む。
「消えろ。交渉の余地はない」
勇者は作り笑いを引きつらせ、おれを睨んだ。
「わかった。今日のところは引き下がるよ。でもいつかわかって欲しい」
全然わかってない。
「あ、そうだ! 王都に来たってことは育成校が目的だろう? 知り合いが試験官をしていてね。困ったら頼ってくれて構わない」
『困ったら』か。
要求を拒み続けるなら入学試験で落とす。
おれたちとの妥協点を見つけたと嬉々としている勇者。
さすがにこれだけハッキリと脅しをかければ、シンシアも目が覚めるだろう。
「貴様ぁぁ!!!」
そう思った時、シンシアが勇者に殴り掛かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もし面白い、続きが気になった、更新されたら次も読みたいと思っていただけたらブクマ・評価をお願いします。ポイントが私のモチベーションであり書き続けるエネルギー源です(本音)
私に更新する元気をお与え下さいませ<(_ _)>