嘘
帝国ホテルの宴会場に警官が集まっていた。
だが、それはもの騒がせな事件ではないと一目でわかるくらい和やかなムードだった。
「なんでこんなときに親睦会をするのかね」
会場にいる新堂はテーブルにあるオードブルの小さな肉をつまんだ。
「ずっとあの事件に縛られてちゃ気が滅入るだろう。今日だけは一旦忘れて羽を伸ばそう」
すでにウォッカを三杯飲み干した時任は上機嫌になっていた。
「新堂くん、ボクのためにウォッカをもいっぱい」
「時任さん呑みすぎですよ」
新堂はウォッカを頼みに給仕を探していると、女と肩がぶつかった。
女はすぐに去り、あの香りがしたので新堂は目を大きくして振り返った。
「どうした?」
「すまない、すぐに戻るから」
持っていたグラスを時任に預け、居ても立っても居られなくなり彼女を追った。
屋上に彼女はいた。
血より紅いハイヒールの足元には、東京の蜃気楼のように揺らめく電飾が泥沼のような夜に漂い、黒く長い髪は轟く風に靡いた。
「・・古河 貴美江、また会えたね」
新堂はその妙に猛々しい後ろ姿を眺めた。
「やっと追いついたようね。そうよ私は貴美江よ。あの富子は私が殺したの」
「殺したのは一人じゃないだろう・・?」
「・・ちがうわ」
あの高慢な態度をしていた彼女が弱みを見せまいと空を仰いだ。
「私には死神がついてるの。貴方には到底わかりはしないだろうけど」
「いいや、わかってしまった。なぜなら君は俺と同じ、勝手に押し付けられた運命の被害者だからだ」
「望みもしないのに押し付けられた幸福がいかに怖いものか」
「俺は、望む幸福を手に入れたが結局掴んだ幸福の浅はかさに絶望した」
貴美江は狂ったように嘲笑った。
「変な同情はよして。それは貴方が美しいからでしょう?」
振り向いたその眼は今にも襲いかからんとする獣のように耀いていた。
恐らく今、彼女の視界にある者が新堂でなければ常軌を逸した威圧に失神していたであろう。
だが、彼はハンターの眼光を放っていた。
「あの日君が言った通り、俺のすべてが嘘だとしたらどうする」
「嘘?」
新堂は貴美江を703号室に連れていった。
照明を点けるとあらゆる壁が緋色のカーテンに閉ざされていた。
貴美江はそれを見回した。
「変なことをするのね、これからどんなマジックが始まるのかしら」