妖精の御守り
──また、泣いてしまった。
しかも困らせてしまったし、自分が本当のお姫様じゃないことも話してしまった。
たぶん、ディーター様は呆れただろうし、魔王様も自分を姫君にしようとしてるのをぶち壊してしまって怒ってるだろう。
こんなに役に立たない子は、やっぱりまた追い出されてあの塔に戻るしかないんじゃないだろうか。
ベッドの上で布団に包まったまま、どうしても皆の前に出て行きたくなくて、今日のすべての予定を断ってしまった。取り次いでくれた侍女さんは「皆様ご心配なさっているようでしたよ」と言っていたが、本当だろうか。本当は、偽物のお姫様なんて心配してないんじゃないのか。
「エルよ、いつまで引きこもっておるのだ」
不意にそう声を掛けられ、布団を引き剥がされた。
「魔王様……あの、その……」
「わたしのところに、王子候補が来たぞ」
「え?」
魔王様が、楽しそうに目を細める。
「どうやら、姫を魔王のもとから救い出すのは、王子の役目らしい」
「え?」
「お前がデビュッタントを迎える日が楽しみだ。これだから、人間は飽きない」
魔王様が言うことを頭の中で整理して、どういうことかと考えて……。
「あの、魔王様、まさか、ディーター様が魔王様のところに行ったんですか?」
「うむ」
「まさか、ディーター様が魔王様と戦うんですか?」
「うむ」
「……なんで……」
血の気が引いて呆然としている私の横で、魔王様がくつくつと楽しそうに笑う。
「あの王の騎士は、お前の王子になりたいそうだ。お前はどうしたいのだ?」
「だって、私、お姫様じゃないのに……」
「王の騎士はそう思っておらぬようだぞ」
「そ、それに、魔王様、まさか魔王様だってばれちゃったんですか?」
「そのようだ」
また魔王様が楽しそうに笑う。笑っている場合なのだろうか。
「どうしよう。また騎士様が来ちゃうかも」
「それはないだろう。王の騎士が自ら“王子”となる機会を潰すとは思わぬが?」
「でも、魔王様、なんでディーター様がそんなことを……」
「知らぬ」
魔王様は相変わらず笑いながら、私の目を覗き込む。
「そのようなことは、本人に訊ねるがよい」
「でも……」
本物のお姫様じゃないし姫君にもなれないと知ってしまったのに、ディーター様は私と話をしてくれるだろうか。
「……お前は少々考えすぎて自らを追い込む悪癖があるようだな。まずはぶつかってみることも、時には必要だとはわからぬか? いきなりわたしに死ぬようにと願ったのは誰であったか、忘れたのか」
「あの、それは……」
今なら、なんて無茶なことをお願いしにいったのだろうと思う。あの時、ふざけるなと言われて殺されてもおかしくないようなお願いだったはずだ。
「どうやら、お前は知恵に振り回される性質らしい。
あれはなんと言ったか……そうそう、時には“考えるな、感じろ”というのも必要であると、昔聞いたが」
「……魔王様、なんでそんな言葉を知ってるんですか?」
「昔、とある者が言っておった。印象だけならお前とは真逆の者だが、中身はお前によく似ている。その言葉を使って、自らを奮い立たせておったぞ」
ふう、と息を吐いて、やっぱり面白そうに笑みを浮かべている魔王様に「勝手に、いろいろ話しちゃってすみません」と謝った。
「別に禁じておらぬものを、何故謝るのだ」
「だって、魔王様が魔王様だってバレちゃったし、私が本当のお姫様じゃないのもバレちゃったし……」
「わたしが魔王と呼ばれているのは事実であるが……お前の“本当の姫”という定義はわからんな。何度、お前は間違いなく王妃殿下の血縁であり、あの侯爵の血筋であると説明すれば理解できるのだ。お前が高貴な血を引いていることは間違いないというに、呆れたぞ」
「だって……」
「どうもお前は“姫は王子が助けに来るもの”という固定観念に縛り付けられているようだ。助けられなくば、姫ではないと言う。
ならば、王の騎士が来るのを待てばよかろう。あれがわたしに勝ってお前の100年を取り戻せば、晴れてお前は姫というわけだ。
──もっとも、今度はわたしも手加減する気はないぞ。妖精の100年を手放すのは惜しい。それに、八百長では王の騎士が納得すまい」
手加減はしないという魔王様の言葉に、今度こそ、私はなんてことをディーター様に話してしまったんだろうと後悔した。
あの時、騎士様と戦う魔王様は本当に強かった。このままではディーター様が負けて魔王様に殺されてしまうのではないだろうか……今度こそ、私のせいで死んでしまうのではないか。
夜になり、私はふらふらと庭に出て、湖に映る月を眺めていた。もう、どうしたらいいのかわからない。私のせいでディーター様は魔王様と戦うことになってしまったし、魔王様が魔王様だということもバレてしまった。お姫様デビューだってどう考えても無茶だ。
やっぱり、私が呪われた子だから皆に災いを呼んだとしか思えない。
「……姫君? エル?」
いつの間にか、ディーター様が後ろに来ていた。
「もうお加減はよろしいのですか? ……そのような薄着では、夏とはいえど風邪を引きます」
ぱさりと肩に上着を掛けられた。
ディーター様は私が姫じゃないとわかったのに、どうしてまだこんなに親切にしてくれるんだろう。
「あの……ごめんなさい」
「……姫君は、エルは謝ってばかりですね」
「だって、私のせいで、ディーター様が魔王様と戦わなくちゃいけなくなったし……」
「私の望んだことです」
「……え?」
「私が、エルの王子でありたいと望んだのです。エルのせいではありません」
「あの、どうしてですか? 死んじゃうかもしれないのに」
「ああ、そんな、泣きそうな顔をしないでください」
ぽかんとする私にディーター様が柔らかく微笑んで、やっぱり無性に泣きたくなってしまう。どうしてそんなに私に優しくしてくれるんだろう。
「あなたは、どうもご自分が姫君であることを受け入れられないようですから、これはもう力尽くでも納得していただかねばと思いました」
「でも、でも、魔王様はすごく強いのに……」
「でしょうね。かの騎士カーライル殿でも討ち倒すことが叶わなかったのですから、相当な強さなのでしょう」
「なら、どうしてそんな危ないことをしようと思うんですか?」
「何故だと思われますか?」
どうしてもわからなくてふるふると首を振ると、ディーター様は「では、春までの宿題ですね」と穏やかに微笑んだ。
「幸いにも猶予を与えられましたから、せいぜい精進し、あなたに無様な姿を晒さないよう、勝利をもぎ取れるように頑張ります」
「でも……」
「では、エル……姫君。もしどうしても私を心配してくださるのであれば、祝福をください」
「祝福?」
祝福なんて言われても、何をどうすればいいのかわからなくて、首を傾げてしまう。
「私の勝利を願ってくださるのでしたら、何かお守りを賜りたいのです」
お守り……昔、まだ幼い頃、母さまが元気だったころに話してくれた物語を思い出す。旅立つ騎士様に、お姫様は……。
私は、自分の髪を一房摘んで切り取ると、編んで輪を作った。ちょうど、手首に引っかかるくらいの輪を。
物語に出てくるお姫様の真似事だけど、これはお守りになるだろうか。
「あの、じゃあ、これを」
ディーター様はなぜかとても驚いた顔で、震える手でそれを受け取ってくれた。
「……ありがとうございます、姫君。必ず、あなたのために勝ちましょう」
私の渡したお守りを押し戴くように胸に当てると、ディーター様は私に跪いて騎士の礼を取った。なんだか、また余計なことをしてしまったような気持ちになって混乱する私に、ディーター様はまた微笑んだ。
翌朝、朝食のテーブルにつくと、アウレーリアさんとユリアーナ様が「まあ、もう加減はよろしいのね?」と笑顔で迎えてくれた。ディーター様は、魔王様のことや私のことは、おふたりに話していないようだった。
「さっそくお出かけしたいけれど、無茶はしないほうがいいわね。今日はお部屋でお茶をいただきながらおしゃべりをする日にしましょう!」
この別荘での滞在はもうすぐ終わるけれど、なんだかとてもたくさんのことがあったと思う。





