22 炎龍
もし炎龍に遭遇したら剣を捨て笑え、と言われるくらい何をやっても無駄だそうだ。史上最悪、凶暴で強力な魔物だ。
マティウスは窓から後を睨みながらダリューンを呼ぶ。
「馬を寄せろ!そちらに移る!」
ダリューンは頷く。
「マティウス様!馬なら逃げ切れる可能性があります。お急ぎを!」
テリウスはマティウスだけでも逃がそうとして叫んだ。馬車は重すぎて逃げ切れないのだろうが馬に一人で乗れば逃げ切れるだろう。勿論私達は馬に乗れるわけもなく、ジョルジュも兄達も青ざめているが何も言えない。
どうせ死ぬなら……
私は意を決して反対の窓から顔を出して振り返ると炎龍を見た。まだかなり距離はあるが赤黒くゆったりと羽を上下し森の上空を飛行している姿が見えた。長く伸びた首は鱗に覆われているのか鈍く光り、時折口から轟音とともに炎を吐き一体を焼き尽くしている。駄目だ、恐ろしすぎて見ただけで息が出来ず震えが止まらない。
マティウスは馬に飛び乗るとダリューンに言った。
「ダリューン!アレはグズモットを追っている!並走していては我々も危ない!私が壁で方向を変えるからグズモットを森の奥へ追い込め!わかったな!」
「なっ!……わかりました!この先で降りますから後は宜しくお願いします!」
「アリステアもわかったな!」
「了解です、我が主!」
三人で叫び合いわかり合っているが私達には全く理解不能だ。振り返って尋ねるようにテリウスを見た。
「まったくなんて事を!マティウス様だけでも逃げて下さればいいものを……」
ため息まじりにこぼすと、しっかり馬車に掴まる様にと言った。
だから何?
私はマティウス達がよく見えるように場所を移動しさっき見ていたのとは反対の窓から顔を出し前方を見た。
マティウスは馬に二人乗りだったが途中でダリューンが飛び降りグズモットの大群の方へ走り出す。
残ったマティウスはその先まで行き片方の手を振りかざすと突然道沿いに巨大な氷の壁が出現した。
氷の魔術だ!凄い、初めて見た!
それは馬の走行に平行に立ち並びあっという間に私達から森は見えなくなった。万里の長城的なやつ?
後方ではダリューンが火球的な物を打ち出しながらグズモットの行き先を壁の向こうへ導いていた。先頭が森へ行くと後は数珠繋に森の奥へ導かれる。
マティウスは壁をドンドン森の方へカーブさせていき、当然本人も森へどんどん入って行く。慌ててダリューンが走って追いかけ、後方を見ると炎龍は方向を変え街道から離れて行った。
でもこのままじゃマティウス達も巻き込まれる。そう思っていたらテリウスが馬車を止めるようにアリステアに言う。
「マティウス様を待とう!」
先を走っていた荷馬車も止まり私達は少しホッとした。テリウスは馬車から出て森の方を見てるがまだマティウスもダリューンも戻って来てない。
炎龍は森の奥へ方向を変えつつあるがまだ安心出来る距離ではない。私は馬車から降りてテリウスの横に立った。
「マティウス様達大丈夫でしょうか?」
「マティウス様はお強い。ダリューンがついているから大丈夫だ」
自分に言い聞かせるようにテリウスが言ったその時突然、炎龍が首を持ち上げ振り下ろすと炎を吐いた。
物凄い轟音と巨大な火炎放射器のような炎。森は燃えあがり、木々はその勢いでこちらへ吹き飛ばされてきた。大木が小枝のように軽々と舞い上がりそれらが地上へ降りそそいでくる。
「早く馬車へ……!!」
テリウスの叫び声をかき消すように大木が馬車へ直撃し、そのまま私の意識は暗転し深い意識の底へ沈んで行った。
マズい……この感じ……
木製の天井が見える、体が痛い……待ってやばい、あぁ、またか……また転生してるよ。アリア以外の記憶があるよ。もうぉ!!なんなの!?なんで転生するの!だれ?誰のせいなの!
はぁ……私はエマ、12才の女のコだ。だけどココはどこ?あやふやな記憶しかないんだけど。
痛む体をなんとか頑張って起こす。痛いけど怪我はしていないようだ。あ、ポーションか。またファンタジーか……肩にかかる髪を確認すると黒だったので同じ世界ならおそらく平民ね。
ベッドからそっと降りて部屋を見回すがほとんど何も無く、小さいタンスと椅子が一つあるだけで狭い三畳ほどの広さに窓が一つあるだけだ。
窓から外を眺めるとここは二階で細い道が見えるが直ぐ目の前は高い壁だった。ベッドに腰掛けるとため息をつきこの転生前の事を考える。
私は死んだのだろうか?確か馬車に飛んできた木が直撃したはずだから、もしかしてみんな死んだの?そんな……
泣きそうになりながら考えていると突然ドアが開いた。
「おや?気が付いたか。大丈夫かい?どこか痛むのかい?」
そう言って、一人の老人が入って来た。穏やかそうな優しい笑顔で私の肩にそっと手を置く。
「怖い思いをしただろうがもう安心しな。ここにはグズモットも炎龍もいないからね」
えっ?
「私、どうしてここに?おじいさんはどうして炎龍に追われた事をしってるの?」
「そりゃお前を運ばれてきた時に話を聞いたからさ。お前はなぜここにいるかわからないのか?混乱しているんだな、無理もないが……」
ここはアリアのいた世界と同じどころか同じ現場に居たって事?あそこにいたって事は…………荷馬車にいた娘が今の私か!
「あの、他の人は?誰か亡くなりましたか?」
「いや、みんな助かったようだよ。貴族様と行き合ったのだろう?運が良かったね、本当ならみんな死んでいただろ。ちょうど騎士団も到着したって聞いたよ」
「騎士団?」
「あぁ、グズモットの大群が出たって情報があって騎士団に出動要請が出てたからね。タイミング良かったよ。まさか炎龍とは思って無かっただろうけどね」
老人はニッコリ笑うと着替えて部屋の外に来るように言った。一人になって改めてホッとした。
誰も死んでないって!良かった!でも誰もって事はアリアも、だよね。じゃあやっぱり私って転生って言うより取り憑いてる感じなの?だったらこのエマも意識が私の中にあるのかな?
なぜ荷馬車にいたのかも覚えて無いしそもそもどこに居たのか。あ、この子、孤児院にいたのか。それで働く為に連れて来られて、そこに行く途中だった、ハイハイだんだんわかってきたよ。ジワジワくるパターンね、よし。あのおじいさんなら優しそうだったし、行くか。
私はベッドの横の小さなタンスの引き出しを開ける。中には服と下着がニ枚だけ入っていた。エマの私物は何も無くお仕着せがあるだけだった。
なるほど、動きやすそうだ、って事はどっかの使用人ね。
さっと着替えると部屋の外へ出た。そこは狭い廊下で同じドアが幾つもあり恐らく使用人の寮みたいなとこかな?右は突き当りだったので左に歩いて行くと階段があり下へ、降りて直ぐにドアが開けてある部屋がありそこへ入って行った。
「あぁ、ここに座りなさい。これ飲んで」
おじいさんは自分の向かいの席を勧めてくれ暖かいミルクをくれた。私はそれを一口飲んでおじいさんを見る。
「あの、私、ちょっと混乱しているみたいで、どういう経緯でここにいるのか、何のお仕事をするのかわかっていないのですが……」
「あぁ……それなんだがね。ちょっと手違いがあったようでね。いま確認してるとこなんだよ」
「手違いって、ここで働く為に来たんじゃないんですか?」
「いや、こちらでは男の子を頼んでたんだよね」
「え!男の子…………私、返されるんですか?」
「まぁ、そういうことになるかな」
「そんな……」
そんなことがあって良いのか!手違いって!誰だ仲介したやつ!責任者出てこい!って言っても仕方ないか。
「どうにか雇って貰えないのでしょうか?私、頑張ります」
「う〜ん、だけどね、欲しいのは力仕事が出来る子だったんだ。メイドや下働きの女のコの口はこのお屋敷は人気でね、いつも応募が殺到してていらないんだよね」
いきなり無職なの?酷い!




