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魔王と妖精  作者: 銀月
本編
19/29

妖精と冬越し

 なんだか毎日が飛ぶように過ぎていく。あっという間に夏が過ぎて、秋が過ぎて、冬になってしまった。


 寒い季節には領地にある館に戻るのが慣例らしい。アウレーリアさんとユリアーナ様はエシュヴァイラー伯爵の領地に戻って、そこでのお付き合いをしなければならないのだと言っていた。

「エル、少しの間だけお別れね。でも、迎えを寄越すからぜひエシュヴァイラー領のお屋敷に遊びに来てちょうだい」

 そう誘われたけれど、あいまいな返事だけを返してしまった。


 ディーター様はこの冬は王都に残り、領地には戻らないらしい。騎士様から直接訓練を受けるのだそうだ。

 このことを知ったユルナさんは、「めっちゃくちゃ本気だよね。本気で勝とうとしてるよ」と楽しそうに報告してくれた。

 ディーター様のようすを見たいと思ったけれど、近衛騎士団の本部は王城内にあるので、登城が許されているものじゃなきゃ近づくこともできないという。

 少し残念だな。


 ある日、朝の日課をやろうと庭に出たら、もう魔王様が起きていた。いつものローブではなくて、もっと動きやすい服を着て、剣を構えて何かの型をなぞるように身体を動かしている。

 考えてみたら、実際に魔王様が剣を振り回しているところを見るのは、初めてだ。

「……魔王様、ほんとに剣も使えるんですね」

「少々久しぶりでな、感覚を取り戻す必要があるのだ。今から調整せねば、あの王の騎士に失礼だろう」

「剣で戦うつもりなんですか?」

「騎士が正式に挑戦しようというのだ、剣がうってつけだろう。こちらとしても、あれが文句のつけようもないほど完膚なきまでに叩きのめす準備をせねばならぬ」

 どこまで本気なのかわからないけど、魔王様はいつもの笑みを浮かべながら剣を振っていた。魔法は使わないんだろうか。


 私を置いてきぼりにしたまま、周りのいろんなことがどんどん進んでいく気がする。


 魔王様の剣の稽古を見ながら、私はいったいどっちを応援すればいいんだろうと、考えてしまった。ディーター様を応援すべきなのか、魔王様を応援すべきなのか、なんだかもう全然わからない。

 また、お遣いのときにクロノワさんに聞いてみようか。でも、そんなこと聞かれてもクロノワさんも困ってしまうんじゃないだろうか。


「ユルナさんは剣を使えますか?」

 昼間、なんとなく、ぼうっとしながら聞いてみる。

「やだなあ、そんな野蛮なやつに見える? 僕は肉体派じゃないからね、剣なんて重たいもの振り回すとか無理」

「そうなんですか?」

「魔王みたいに正面突破とか、脳筋がやることだよ」

「はあ……」

「僕なら搦め手で追い込んでいくね」

「搦め手ですか?」

「エルちゃんにも教えてあげようか、楽しい幻術と幻覚の使い方」

「楽しい使い方なんてあるんですか?」

「うん。こっそり掛けてひと月も放置しとけば、勝手に壊れてくれるよ」

「え、壊れる?」

「そ、頭の中身が壊れてくれるから、不戦勝」

「ええ……」


 にっこりと楽しそうに笑うユルナさんに、もしかして、このひとは魔王様より厄介なんじゃないだろうかと思った。


 そしてまた、冬のある日、エシュヴァイラーからのお迎えの馬車が来た。アウレーリアさんとユリアーナ様との約束の日が来た。

「今回は付いて行くから。ルドヴィカ様は自領だしね」と、やたらと嬉しそうな、ユーリさんになってるユルナさんも一緒だ。


 エシュヴァイラー伯爵の領地は、王都から南西に1日のあたりにあるのだそうだ。結構近いんだなあと思いながら、馬車の中で、主にユルナさんと、時々魔王様と話をしながら揺られていった。

 馬車に長時間揺られるのは、魔王様のおうちから王都に向かった時の駅馬車以来で、久しぶりだった。

「駅馬車に比べたら、乗り心地とかすごくいいのに、やっぱりお尻が痛くなるものなんですね」

「馬車で移動とか僕も久しぶり過ぎだよ。やっぱり魔法が楽でいいね」

「でも、魔法だと知ってるところじゃないと行けないんじゃないんですか?」

「あのさあ、僕何年この国にいると思うの。めぼしい町ならほとんど行ったことあるよ」

「ユルナさんは王都から全然出てないんだと思いました」

「さすがに、生まれた時から引きこもってるわけじゃないよ。これでも昔はあちこち行ってたんだから」

「じゃあ、なんで今も行ったりしないんですか?」

「めんどくさくなったから」

「……」

 やっぱり魔族は変な種族なんじゃないだろうか。


 伯爵のお屋敷で最初に出迎えに出てくれたのは、やっぱりアウレーリアさんだった。

「エル! 来てくれてよかった。やっぱりエルがいないとつまらないわ」

「まあ、リア、ちゃんとご挨拶しなくちゃだめよ」

 おっとりとした声は、アウレーリアさんのお母さまのものだった。ユリアーナ様も横にいてにこにこと笑っている。

「あの、お招きありがとうございます。エリアンナです」

「ユリアたちから、妖精の姫君を招待したと聞いて、どんな方かととても楽しみにしておりましたの。こんなに可憐なお嬢様だなんて、嬉しいですわ。

 王都ではディーターも仲良くしていただいているそうね」

「ええと、とても親切にしてくださってます。私にはもったいないくらいです」

「さあ、馬車は冷えたでしょう。皆様中へどうぞ。まずは温かいお茶でもいただきましょう」


 通されたサロンでお茶を一口飲んで、なんだかほっと一息ついた。結構寒かったんだなあ。

 伯爵夫人はとてもおっとりとお話しする方だった。ユリアーナ様もアウレーリアさんも、王都でのお茶会とは違って、とても静かに大人しくしているようだ。

「リアに話を聞いて、姫君にずっとお会いしたかったの。妖精の姫君をこの屋敷に迎えられるなんて、とても光栄ですわ」

「あの、私こそ、アウレーリアさんやユリアーナ様のお母さまにお会いできて、光栄です」

 おっとりと柔らかい感じが、なんだか母さまを思い出すなあと考えながらお話をする。塔でいろんな話をしてもらったことを覚えているだけだけど、母さまの声はとっても心地よくて、今お話ししている伯爵夫人の声も心地よくて、なんだか気持ちがふわふわする。

「なんだか、母さまを思い出します」

「まあ。姫君はお一人でこちらへ来ていらっしゃるのでしたっけ?」

「ええと、そうなんです」

「それは少しお寂しいですわね」

「大丈夫です。カルシャ様やユーリさんもいるし、アウレーリアさんもユリアーナ様も仲良くしてくれるので、楽しいです」

「……こちらでは、姫君のおうちのように寛いでくださると嬉しいわ」

「はい、ありがとうございます」


 伯爵夫人が、とっても優しそうな方でよかったなあと思う。


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