妖精の知恵熱
「クロノワさん、姫君から騎士に贈るお守りって、普通は何なんですか?」
別荘から戻って最初のお遣いで、さっそくクロノワさんを見つけて質問してみた。
「また唐突な質問が来たね。どうしたの? 普通は自分のハンカチとか手袋だって聞くけど」
「……あの、物語とかで、よく、自分の髪の毛を編んで輪っかにして渡すのって聞くんですけど、普通じゃないんですか?」
「ええとね……その物語、もしかして、姫君と騎士は恋仲じゃなかった?」
「──あっ!」
クロノワさんが「もしかして物語みたいなことをやっちゃった?」とくすくす笑うので、呆然と頷いた。クロノワさんの話では、物じゃなくて髪の毛みたいなものを渡すのは、肉親とか恋人とか婚約者とか、よほどでないとないことなのだそうだ。
……ディーター様に、兄妹でもないのに図々しいなんて思われてなければいいのだけど。
「こないだ話してた“どストライク”の人かな? 騎士だったの?」
「ええと、そうなんです。すごく大変な勝負をしなきゃいけなくなって、それでお守りをくださいって言われて、何を渡せばいいのかわからなくて……小さい時に母さまから聞いたお話の中で、お姫様が髪の毛を編んで渡しているのを思い出したから、それにしたんです。そしたら、騎士様がすごく驚いてたから、変なことしちゃったんじゃないかって思って……」
「そりゃ驚くだろうな」クロノワさんはまだ笑ってる。「で、エルちゃんは、その人をどう思ってるの?」
笑いながら聞かれて、首を傾げてしまう。どうって言われても……。
「どうしてか、すごく優しくしてくれるんです。いい人なんだなと思うんですけど、なんだかすごく申し訳なくって……それで、その騎士様は私のことを姫君って呼ぶんです。お姫様じゃないのに」
あはは、“いい人”かとまたクロノワさんが笑い声をあげる。いくつだったっけと聞かれて15ですと答えると、そうか、じゃあまだまだこれからなんだねと、クロノワさんはひとりで納得するように頷いた。
「まあ、そんなに難しく考えることはないんじゃないかな。
──男の人はね、別に身分だ何だでお姫様を決めてるわけじゃないんだよ。好きになった子を自分だけのお姫様にするものなんだ」
「え?」
思わずぽかんとクロノワさんを見上げ、首を傾げてしまう。
「そうだなあ。エルちゃんは自分だけの王子様を考えたことがある?」
こくこく頷くと、クロノワさんはまたにっこりと笑った。
「それと一緒だよ。エルちゃんが考えた自分の王子様はこの国の王子殿下ではないだろう? 身分とか血筋が高貴だからって、全部が自分の王子様というのでもないだろう?」
また頷くと、クロノワさんは「ああもう、エルちゃんはかわいいなあ」と言って私の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜた。
「だから、その騎士がエルちゃんを姫君と呼んでお守りを欲しいと言ったのは、つまりそういうことなんだろうね」
そういうこと……そういうこと……と考えて、ボッと顔に血がのぼる。
「え、だって、でも、そんな、ディーター様は、立派な騎士様だし、身分だってあるし、ほかにもっとたくさんきれいな女の人だっているし、だって……」
「それでも、その騎士にとってエルちゃんが姫君で、エルちゃんからのお守りがほしかったんだよ。僕としては、“いい人”で終わらせてしまうのは、その人がかわいそうなんじゃないかと思うよ」
笑いっぱなしのクロノワさんと別れ、頭がぼーっとなったままふらふら屋敷に戻ると、侍女さんたちに顔が赤いとか熱があるとか言われて寄ってたかって世話をされ、早々に寝かしつけられてしまった。
「知恵熱だな」
いつの間にか魔王様が来ていて、やけに楽しそうに断言する。魔王様は、別荘から戻ってからずっと楽しそうだ。
「おおかた、考え慣れぬことでも考えていたのだろう」
「なんでわかるんですか?」
「見ていてわからぬわけがない」
そんなにわかりやすいかなあと思いながら、ふと、魔王様にも尋ねてみる。
「……魔王様は、誰かの王子様だったり、誰かをお姫様だと思ったりしたことはありますか?」
魔王様はちょっと驚いたみたいに眉をあげて、少しだけ考えて、それから、「ないな」と言った。
「だが、他のものならあるぞ」
「なんですか?」
「それは秘密だ」
魔王様はくつくつと笑いながら部屋を出て行った。最近、魔王様はよく笑うようになったなと思う。
数日後、次のアウレーリアさんのお茶会に行くと、珍しくディーター様の姿はなかった。
「お兄様、別荘から帰ってから鍛錬ばっかりなんですのよ」
せっかくエルが来たのにと、アウレーリアさんはぷりぷり怒っていた。ユリアーナ様は「お兄様には思うところがあるのよ」とお茶を飲みながらにっこりと微笑んでいる。
「それで、エルはお兄様をどう思うのかしら?」
最近、どう思うのかと聞かれてばっかりだなと考えて、それからクロノワさんと話したことを思い出して、また顔に血が上ってしまう。
「まあ! まあまあまあ!!」
「……あの、実はよくわからないんです」
「大丈夫よ。あなたの顔色でわかるから」
ユリアーナ様が満面の笑みで頷いている。ちょっと待ってほしい。
「あの、絶対誤解していると思うんです……」
「あら、誤解しているのはエルのほうかもよ? 自分のことは意外に自分ではわからないものですもの」
「では、エルはお兄様のことお嫌い?」
アウレーリアさんまでが、身を乗り出してきた。
「いえ、嫌いじゃないです。最初はよくわからなくて怖かったけど……」
「最初のお兄様の様子では、普通にドン引きですもの、しかたないわ」
「リア、“ドン引き”なんて淑女の使う言葉ではなくってよ」
「はあいお姉様。でもね、エル、わたくし、エルがお姉様になるのは大歓迎よ」
「え……」
「リア、気が早くてよ。でも、そうね、もしそういうことになったら、わたくしが全力でバックアップいたしますわ。誰にも横槍は入れさせません。ふふ、エルは安心してわたくしにすべてを任せてちょうだい」
「ええと……」
なんだか、アウレーリアさんとユリアーナ様のほうが、今はこわい。
それにしても、ディーター様が鍛錬を一生懸命やってるというのは、たぶん春のことがあるからなんだろう。
無理をして怪我をしたり身体を壊したりしないといいのだけど。
「なんかさあ、僕がいない間にずいぶんいろいろあったみたいだよね」
今日もやっぱり侍女のユーリとして付いてきていたユルナさんが、帰りの馬車の中で不満げにぶつぶつと言いだした。
「魔王たちが帰ってきたら、なぜか魔王は魔王ってバレてるし、王の騎士が挑戦するとかいうし、やっぱり無理してでも付いてくんだった」
「でも、ルドヴィカ様がいるのに何日も空けてられないって」
「そうなんだけど、こんなことならもっといろいろ仕込んでおいて、僕も付いていけばよかったなって思ったよ。いいとこ全部見逃したよ、すごく残念。春のことは、絶対見に行くからね」
今、一番この状況を楽しんでるのは、ユルナさんだと確信した。
クロノワさんは警備隊の同僚女子に片思い中という設定があるが。それが出てくる予定は今のところない。





