白昼の手品師
ここは国会議事堂。
立派なケヤキの部屋で国会議員が眉間に皺を寄せ椅子に座っていた。
今将に不正献金疑惑の渦中である小平大蔵大臣が証人喚問され窮地に立たされているところだ。
野党の議員がこれ見よがしに詰問して彼は背中を丸め小さくなって黙りこくっていた。
その頃、白昼の丸の内オフィス街で一人の弁当の配達員が空に向けて指差した。
「あれは何だ!」
通行人が天を見ると派手なレオタードを着た女が大通りの上空を優雅に歩いていた。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!この手品には種も仕掛けもあるよ」
威勢よく客寄せの台詞を放つベネチアンマスクを着けた女は宙返りをした。
噂をきいたサラリーマンが仕事を放り投げビルの窓から身を乗り出し、誰もが彼女の姿を見ようとやってきた。
さらにやじ馬が押し寄せて拍手喝采歓声が沸き上がった。
「これは面白い!誰かが出前でサーカス団員を呼びやがった!」
宙に浮く女は繊細な掌から七色の花弁を出してみせた。
花弁は次第に多くなり、仏がこの世に訪れるときに降らせるといわれる曼荼羅の花のようにはらはらと地上に舞い降りた。
嬉しそうに花弁を手にした事務員が叫んだ。
「これ、お札じゃないの!?」
すると上から降ってくる花弁がみるみるうちに聖徳太子が描かれた一万円札になった。
天から現金をばら撒く女がいるとさらに大騒ぎになった。
「これはいい。もっと降らせろ!」
「この際偽札でもいいからもっとくれ」
それを聴きつけた議事堂の前で小平を待ち伏せていた報道陣はすぐさま現場に駆けつけて小平のことをすっかり忘れてそれを面白おかしく報道した。
新聞をたたみ、小平はしたり顔で下着姿の貴美江の方を向いた。
「いやあ、助かったよ。これぞ将に窮鼠猫を噛む。君がいなけりゃこの難局は抜け出せなかったね。あの報道陣の馬鹿どもは不意打ちの曲芸には弱いからまんまと騙された」
貴美江は豊かな髪を梳きながら三白眼で睨み付けた。
「自分の罪を誤魔化すために女を使うなんて。この人でなし」
「ヤクザを使うよりましだろう?私の同志なんざスナイパーまで雇っている。どうもこのやりかたは好きじゃない。私は拳銃よりも花が好きでね」
「まあ、よく言うよ」
薄い網タイツを脱ぎ捨てた貴美江は小平の顔に足を乗せた。
程よくつるつるとした香ばしい足の裏の匂いにやや興奮していた。
それを感じた貴美江は心底見下した目でにんまり笑った。
「まぁ、一国の大臣が小娘の足の匂いでこんなになっちゃって。情けないったらぁしない」
足の裏は涎で濡れた。
「もう一つ、君に頼みたいことがある」
「あら、なにかしら」
小平は貴美江に耳打ちした。
一向に蜘蛛女逮捕の糸口が見えず暗くなっている捜査本部では警察が昼夜問わず缶詰になっていた。
朝の捜査会議のあと、新堂はパイプ椅子に凭れぼんやり空を眺めていた。
暫くしてもぴくりとも動かない彼に仲間の刑事が心配した。
「新堂さん、大丈夫ですか?」
昔、同じ交番にいた新堂の先輩がこれをみて彼に言った。
「話しかけても無駄ですよ。捜査に行き詰ったとき必ずこうなりますから」
そう、これが新堂の事件解決の秘訣であり変な癖である。
彼はこうしている間、頭の中で嵐のように物事を想い巡らせているのだ。
目の前で轟々と色々なことが流れる中、ずっとあの事件のことがしこりのように引っかかっていた。
そう、これは十三年前のこと。
彼は遠畑村というまだ古来からのしきたりが残っていてやや閉鎖的な農村で交番勤務をしていた時のことだった。
元は都会暮らしの余所者であった彼は配属されたばかりのときはやはりよそよそしくされていたが、持ち前の人当たりの良さと能天気さにすぐに打ち解けられた。
今は親代わりのように身の回りの世話をしてくれる者もいるくらいだ。
段ボールいっぱいの瑞々しい野菜を前に新堂はうれしそうにしていた。
「いつもありがとうございます。助かります」
農家の中年女性は豪快に笑いながら応えた。
「駐在さんは男前だから特別ですよ。この野菜を食っていっぱい力つけてくださいな」
すると、よたよたと腰を曲がった老婆が交番に駆けつけてきた。ただならぬ顔で怯えていた。
「で・・でてきた・・でてきた」
さっきの平和な空気が一変し、ただ事ではない空気が流れた。
新堂は震える老婆の背中を撫で話しかけた。
「おとよさん、何が出たのです?」
「ひとの・・あたま」
新堂はすぐさまおとよが教えた現場まで自転車を走らせた。
初冬の大体の収穫が一通り終わった時期なのでどこの畑も裸になっていた。
そして少し土が掘り返されているところにそれはあった。
死体に腐敗が進み原型こそないが、下顎であっただろう部分が曝されていた。
今までは盗難やら喧嘩の仲裁ような仕事ばかりだったかが、初めての死体を前に吐き気を催した。
「・・一体、誰のものだよ」
新堂は辺りを見回し、他の部分を探した。
よくよく見るとこの畑一面に体の部位が散らばっていた。
発狂しそうなのを抑え、本部に連絡した。
バラバラ死体は骨格も筋肉も一応人間のものであるということしか判別できないくらいに損傷していた。
科学も今ほど進んでおらず、遺伝子検査もなかった時代なので遺体の身元を調べるだけで数年もかかった。
その間にも新堂はこの村の行方不明者を調べたが、数か月すると発見されるので該当者は誰ひとりいなくなった。
「これは、よその村の人か?」
彼が他に目を向けた矢先、ようやく遺体の身元が分かった。
この村に住む高校生、榎本 富子のものであった。
富子は両親を早くに亡くし、身内がおらず行方不明者の届も出ていなかったようだ。
すぐさま犯人を捜そうとしたが、その一か月後に時効が成立した。
・・これが彼の警察人生で唯一解決できなかった事件である。
殺されて数年間、誰からも居ないことを気にかけられなかった挙句、犯人は逃げ切って今ものうのうと生活していることを思う度、新堂はあのとき手も足も出せなかった自分の不甲斐なさを悔やんでいる。




