修羅場
その頃、百合子は近くの商店街で買いものを終え、帰ろうとした。
夏の夕日が頬を柔らかく射すので目を細め人通りのない坂を下った。
「ゆりこさん」
自分を呼ぶ声がしたので振り向くと逆光で真っ黒な女の影が仁王立ちで居た。
「チャオ、あなたが百合子ね」
「・・あなたもしかして・・」
貴美江は目の前にいる殺人犯に怯える百合子の姿を眺めにんまり笑った。
「あなたのお家について行っていいかしら?」
不気味な程気安く近づく彼女とは対照的に暗い表情で額から汗が流れ出た。
(断れば殺されるかもしれない・・どうやら亮太さんのことは知らないみたいだから何とかなるわ)
「散らかってるけどそれでもよかったら・・」
「本当!?」
貴美江はきゃっきゃ喜びついてきた。
その道中、百合子はなぜ自分の名前を知っているのか、女の勘というべきか薄々想定されるであろうことが総て新堂に繋がるので怖くて聞けなかった。
もし自分の身に何か起こってもいいように包丁の在り処を必死に思い出そうとした。
木のドアを開け、二人は部屋に入った。
「お邪魔します」
貴美江は卓袱台に腰を掛け毒々しい煙草を吸った。
「ちょっと、やめてください」
傍若無人さに頭が来た百合子は彼女の頬を叩いた。
彼女は驚きもせず高笑いを始めた。
「そうなの、その気なのね」
基地外めいた彼女から逃げようとしたが恐怖のあまり足が竦み、身動きができない。
貴美江は殴るように彼女の五臓六腑、否、魂も何もかも吸いつくように口付けをした。
華奢な指がだらしなく揺れる百合子の太腿に這わせるように触れた。
「・・あんた、処女なのね」
涙を流し歯を食いしばっている百合子の顔を視線で焼き尽くすように覗いた。
これは悪夢だ、今こうやって汚されている自分は嘘だと頭の中で何度も叫んだ。
醜い顔をさらに歪ませる彼女が滑稽で貴美江は何度もこの世の苦痛を与えた。
地獄の苦しみに百合子はついに気が遠くなっていった。
薄れゆく感覚の中、貴美江の声が最後に聞こえた。
「醜い子」
貴美江は薄ら笑みを浮かべ、ドアの向こうに消えていった。
もし百合子に正気があればすぐさま腹を掻っ捌いていたかもしれない。
もはや恥辱の何物でもないこの狂気が彼女を殺さなかった。
何も知らない新堂は家の扉を開け部屋に入った。
「ただいま、百合子」
総て事後に至った彼女は窓に向かい泣き崩れていた。
「亮太さん・・別れましょ」
「どうした何だか変だぞ」
肩を掴まれ揺さぶられたが、説明できるわけ訳もなくさらに喚き散らした。
すると天井に吊り下がっていた電球のコードが切れ、落ちてきた。
「危ない!」
それに気づいた新堂は百合子の体を押し倒した。
電球は見事に床に叩きつけられ砕け散った。
「もう少しで脳天に直撃するところだった」
安堵する彼の指に生温かいものを感じた。
見ると手が真っ赤に染まっていた。
「百合子・・!」
百合子の右目から血が流れた。
救急車を呼び病院に運ばれたが、幸い瞼を切っただけの軽いけがで済んだ。
だが、そのショックで神経薄弱になっていた。
眼帯をした百合子は魂が抜けたようにベッドでぼんやり外を眺めていた。
「ごめんなさい・・ひとりにして・・なにもいいたくない」
新堂は初めて見る彼女の弱った様子に不安げに病室を去った。




