2.二回目
男なら誰しも振り返るであろう美女。
健康的な肌艶、整った顔立ち。
無造作に束ねた艶のある黒髪、頭部から生えたふさふさの猫耳。
しゅるりと伸びたしっぽ。
動きやすそうな装備に均整の取れたバランスのいい身体つき。
大きな金色の瞳からはキリリとした目元と相まって聡明で高貴な印象を受ける。
一方、目いっぱい見事な歯並びを見せて笑う仕草には幼さを感じる。
同時に、その牙は人としての根源的な恐怖を誘う。
獣人、それも獅子族と人間のハーフだ。
「昨日は渋々って感じだったのにやる気満々だナ!」
彼女は死んだはずだ。
おれを庇って……
幻覚か?
それとも死者の霊魂がおれに語り掛けているのだろうか?
おれは彼女の頬をつねった。
「痛ふぁい! ふぁん!!」
触れる。
幽霊じゃない。
それに夢じゃない?
「貴様、クレアに触るな! 汚らわしい中年め!!」
若い男に胸倉を掴まれた。
長身、金髪に装飾過多の装備を纏っている。
間違いようがない。
勇者だ。
こいつも迷宮ボスに殺されたはず。
何がどうなって……
「彼を手を放して。タダの冗談でしょ」
「うぐぁ!! ぼ、ぼくは君のために――」
女戦士が勇者の腕を捻り上げた。
「ここ、銀行窓口でしょ? 何してるのー?」
「そ、それがヴィンさんが孤児院に全額寄付をすると……!」
「え、ちょっと、死ぬ気? 確かに危険だけど兄さんは案内でいいんだよ? 戦闘は私たちがやるし」
完全にこれから迷宮へ行く流れになっている。
生前贈与に踏み切ったと思われている。
落ち着け。
あれは夢か?
いや、確かにおれは迷宮へこいつらを案内し、最後の部屋で迷宮ボスに殺されたところを見た。あれは夢じゃない……いや自信が無くなって来た。
だが、書類におれが書いた日付。
それを受付嬢が訂正した日付。
この差異がこの現実を象徴している。
おれの感覚が丸一日、世界とズレている。
いや丸一日巻き戻っている?
真っ先におれは自分のスキルを疑った。
『デジャブ』だ。
今まさに、おれは既視感に襲われている。
「あ、ちょっとどうしたのさ」
おれは女戦士を尻目に手続き窓口に向かった。
「ス、ステータスを見せてくれ」
「あ、はい。5万ゴールドになります」
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ヴィンセント・アルトリンデン(30)♂
【職 業】:アマチュア冒険者
【レベル】:11
【体 力】:D[521 / 1000]
【耐 久】:F[ 82 / 200]
【膂 力】:F[146 / 200]
【速 さ】:E[230 / 500]
【知 力】:D[850 / 1000]
【運 気】:E[120 / 200]
【魔 力】:D[518 / 1000]
【精 神】:D[780 / 1000]
【器 用】:D[980 / 1000]
【スキル】:『デジャブ』(Eⅹ[1000210 / 1000000])
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おかしい。
スキルポイントが達成値を超過して表示されている。
『デジャブ』のスキルランクが不明からExと表示されてる。
レベルがなぜか3も上がっている。
『デジャブ』の中での経験値がステータスに反映されたことなんてない。
ということはやはりこの現象は『デジャブ』とは違うのか?
それとも『デジャブ』の変化がこの現象を引き起こしたのか?
「まぁ、ゆっくり朝食を食べようよ。ぼくらは別に急がないしね」
勇者がこれ見よがしにゆったりと朝食を食べ始めた。
これも昨日と同じ。
そうだ、今日行かなくてもこいつらは迷宮を攻略するまでやめない。
女戦士も魔導士も付いて行くに決まっている。
勇者が勝手に死ぬならそれは仕方ない。
だが街への影響があるなら死なせられない。
孤児院を護るには迷宮で不祥事を起きることがあってはならない。
それに……
考えを巡らせていると女戦士がおれの顔を覗き込んだ。
「……うん? ねぇ兄さん、本当にどうしたの?」
この女におれは救われた。
勇者に迷宮ボスの部屋に投げ込まれ、絶体絶命だったおれを庇って攻撃を受けた。
それが元で死んだ。
他人のことなど信用できないし、信用するだけの時間を共有していない。
でも、命がけでおれを守ってくれたこの女は誰よりも信用できる。
コイツを死なせたくない。
だがいずれ、あの部屋にはたどり着く。
「何かあったの? ねぇ、無視ですか?」
なら……
「やっぱりアイテムを買うから引き落としにしてくれ。『強壮丸』×10と『上級魔力回復薬』×10、それと『爆裂方陣札』×10だ」
「えええ~!!!」
受付嬢が口をパクパクさせた。
ギルド内もざわめく。
それはそうだろう。
上級冒険者でも買い渋る額だ。
『強壮丸』は疲労を消し、肉体の限界以上の力を引き出すドーピング剤。飲み過ぎると死ぬ。
『上級魔力回復薬』は読んで字の如く。スキルで消費する魔力を補うが激マズでバカ高い。
『爆裂方陣札』は魔法職が爆裂魔法を込めた札。魔力を込めると発動する。扱いが危険でバカ高い。
これで金は全部消えた。
目的のために貯めていた金だが、孤児院と女戦士ためだ。
これは迷宮攻略には必要だ。
攻略、そう、おれはこれから迷宮を攻略しに行く。
二十年間、通い詰めた迷宮を、初めて攻略する目的で望む。
読んでいただきありがとうございます。
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