プレビオスとの決着
前回のあらすじとしては、ネフィ爆死。
「さて、委員長の尊い犠牲で一人減ったな。ところで貴様ら……その地図、本当に信じてよいのか?」
オージャンは喉の奥で「くくく」と笑う。彼が委員長に本物の地図を渡していないことは確かだ。それを鵜呑みにするのは危険すぎる。
「罠なんて最低! 卑怯者!」
「なにを今さら……さっきまで罠に構わず向かって来ていただろ。不利になった途端、卑怯だなんだとのたまうな。文句があるなら、罠があると分かった時に言え」
確かにオージャンの言葉には一理あるが、そんなことジャンヌは知ったこっちゃない。彼女が卑怯と感じたら卑怯なのだ。
「さっさと罠を解除してよね! じゃないと、アタシ戦わないから、マジで」
「これだからガキは……呆れるほど自分勝手だな。戦う気がないなら帰れ。もう一人減って余は大助かりだ」
やる気なさげに手をフラフラさせるオージャンに、ジャンヌはムカ~っと頭に血が上る。
「なにさガキって! アンタだって似たようなもんじゃん!」
「余は六一六歳だ。四六七歳の時、史上最年少で大魔王の座についた」
「六一六!? って、マジでうける~! あんた、六〇〇も下の勇者にやられたんじゃん!」
「マジでうるさい!」
「マネすんなし!」
と、頭上に豆電球を灯して思いついたジャンヌは、意地悪そうな笑みを浮かべて、制服のポケットからスマホを取り出した。
「ネットに書いちゃえ」
「待て!」
「止めたかったらここまでくれば~」
と、挑発し返した。オージャンは玉座から身をのり出し、
「人が秘密にしたいことを暴露するとか人としてどうかと思うぞ!」
「大魔王が人のモラル語んな、マジで! そっちだって変な手紙さらしたくせに!」
「あれについての文句は不可解領域無能委員長に言え!」
「あんな無能を野放しにすんなし!」
「返す言葉が無い!」
それを最後に、オージャンは玉座に座り直した。
「あれ? いいの~? マジで呟いちゃうよ~」
「好きにしろ。今止めたところで貴様の気分次第でばらされる話だ。延々と貴様の脅しの相手をするぐらいなら始めから屈さん。ここで動いて止めようとするのは愚行だ」
腕組みをして言い切るオージャンは、確かに動く気がなさそうだ。「ふぅ~ん」と呟いたジャンヌは、操作をしてからスマホをしまった。
「書いちゃったから」
その時、ピクリとオージャンが反応したがわめき立てるようなことはしなかった。
オージャンの精神は若干摩耗したが、この場の優位は彼に戻ってきた。
二人の言い合いに今一つついていけていなかったムサシは、気を取り直して刀を構えようとするが、
「待って。ムサシがやるとアタシの分が無くなりそうだから」
ジャンヌが押し止め、手の中に光を集めてランスを作り出す。そして、オージャンへ向かってそれを放り投げた。
だが、ランスはオージャンに届かず、中間ぐらいで地面に突き刺さった。
「届いていないぞ」
「それでいいんだって」
ジャンヌは突き刺さったランスに飛び移り、手の中にもう一本ランスを作り出す。今のジャンプ力を見れば、そこからオージャンまで余裕で届く。
「こう来るとは思ってなかったっしょ」
「いよいよ動かなくてはいけないようだな。第一段階クリアといったところか」
普通にオージャンは、第一段階のネフィを忘れてそう言った。
そして、ジャンヌが飛び掛かってきた瞬間、オージャンは玉座から離れて前へ跳んだ。彼女は玉座にドンッと着地し、すぐさま彼を追いかけようとした。が!
玉座から縄が意思を持ったように飛び出し、ジャンヌの体にきつく巻きつくと引っ張り込んで、彼女を玉座に縛りつけた。
「なにこれ!?」
ジャンヌが驚愕の声を上げるのも当然だ。ここは先程までオージャンが座っていたところだ。罠なんて仕掛けられているはずがないと思っていた。
「簡単な話だ。体重に反応する罠だ。勢いよく着地し過ぎたな」
オージャンは相手がどう近づいて来るかいくつかシミュレートしていた。そのほとんどで、あともう少しで近づける場まできたら、罠をやり過ごすために飛び掛かってきた。
そこを逆手にとって、玉座にそういう罠を仕掛けておいた。
「罠とは相手が思いもよらない場所に仕掛けるものだと言っただろ」
「ってか、この縛り方なにさ!」
真っ赤な顔でジャンヌが叫んだ。縄は彼女の首から下、随所にかかっている。胸のところの縄は斜めにかかって胸を強調しているし、脚の付け根も縛られているからスカートが少しめくれている。手も足も動かせない状況で、随分とあられもない姿をさらしている。
モデルであるジャンヌのその姿に、遠くの方で男子共が騒いでいる。
オージャンはポリポリと頬を指でかき、
「……不可抗力だ」
「マジ縛り直せ! この変態!」
「解いたら貴様反撃してくるだろ」
やるわけがないことを言ってきたので、オージャンは呆れたように頭に手をやる。
「試合が終わるまで待て。後はたった一人だ」
「それもそうね。アンタなんかムサシにかかれば瞬殺だろうし!」
オージャンはその場でいきなりお辞儀をした。彼の頭がそれまであった場所を、飛んできた斬撃が薙いでいった。さらにもう一太刀襲い掛かってきたものを避け様、左手で斬撃の側面を叩いた。その斬撃は進路を変え、ジャンヌの横スレスレを通過した。あのままだったら当たっていたかもと、ジャンヌは冷や汗を流した。
左掌の皮が無残にむけたオージャンが背後を振り返れば、刀を振り切った姿勢のムサシが目に入った。剣気を全身からかもし出す近寄りがたさ……彼女の他を圧倒する目力と相まって、オージャンも攻めどころを見極められないでいる。
「個人成績十二位! 前世はあの大剣豪宮本武蔵! アンタなんかマジで相手にもされないって!」
ジャンヌの得意気な声を背中で聞き、オージャンは「む~」とばれないように唸る。
「飛ぶ斬撃か。厄介だな」
と、オージャンが後ろに左手を隠したのがジャンヌの目に入った。
(あれってもしかして、アタシに当たらないように……って、そんなわけないか)
ジャンヌがありえない考えを捨てた時、
「ちょっとオージャン! ひどいじゃない!」
黒焦げ・煤だらけのネフィが駆け戻ってきた。
「相変わらず復活スピードだけは驚異的だな。ならばもう一・二度、玉砕覚悟で特攻できるな」
「やらないわよ!」
ネフィは腕を振り回しながら声を大きくし、
「確かに罠のことをばらしたり、地図が写メに映っちゃったり、ちょびっと私も悪かったけど!」
『マジで全然ちょびっとじゃない』
と、呆れたオージャンとジャンヌの言葉がかぶった(彼が意図して言葉を合わせたのだろう)。だが、ネフィはへこたれず、
「この仕打ちはないんじゃない!?」
「貴様は上司として信用ないからそうなったのだ。残念ながらあれ以上の爆薬は命に関わるから仕込んでいない。余の罠のモットーは『生かさず殺さず屈辱を与える』だからな」
「上方修正を求めているわけないでしょ!」
言い争っている場に斬撃が着弾した。
ひとたび攻撃を受けてしまえば次の動きが鈍る。相手を逃がさず、ムサシは連続して斬撃を飛ばした。
ちなみにだが、練習試合の様子はドローンによって空撮され、学生証のスマホから見ることもできる。もちろんライブ映像として見ることができる。
そんなわけで、オージャン達の練習試合が始まる前の喫茶店『パプリカ』で、
「キネマ。少し店を空けますけど構いませんわよね?」
「? はい、問題はありませんが……なにか事務仕事でもありましたか?」
「そ、そうですわ。自室で資料整理をしていますから、問題が発生しない限り来てはいけませんことよ」
挙動不審げにたどたどしく言って、レシャールは上階に消えた。
パプリカは三階建てで、三階部分がレシャールの居住スペースになっている。キネマは隣のアパートの一室を借りていて、何かあればすぐに駆けつけるようになっている。
ちなみにだが、レシャールの実家が学園に多額の寄付をしているので、寮に住まなくていいとか、そういったことが黙認されているのだ。
店は滞りなく回っているが、キネマは少しレシャールのことが気になった。だが、彼女から問題が発生しない限り来てはいけないと言われている。気になったからで三階に踏み入っていいわけがない。
そうモヤモヤしていた時、
「なにをのん気に――!」
苛立ったレシャールの声が二階にいたキネマにまで聞こえた。
レシャールがそんな大きな声を出すのは珍しかった。それでハタとキネマは思いついた。店にまで声が届くなんて、お客様の気分を害することがあるかもしれない。これは問題だ。
注意ではなく、一言声が店にまで聞こえると知らせに行こうと、キネマは音を殺して三階に上がる。家事の仕事もあるので、キネマは三階にも毎日来る。勝手知ったる廊下を歩き、レシャールの部屋の前まで来る。
そして、ノックをしようと思った彼の手が止まった。
「なにをやっていますこと、オージャン! さっさとあの弱点をつきませんこと! まどろっこしいですわね! わたくしがいればもう勝っていますことよ!」
聞こえてきた声で察しがついたキネマは、ノックをやめて階下へ戻って行った。途中で「それにしても」と一人ごちた。
「断ったことでお嬢様をやきもきさせ、さらに気を引くとは……狙ってやったのだとしたら、かなりの策士ですね」
あとで自分も録画された映像を見ようと、キネマは勝敗もそれなりに気になりつつ思った。
同時刻、ガロウもサッカーのハーフタイム中に映像を見ていたし、可愛くない羊のぬいぐるみも校舎の窓からグラウンドを見ていた。
場所は戻って、練習試合が行われているグラウンド。
一気呵成に攻めたてていたムサシが手を止めた。
斬撃の衝撃でモウモウと上がる土煙が徐々に晴れていき、オージャンとネフィがいた場所が現れていく。
ズタボロになったネフィが倒れているが、オージャンの姿はなかった。
「なに?」
ムサシが怪訝な顔をした時、ジャンヌの声が上がる。
「アイツは落とし穴に隠れちゃったわよ!」
その声とほぼ同時に、ネフィの近くに仕掛けてあった落とし穴からオージャンが出てきた。そして彼女の剣を拾いつつ駆け出し、罠を意に介さず走り抜け、剣を上段に構えて飛び掛かってムサシに振り下ろす。
ムサシはオージャンが向かってきた段階で脇差を抜き、太刀と脇差を交差させてオージャンの一刀を受けた。
「剣豪のムサシに剣で挑むとか、無謀にも程があるし!」
もう勝った気でいるジャンヌの声に同調するように、見物していた人達もほとんどがオージャンの負けを確信する。
「拙者に剣術で勝てると思っているのか?」
「ふん、余は生まれる前の貴様になど興味はない」
左手は怪我をしているので、右手一本だけで剣を持っているオージャンは、拮抗している状態で力を込めていく。しばらくはその状態が維持されていたが、徐々にではあるがムサシの刀が震え始めた。
「貴様ら前世持ちは、確かに魂に知識・経験・武器の練度が刻まれているのだろう。だが、笑止!」
グッとさらにオージャンが力を込めると、ムサシは片膝をついた。下手にいなしたり退こうとしたりすれば彼に押し切られ、致命的な攻撃を喰らってしまう。じり貧なのは分かっていても、それが最善だから耐えるしかない。
「な、なぜだ……」
食いしばっている歯の隙間から搾り出された疑問に、オージャンはフンッと嘲るように返す。
「前世の時とは頭が違う、顔が違う、身長が違う、手足の長さが違う、骨格が違う、筋肉が違う、視力が違う、歳が違う、諸々全てが違う! 特に貴様は性別が違う! それで前世と同じ様に体が動かせ、同じ能力を発揮できると思っているのか! 下手に経験がある分男の癖で体が動き、女子の体では不利な力比べに持ち込まれるのだ!」
ムサシの腕が下がっていき、ついに彼女の肩付近にまでオージャンの剣が迫る。
「魂の記録と体で齟齬が発生しているのだ。その体で経験していないこと、分かっているからと言って容易に再現できると思うな! そんなことができるなら、誰もがボーリングでストライクを取れるのだ!」
最後のたとえがボーリングなのは謎だが、なるほど一理ある意見だった。
「そんな貴様が勝てていた大きな要因を教えてやろうか? それはな、相手が勝手に貴様の前世に恐れ入って最初から気持ちで負けていたからだ!」
「なっ!」
これまでの戦績を汚すような発言に、ムサシが声を上げた。瞬間、押し切ったオージャンの剣が真っ直ぐふり切られた。左肩から左大腿部にかけて一直線の線が走り、血が噴いた。
「委員長、手当てしてやれ」
「ま、待て! ま、だ……」
「自分を見つめ直してから出直して来い」
オージャンは仰向けに倒れるムサシに背を向け、剣を地面に突き刺して離れた。
前世組三人が戦闘不能に陥ったことで、メッシュが試合を止めた。
復活していたネフィは治療のためにムサシに駆け寄り……仕掛けられていた輪っかの罠にはまってコケた。
私は常日頃から不思議だったんですよ、前世持ちが。体が違うのに思った通りに動かせるのか? 全盛期と歳が違うのに、同じ動きができるのか? 前世で老年まで行ったら、そっちの動きに引っ張られるんじゃないかとか?
とにかく腑に落ちない。特に性別が変わっていたらもう前世と同じパフォーマンスなんて無理でしょ。と思っていました。知識重視の軍師系や技術系、転生でパワーアップした肉体を手に入れたパターンなら分かるんですけどね。
理想の上司像一つ、「やる時はやってくれる」。最後はビシッと決めてくれる……まあ、くだらない会議で結果が出なかった時の無駄感、最早虚無ですよ。
次回はジャンヌを口説き、次の展開に入っていきます。




