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魔王と妖精  作者: 銀月
その後

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29/29

閑話:騎士と魔族の子供

「ちょっと、夜中に邪魔して悪いけど、助けてくれないかな」


 夜中といってもまだ夕食が終わったくらいの時間に、突然ユールさんが訪ねてきた。しかもディーター様のお屋敷の方に。執事さんにお客様ですがいかがしますかって聞かれて、ディーター様と一緒に玄関に出てみたら、魔法使いの格好をしたユールさんがいて、びっくりした。


「どうしたんですか? 助けてほしいって、何があったんですか?」

「こういう肝心な時に魔王、留守なんだよ。だから、エルちゃんにちょっと急いで妖精郷に行って、泉の水を持ってきて欲しいんだ」

 いつもゆったり落ち着いて余裕な態度を崩さないユールさんにしては珍しく慌てたようすに、私とディーター様は顔を見合わせた。妖精郷で“泉の水”と呼ばれるのは単なる水ではなくて、滋養や病気に効くという不思議な力のこもった水のことを指す。もちろん、行けば汲めるというようなものでもなく、汲むためのちゃんと決まった手順があって、それを専門にしている妖精のところに行って買わないと手に入らないものだ。

「泉の水ですか? 急に……」

「ユールさん、その子はどうしたんです? まさかユールさんの子ですか?」

 どうして、と続けようとしたら、ユールさんの腕の中にすっぽり収まるように、小さな、まだ赤ちゃんといってもおかしくないくらいの子供が抱かれてることにディーター様が気づいた。

「説明はあとで。ほんとに急がないとだめなんだ。この子、たぶん何日もまともに食べてないんだよ」

「……エル、急いで行って来なさい」

「はい」

 ぱたぱたと走り去る私の後ろで、ユールさんがディーター様に、「繋ぎ用に、暖かくした砂糖水、もらえるかな」と言ってるのが聞こえた。


「いやあ、助かったよ。魔王が持ってるのは知ってたから行ってみたのにさ、あいつ留守なんだもん」

「で、この子はどうしたんですか?」

 急いで妖精郷で泉の水を手に入れて帰ってくると、客室に用意されたベッドにさっきの子が寝かされて、ユールさんがあれやこれやと世話を焼いていた。

 金茶の髪のまだほんとうに小さな子なのにガリガリに痩せてしまって、触っただけで折れてしまうんじゃと思うくらい腕も首も細い。

「うーん……訳ありでね。うちの家主の養い子になる予定なんだけど、彼女が帰ってくるまで時間がかかるから、その間任されたんだ」

「魔法使いさんのですか?」

「討伐小隊は、今、ヴァルドウに行っているんだったか……」

 ユールさんの家主と言えば、任務のほとんどが討伐小隊と一緒になる魔術師団の魔法使いさんという話だから、今回もきっとそうなんだろう。ディーター様はさすがに騎士団の動向はひととおり抑えていて、すぐに小隊の行き先がわかったようだった。

「そ。そっちの仕事が終わるまで結構かかりそうなんだよね。だから、僕がこの子預かって一足先に帰ってきたんだけど、これだけ弱ってると普通の食べ物なんて食べられないから、ちょっと困ってさ」

「どうして、こんなに弱るまで食べさせてもらえなかったんですか? こんなに小さい子なのに」

「うーん……」

 ユールさんはきょろきょろと部屋を見回して、あんまり大声を出したらだめだよ、と言ってから指をぱちんと鳴らした。

「あっ」

「姿変えだと負担が大きいから幻術を被せてたんだけど、それだと医者に触られたらわかっちゃうんだよね」

 幻術が消えると、子供の頭には角があって……ディーター様も横で息を呑んでいた。

「あの、魔族の子なんですか? でも色が違いますよね」

「生粋じゃなくて半分だけだから色が違うんだよ。母親が人間なんだけど、一緒に閉じ込められてね……この子の伯父に、こんなになるまで放置されてたんだ。久しぶりに本気で腹が立ったね」

「……なんでそんなことするんでしょう」

「魔族だからじゃない?」

「でも……」

「君の騎士とか、黒森の娘婿とか、うちの家主みたいな人間のほうが珍しいんだよ、実際」

 僕が若い頃だったらこんな子供は目こぼしして貰えたんだけどね、とユールさんがぽそりと言う。……ユールさんの若い頃って、どのくらい前なんだろう。

「なんで仲良くできないんでしょうか。ユールさんや魔王様はたまにちょっと悪ふざけが過ぎることがありますけど、本当に悪いことはやらないのに」

「ほんと、エルちゃんもさりげなく言うようになったね。まあ、それは買いかぶりだと思うけど。

 んー……僕ら、魔族ってだけで怖がられてるからなあ。魔王ほどじゃないけど、僕だって、“王都の魔”とか言われて名前ばっかり一人歩きしてる感がすごいよ。たまに僕がやったとかいうことの話聞いて、僕がびっくりするくらいだし。知らないうちに魔神か何かになったのかと思うこともあるよ」

「……ユールさんとか魔王様ならともかく、こんな赤ちゃんなのに、何が怖いんでしょう」

「さあねえ。怖がってる人間に聞いてみてもたぶんわからないんじゃない?」

 ユールさんは肩を竦めて、「あ、ちょっときれいにするから、お湯くれないかな」と言った。


「さすが妖精郷の泉の水だねえ」

 子供は、ユールさんが連れてきたときよりもずっと顔色も良くなってほんのりと頬にも赤みが差し、かさかさに乾いていた唇も少しだけふっくらしたようだ。お湯で絞った布で丁寧に拭き清められ、縺れてくしゃくしゃだった髪もきちんと梳かれて、すっかりきれいになった……まだ、目を覚まさないけれど。

「魔族の子供でも……人間の子供と変わりないのか」

「──あのさあ、王の騎士。人間って、ほんと、僕らのことなんだと思ってるの。まさかほんとに魔神と一緒とか考えてないよね?」

「いや……子供の魔族など、初めて見るので」

 呆れるユールになんとなく申し訳ないように感じて首を振りつつ、ディーターは答えた。

「まあいいけどね。めったに見ないのは当たり前だよ。僕らそもそも数が少ないうえに子供も生まれにくいし、生まれたらかなり大事に隠すから」

「隠すのですか?」

 軽く瞠目して聞き返すと、目の前の魔族はこくりと首肯する。

「そ。だって、きちんといろんなことを覚えるまではただのひ弱な生き物だからね。魔法だってまともに使えないし、体力や力だって人間のほうが上で、そのうえ魔族と判れば狩られるのに身を偽る手段すら持ってないんだよ?」

「……魔法は、生まれながらに使えるわけではないのですか?」

 驚くディーターに、ユールはますます呆れ返る。だが、これが一般的な人間たちに“魔族とはこういうものだ”と、“常識”として知られていることなのだ。

「当たり前じゃん。そりゃ、魔力に対しては敏感だし扱いもうまいってあたりは僕らの種族特有のものだろうけど、魔法はどの種族もきちんと訓練して学ばないと使えないものだ。妖精だって一緒でしょ。魔神は知らないけどね」


 数日、ユールと子供は屋敷に滞在した後、彼の家主の家へと戻っていった。エルは「ユールさんがご飯をちゃんと作れる気がしないので、魔法使いさんが帰るまでは持って行こうと思うんです」と、毎日の食事を届けに町へと降りていた。

 子供は翌日には目を覚まし、自分の現状をどのくらい認識しているかはわからないが、拙い口調でいろいろと話をするようになり、幻術を被せられたままながらも、屋敷の者たちには可愛らしいお嬢さんだと好意的に見られていた。


 そうして、ようやく討伐小隊が王都に帰還した日、エルが「魔法使いさんにお会いしました」と帰ってきた。

「それが、ですね、ディーター様」

「どうしたんだい?」

「討伐小隊の小隊長さんも一緒だったんですけど、これが、魔王様の指輪だってすぐわかったみたいなんです」

 エルの右手には、もともとは魔王から彼女の祖先の妖精に渡され、代々伝えられてきたという指輪が嵌められている。その指輪を見て、小隊長……騎士フォルが「魔王の指輪?」と言ったのだそうだ。

「小隊長さんは、魔王様を知ってるんでしょうか」

「……ユールさんの家主で、しかもあの子を引き取ろうという魔法使いと懇意にしているのだから、何かあるんだろうね」


 さらにそこから数日後、ディーターは銀槍騎士団の騎士フォルへと面会を申し込み、その日のうちに彼を訪ねていた。

「騎士フォル、少し話したいことがあるのだが……人払いを頼めるだろうか」

「構いませんが……騎士ギーゼルベルト、すまないが、しばらく外してくれ」

 ディーターが椅子に座るなりそう頼むと、少し訝しげながらもフォルは頷いた。若干緊張もしている。いきなり近衛騎士団の次の副団長の可能性も高いと言われる、エシュヴァイラー伯爵の継子である近衛騎士がわざわざ自分のところへとやってきたのだ。ギーゼルベルトも少し気にしているようだったが、退出するようにと指示すると、彼は茶を置いた後、一礼して部屋を出た。


 そうしてふたりきりになったことを確認してから、騎士ディートリヒは茶で口を湿す。

「何から話せばいいのか……少々前になるが、君たちがヴァルドウの任務から戻るまで、ヴァルドウの飢えた幼子とユール殿が私の屋敷に滞在していたことは知っているだろうか」

「……は?」

 さすがに驚いた表情になったフォルに、ディーターはくすりと笑う。

「エルはエシュヴァイラーの女主人なのだが、そのようすでは知らなかったようだね」

「まさか、エルさんは……エリアンナ姫でしたか。妖精郷の、王妃殿下の血縁の」

 少し動揺したように視線を外して考え込むフォルに、ディーターはにっこりと頷くと、話を続けた。

「これはちょっとした確認なのだが、君が懇意にしている魔術師団の魔法使いエディトはユール殿の家主であり、あの子供を養い子として迎えるそうだね」

「……はい」

「もうひとつ、エルから聞いたのだけれど、君は彼女の持つ魔王の指輪に気づいたそうだが?」

「……はい、その通りです……」

 警戒するようにフォルが眉を顰めると、ディーターは笑みを崩さず、さらに一番気になっていたことを尋ねた。

「それで、君は何者なのだね?」

 ディーターの視線を受けて、フォルはごくりと喉を鳴らす。とうとう種族がバレる日が来たということか。ここで打ち明けたら、彼はいったいどんな行動を取るつもりなのか。

 ちらりと周囲に視線を回し、ほんの一瞬だけ考えを巡らせる。万一の時は、どうやって王都を抜ければよいだろうか。

「……何も、悪いようにはしない。言葉だけでは不安かもしれないが、この場での話は私だけに留めておくことを、エシュヴァイラーの名にかけて誓おう」

 相変わらず微笑みを浮かべるディーターに、フォルは大きく息を吐く。彼にここまで言わせておいてごまかすことは、もうできないだろう。

「俺……私の祖父は、“黒森の魔”と呼ばれた魔族です」

 ディーターはさすがに驚いたのか、軽く瞠目した。

「では、君は姿を変えてここに?」

「いえ、私は4分の1ですから、ほぼ人間と同じ姿で、これが素です」

「それが、なぜ騎士団に?」

「……ふつうに、男の子が騎士に憧れた末の現在が、今の私です」

 苦笑しながらそう述べると、ディーターもくすりと笑った。

「なるほど……たぶん、君は知らないのだと思うが、魔王はエルの義理の父のような方なのだ」

「──え?」

「もうひとつ明かすと、真の“魔王討伐の英雄”は騎士カーライルではなく、エルなのだよ」

 ぽかんとするフォルに、ディーターはくつくつと笑う。

「ちなみに、このことは騎士カーライルもご存知だ。

 ……ひとつ、おもしろいことをおしえてあげよう。騎士カーライルも魔王のことはご存知だが、エルはもちろん、アルビオナ様が彼をとてもお気に入りで、侯爵家の茶会にもしばしば魔王を招いているそうだよ。それもあって、騎士カーライルは魔王に手を出せずにいる。魔王に何かあれば、エルが悲しむからね」

 呆気に取られるとは、まさにこのことだろうとフォルは呆然としたまま考えた。まさか、近衛騎士である彼からこんな話を聞くことになるとは。

「なぜ、そんなことに……」

「……エルは騎士カーライルの異母妹でもあるし、それに私の妹が魔王を気に入ってしまって、その縁でね。もっとも、妹もアルビオナ様も魔王を妖精だと思っているようだけれど」

 ひとしきりくつくつと笑った後、ディーターはまた真剣な顔に戻った。

「君には、ヴァルドウであったことを教えて欲しい。これは近衛騎士からの要請ではなく、私個人の頼みだ」

「……なぜ、とお聞きしてもよろしいですか?」

 本来、近衛騎士である彼らが気にするのは王の身辺に関わるような事物だけだ。もちろん、魔王やユールのような魔族の存在に注目するのは当然だが、それなら、今のディーターとは対極の立ち位置となるはずだ。

 間違っても、魔族を寛容するような言葉が出る余地などない。

「……私は人間で、これまで王国のため、国王陛下のためと剣を磨き、近衛騎士となった。だが、エリアンナ姫と会い、彼女の後見が魔王と知り、彼が姫とどのように接してきたかを知り……世に言う“魔王”とは、いったい何なのかと考えたのだ」

「騎士ディートリヒ……?」

 フォルは、思わずごくりと唾を飲み込む。

「……あの子供を見て、もしかしたら私が今“常識”として知っていることは、間違っているのではないかと思ったのだ。私はあの子供が何者で、いったいなぜあのようなことにならねばならなかったのか、知りたくなった」

 だから、ヴァルドウでの出来事を、報告書には書かれなかった事実を知りたいと、ディーターはフォルに語った。

「それに……姫は、争いを厭う。彼女は、人間も、魔族も、妖精も、種族の違いで争うことなく共に暮らせる世界を望んでいて、私は微力ながら姫の望む世を作ることに貢献できたらと考えている」

「……でしたら、騎士ディートリヒ殿、私よりも魔術師団の魔法使いエディトに聞いた方がよろしいかと思います。私は、どちらかというと彼女に引きずられて動いただけですから」

「魔法使い殿が?」

 今度はディーターが驚き、フォルが笑みを浮かべる。

「彼女は、故無く虐げられる者を助け、虐げる者を討つことが討伐だと言いました。騎士の役目は特定の種族を討つことではなく、助けるべき者を助け、虐げる者を討つことなのだと」

「……そうか、なるほどな」

 ディーターは笑みを浮かべ、「では、すぐにでも魔法使い殿にお会いすることにしよう」と頷いた。

「騎士フォル・マンスフェルダー、時々、ここへ話をしにきても構わないだろうか」

「もちろん、光栄です。騎士ディートリヒ・エシュヴァイラー」

 ディーターはフォルとしっかりと握手を交わすと、それではと退出した。


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