モノクロの門
夕暮れ時の福岡の空は、ねっとりとした茜色から、夜の足音を告げるような薄墨色へと変わりつつあった。
県立墨ヶ丘高校の体育館からは、何十回、何百回と繰り返されてきたバレーボールが床を叩く重い音が、断続的に響いている。かつて全国を震撼させた「2人で一つの王者」が去ってから、いつしか周囲に「モノクロの王者」と揶揄されるようになった古豪のコートだ。
その体育館の重い鉄扉の前に、二人の新入生が立っていた。如月煉と、如月裂。
同じ日に生まれ、同じバレーの道を歩んできた双子であるはずの二人は、今、入部届を握りしめたまま、お互いの胸ぐらを掴まんばかりの距離で睨み合っている。
「おい煉。なんば言いよるとや。中学最後のあの試合、ラストのトスはあと五センチ低かったろうが。お前のせいで俺のレシーブが台無しになったっちゃんね」
野生児の如く鋭い眼光で兄を睨みつける裂の声には、直感で動くリベロとしての強いプライドが滲んでいた。しかし、完璧主義のセッターである煉は、眉一つ動かさずに冷徹な視線を弟に返す。
「あぁ? なんば言いよるとや裂。お前のレシーブの角度がコンマ数秒ズレとったけん、俺がわざわざ合わせてやったっちゃろ。だいたいお前はいつも突っ込みすぎるっちゃん。少しは頭を使え」
「突っ込んでねえわ! あれを拾えるリベロが、俺以外にどこの世界におるとや!」
「俺のトスを打てないスパイカーはおっても、上げられんレシーブはねえとや。お前が下手なだけだろ」
煉の突き放すような一言に、裂がカッと目を見開いて一歩足を踏み出す。掴み合い寸前になったその瞬間、
「おーい、2人とも。そこまでにしときんしゃい。体育館の前で派手にやりよるねぇ」
バチバチと火花を散らす双子の間に、スクーターを押した3年生の九条栄治が、いつもと変わらない柔和な笑顔で割って入った。チームの誰もが頼りにするバランサーであり、周囲を包み込むような温かさを持つ先輩だ。
「2人とも、入部届がシワシワになっとうよ? ほら、中入りんしゃい。鬼塚キャプテンも待ちよるばい」
九条の穏やかなトーンに、煉と裂はバッと気まずそうに顔を背けた。
(……なんねあいつら。入る前からあんなに派手に割れとるなんて、聞いてなかばい)
体育館の影からその様子を窺っていた2年生の控えセッター、小鳥遊紡は、呆気にとられたようにパチパチと目を瞬かせた。中学バレー界を震撼させた天才双子が来ると聞いて楽しみに待っていたが、まさか門の前で初対面の先輩たちを前に身内喧痕を始めるとは思わぬ誤算だった。
「すんまっせん。……ほら、行くぞ裂」
煉が小さく頭を下げて入部届を握り直すと、裂も不満げに鼻を鳴らしながらその後に続く。九条が「はいはい、ゆっくりね」と笑いながら重い鉄扉をガラガラと開けると、体育館の空気が一気に外へと流れ出した。
キュ、キュッとバッシュが床をこする高い音と、強豪校ならではのピリついた緊張感が二人を包み込む。
コートの奥では、ネットを挟んで腕を組んだキャプテンであり絶対的エースの鬼塚錬成が、不敵な笑みを浮かべながら二人をじっと見つめていた。その隣には、ノートを片手に持ったマネージャーの七瀬瑠璃と、かつての最強時代を知る鳴海コーチが並んでいる。
(噂の如月双子……。過去の『2人で一つの王者』の再来って言われとるが、あいつらの目は、先輩たちの影を追うとる目やなかね)
鳴海コーチは、険しい顔のまま入部届を差し出してくる双子の鋭い眼光を見て、胸の奥が熱くなるのを覚えた。過去の幻影に囚われ、周囲から「モノクロの王者」と揶揄される今の墨ヶ丘高校に、全くいままでとは違う強烈な二つの色が飛び込んできたのだ。




