罠がばれる
前回、ネフィのせいでプレビオスと試合をすることになり、負けたらオンザバージを受け入れることになった。つまり、負けたらX組は閉鎖でオージャンは死んでしまう。
月曜日午後のグラウンド。魔王がいる閉鎖間近のオンザバージが練習試合をするということで、見物に来たクラスはそれなりにいた。グラウンドの遠くから見物している人もいれば、校舎から見物している人もいる。
多くの人に見られている状況で、進退がかかっているネフィは絞首台に上がるかのような青い終末顔をしていた。そのガチガチになっている彼女の脳天に、後ろからきたオージャンが軽くチョップをかます。
軽い衝撃のおかげで動けるようになったネフィは、頭を押さえつつ振り返った。
「しっかり覚えて来たんだろうな?」
「任せてよ! しっかり覚えて来たんだから!」
と、ネフィは得意げにポケットから紙を取り出してオージャンに見せた。褒められると思っていたのだが、彼は疲れたため息と共に顔に手をやっていた。
しばし復活に時間がかかったオージャンは、ガッとネフィの頭に手を伸ばして掴む。
「現場に持ってくるな。敵に見られたら台無しだろ」
「あ、そっか」
強さはちょっと痛い程度に抑えられていたので、ネフィはやられながらも平気そうに答えた。その様子を遠くから見ているのが、今日の対戦相手の〈プレビオス〉だ。
プレビオスのメンバーは、この間オージャンが溜まり場に顔を出した時にいた三人。
「奴が聖痕を授かった魔王、オージャンか」
「聖魔混合の存在……油断できない」
「あんな変態、マジで大したことないって」
ジャンヌの言葉に、銀髪の少年――アレクは静かに首を横に振る。
「ナンバーズのシャルマル先輩もあいつには一目置いている」
「マジ?」
ジャンヌが聞き返すと、アレクはスッと校舎を指さす。そちらを見れば、窓からシャルマルが顔をのぞかせていた。
腰に二振りの刀を携えている女子――ムサシは、手を刀の柄にそえる。
「さて、今日は三・三の形式だが、どうやら向こうは一人少ないようだ」
「当然だし。女々しい奴らばっかのX組から誰を引っ張って来れるって~の」
「絶対勝つ。許せない。とても許せない」
アレクは銀髪で目元を隠し、抑えきれない怒りを口にする。どうやらネフィが書いた電波な内容の手紙のせいで恥ずかしい想いをしたようだ。
「一番ムカついてるのはアタシだし、マジで! こっちはあの手紙に名前を書かれたんだから!」
ネフィの手紙にはちゃんと差出人と受取人の名前が書いてあったのだ。そのせいでジャンヌはネットで「聖女きたぁ~!」とか「魔王封印ガンバ!」とか「光の仲間(笑)」などのライトなコメントから、かなり精神を削るヘビーなコメントまで書かれた。
この中で一番怒りに燃えているのは、言うまでもなくジャンヌだ。
「その思いは拙者も同じだ。だからこそただ勝つだけでなく、奴らに屈辱を味わせて勝つ」
「なんかあんの、ムサシ?」
フッと笑ったムサシは、スマホから二人にあるデータを送った。
そのデータを見て二人は吹き出した――マヌケ過ぎるからだ。
「さて、魔王討伐といくか」
ムサシに言われるまでもなく、ジャンヌとアレクの中で闘争心が燃え上がった。
「え~、それでは今からX組と前世三人による練習試合を始めたいと思うのだが――」
サークル〈プレビオス〉は学園に無許可のため、メッシュの口からサークル名を言われることはない。そんな余談は置いといて、立会人であるメッシュがすんなり始めない理由はオージャンにある。
「オージャン! 何をしている! 早く整列しろ!」
どこから調達してきたのか、オージャンはグラウンドに玉座を設置して、そこに座っていた。玉座は宝飾こそないが木製で細工が細かい。
メッシュに呼ばれたのに動く素振りも見せず、手すりに肘をついて頬杖をしているオージャン。
「余のような尊大偉大強大、諸々の「ダイ」がつく存在と簡単に剣を交えられると思うな。大魔王には大魔王の戦い方がある。まずは貴様らの小手調べだ」
「戦い方だと?」
「段階を踏むということだ。委員長を倒し、余をここから動かせる実力がそちらにあるようならば、余も戦おうではないか」
その物言いに、整列している前世組はイラッとしたが、すぐに吠え面かかせてやると我慢する。
「先生~、いいからとっとと始めちゃってよ、マジで。アタシ、さっさとアイツをぶっ飛ばしたいし」
公平を期する教師だが、メッシュの心情的には断然前世組の味方だ。やる気に満ちている三人を見て、オージャンがやられる様を想像して彼はほくそ笑む。
「決着はどちらか全滅するか、もしくはギブアップするまで! それでは勝負開始!」
開始と同時に剣を抜こうとしていたネフィは三人の勢いにひかれて、潰されたカエルのように地面に倒れ、背中に靴跡を一杯つけた。まあまあ予想通りだと、オージャンは特に気にもしなかった。
迫ってくる三人を見てもオージャンは玉座から微動だにしない――いや、実際は少しだけ動いていた。手すりに置いている左手の指をそっと動かし、見えないようにボタンを押した。
その瞬間、三人を呑みこむような火柱が地面から上がった。
「ハーハッハッハッハ! 愚かな! 余がなんの策も用意していないと思ったか! 余の周りにはすでに罠を張り巡らせてある! 貴様らは余に近づくこともできず、憐れにもやられるのだ!」
オージャンの哄笑が続いている途中、火柱が突然下から凍り付いた。
「は?」
大口を開けたまま止まったオージャン。
凍った火柱が倒れると、その後ろから無傷で炎をやり過ごした三人が現れた。
火柱を凍らしたのはアレク――彼の前世はアレクサンドル=ネフスキー。中世ロシアの知勇兼備の名将で、「氷上の決戦」など数々の戦いで勝利した英雄だ。前世持ちの中には、過去の栄光から特殊能力を持つ者もいるのだ。
「な~に得意気になっちゃってくれてんの? 当たってないし」
ニヤつくジャンヌに見られるが、オージャンは弱みを見せることなく、
「強がるな。助けてもらってよかったな」
「なにがよ!?」
「記憶というのは嫌なことほど残ってしまうものだ。さぞ強く残っているであろう? 火刑によって死んだ時の記憶を」
前世の死因を言われたジャンヌは、顔をしかめて唇を強く噛む。ジャンヌの前世はジャンヌ=ダルク。聖女と言われ、百年戦争を戦った気高い乙女だ。不運にも魔女の疑いをかけられ、火刑によって死んでしまった。
「死の恐怖など一度きりで二度味わうことのないものだがな。余ですら勇者にやられ、死にそうになったが死ななかった。死があれ以上の恐怖を感じるものだと言うのなら、それを持って今も生きている貴様らに、余は同情する」
「罠に揺さぶりとは……大魔王とは随分とみみっちい戦いをするものなのだな」
オージャンとジャンヌの間にムサシが割り込んで、ポニーテールをなびかせて太刀を引き抜く。
「拙者が斬り伏せてやる」
「ほう、勇ましいな。だが、近づいて来られるかな? 運よく最初はかわしたようだが、罠はまだまだあるぞ」
揺るがない様子のオージャン。だが、ムサシは薄らと笑って足を踏み出そうと――
「待った待った!」
走ってきたネフィは大声を上げて前世組三人を抜かし、「トウッ」とジャンプをして三人の前に立ちはだかる。
「オージャンと戦いたいなら、まず私を倒すことね!」
自分としてはカッコよく宣言したつもりだが、前世組からは冷めた視線を向けられる。
三人は誰が行くと目を交わした後、仕方なさそうにアレクがやる気なさげに手を上げた。
アレクの手の中に光が集まり、出現した片手剣が握られた。
「さあ! ちゃっちゃと来なさい!」
と、自信満々にネフィが挑発する。が、アレクはそんなものは無視し、スマホを見ながら前方にジャンプし、次に右へ仰角四十五度で進み、十歩歩いたところでネフィに向かって歩き、冷や汗をかいている彼女の五歩前に来たところで直角に曲がり、カタカナの「コ」の字を書いてまた彼女の前に戻ってきて、鼻先に剣を突きつける。
「どうする?」
「どうして罠に引っかからないの!?」
驚きなのかちょっと待っての合図なのか、ネフィは両腕を上げる。
「罠の地図、アップされてる」
アレクがスマホをネフィに見せれば、画面にオージャンが書いた地図が載っていた。
「え!? どうしたのコレ!?」
「アンタが撮った写真に写り込んでたのよ、この無能委員長」
ジャンヌの言葉にムサシがコクリと頷く。
「…………」
黙っているネフィは、背中に突き刺さる視線を感じていた。いっそその視線で楽にしてもらいたいな~などと思いつつ、「えへへ」と強張った笑みで背後を振り返る。
「ビックリ」
「本当に驚天動地だな。スパイでもそこまで見事に情報漏えいは出来んぞ。チャンスをやったらやったで汚名を挽回しまくるとはな。無能ロードを史上最速で爆走中だな、この無能が」
オージャンが怒りを秘めた震える声でひとしきり文句を言った後、思い出したようにネフィはアレクに剣で突っつかれた。
「どうする? 降参?」
「う~……」
自分のミスでピンチに陥った今、降参までしたらオージャンに何を言われるか分かったものではない。だが、この状況で何ができるのか。
オージャンは深いため息をついてから、やる気なさげに手をプラプラ振った。
「せめてそいつを引きつけておけ。そこから左に行けば安全に罠地帯を抜けられるからそこでチマチマとやってろ。どうやら貴様のミスのせいで、もう余は戦わなくてはいけないようだからな」
オージャンの発言に合わせて、ムサシとジャンヌも。
「アレクの分も魔王を斬っておく」
「無能委員長なら即行終わるから、早く倒して帰ってきなよ」
これで大よその図式は決まった――オージャン対ムサシ・ジャンヌ、ネフィ対アレク。
ネフィは一歩下がってから、左へ跳んでダッシュする。アレクは彼女が残した足跡を踏んで追いかけ――チュド~ンという轟音の後、二人は爆炎の中に姿を消した。
熱い爆風をオージャンは体の左側で感じるが、眉すらピクリと動いていない。
全ての人が呆気に取られ、黒煙を見上げている中、オージャンの静かな声が響く。
「罠とは相手が思いもよらない場所に仕掛けるものだ」
「ちょっと待ちなさいよ! 地図にはあんなところに罠があるなんて書いてないっしょ!」
「というか魔王! 貴様、分かっていて仲間をあそこへ誘導したのか!」
ほぼ同時に言われた訴えを払うように、オージャンは手を振る。
「細かいことは気にするな。不慮の事故か、余の覚え間違いだ」
絶対ウソだと、全員が思った。
絶対ウソですよ。仕事ができない上司を痛い目にあわせる。う~ん、思った以上に爽快感。
一つにまとめると長くなるので、ここで切らせてもらいます。オージャンはある意味すごいハンデを背負いながら、上手いこと戦ってますね。次回も頑張ります。