ガロウ、立つ
堕天使の階級は天使と同じで九つあります。三つずつ上級・中級・下級に分かれていて、第一階級が最上級で第九階級が最下級です。
そんなことをやったものだから、子どもから人気が出て、オージャンは随分とまとわりつかれた。
「ええい、仕事の邪魔だ。ガキ同士で遊んでいろ」
もちろん本気の声色でないので、子ども達はめげない。邪険にできない理由があるので困り果てたオージャンは、ネフィを手招きする。
「おい、委員長。こっち来い。おまえが相手をしろ」
仕事を振られたネフィは「はいはい」と小走りで向かうが、子ども達の「え~」という声で地味に傷ついた。
その時、オージャンの携帯に連絡が入った。すぐに出たオージャンのため、ネフィは子ども達を頑張って引き離した。
オージャンが壁際まで行って応対して電話を切ると、
「学園から呼び出された。行ってくる」
「え? 何の用で?」
「さてな」
内容は聞かされていないのか、オージャンも肩を竦めるだけだ。
「学園は戦闘中です。一人で向かうのは危険でしょう。私も同行しましょうか?」
「貴様が?」
「はい」
オージャンはしばらくキネマのピクリともしない顔を見ていたが、彼の考えなど分からず、
「いいだろう。ついてこい」
同行を許した。
二人が外へ出て行ってしばらくしてから、シェルター内で赤いパトランプが回転し、警報が鳴った。
『堕天使警戒レベルフォー。堕天使警戒レベルフォー』
学園に向かって走っていたオージャンとキネマも、島に響く『警戒レベルフォー』を聞いていた。
「警戒レベルフォーとはなんだ?」
「住民をシェルターに避難させるのが警戒レベルスリーです。フォーとは学園の敷地から堕天使が出てしまい、準戦闘区域に入ったことを意味します。ここ数年、起こりえなかった事態です」
「つまりは――」
オージャンは急ブレーキをかけ、靴とアスファルトで摩擦熱を上げて止まった。
「ここということか」
見上げた先に、翼を広げた堕天使の集団がいた。急いでいたのは学園に呼び出されたからではなく、オージャンがムカつく波動を感じていたからだ。
「この波動……一体は中級の第五階級か。少し面倒だな」
「いかがいたします? おそらく非番のナンバーズあたりに学園が要請するでしょうが」
「奴らを倒せば、X組の評点は上がるのか?」
「それはもちろん」
オージャンは手を強張らせ、背後から黒紫色のオーラを噴き出させる。
「ならば学園に言っておけ。奴らはX組で対処するとな」
その不穏なオーラで気づいたか、堕天使の集団はオージャンに向かって襲い掛かってきた。
警報が鳴り終わったシェルター内では、避難民に不安が広がると共に、ネフィが慌てふためいていた。
「ど! どど、どーしよう~!」
「落ち着けって~の! 学園の生徒がそんな風に慌てたらみんなが不安になるじゃん、マジで」
ジャンヌに呆れた調子で言われて、ピタリとネフィは動きを止めた。
「ったく、これだから無能は」
「レベルフォーとはいえ、準戦闘区域に入った堕天使は六体。物の数ではありませんことよ。おそらく非番のナンバーズが出て――」
スマホで情報を得ていたレシャールの画面に情報が更新される。準戦闘区域で二年X組が戦闘開始、と。
「どういうことですの!」
気になって、すぐにネフィとジャンヌがレシャールの画面を覗きこみ、同様に驚いた。
「これってまさか、出て行ったオージャンとキネマがってこと!?」
「どーしよう~!」
同じ避難誘導の仕事をした中等部の子達が不安げにしている横で、X組がそれを助長させるかのように騒いでいる。それを遠くから、ガロウが見ている。
「おい、兄ちゃんは行かなくていいのか?」
対面に座っているおじさんに言われ、ガロウは困ったように視線を外した。
「あ、ああ……俺は、その……戦えねえから」
身の置き所が分からないガロウは、立ち上がって逃げるように食糧倉庫へ行った。
そんな彼を女子三人は見てもおらず、
「とりま、アタシも行ってくる。あの魔王と執事だけじゃ不安だし」
「それならわたくしも行こうかしら」
「え~、アンタが来るならやめようかな、マジで」
火が苦手なジャンヌはパイロキネシスのレシャールが戦う様を見たくなく、嫌そうな顔でそう言う。
「別に来なくても構いませんことよ。わたくしが行けば問題ないでしょうし」
その上から発言に、ジャンヌはカチーンと頭に怒りマークをはりつける。
「病気持ちのお嬢様は引っ込んでていいって~の。アタシだけで十分っしょ、マジで」
「また考え無しに突っ込んだら、罠にはまりますことよ」
「見てたん?」
「ええ。とっても面白い映像でしたことよ」
視線でバチバチやり始めた二人の間にネフィが割って入る。
「ちょっと待って! 今はそんなことしている場合じゃないよ!」
すると二人はズーンっと闇を背負って、壁に手をついて項垂れる。
「委員長に正論言われるとか……マジ、凹む」
「わたくしとしたことが、こんな大失態を演じるなんて」
「仲良いでしょ! ホントは仲良いでしょ! 二人とも!」
ネフィが涙ながらにツッコんだところで、場面は地上へ戻る。
懐から拳銃を取り出したキネマが弾倉に息を吹きかけると、氷の弾丸が装填される。雪女を母親に持つ彼は、それぐらいの芸当は楽勝だ。そして上空の堕天使へ撃つと、着弾した翼が凍りついて一体落ちてきた。
すかさずキネマが落下した堕天使に接近し、突き出された剣を左手に握った短剣――刃の背側がくし型になっている部分でからめ取り、額に銃口を合わせて躊躇なく引き金を引いた。
銃弾を受けた場所から凍りついた堕天使は、そのまま霧散した。
あっという間に一体やられ、残った堕天使は警戒して上空高くに留まっている。
残り四体の堕天使を従えているガッチリとした体格の中級堕天使が、
「貴様が魔王だな!」
「大魔王だ」
オージャンが気負いなく答えると、上空の雰囲気が殺気立つ。
「最重要消滅対象だ! やれ!」
号令の下、四体の堕天使は銃口が丸く大きな武器をオージャンに向ける。そして、一斉に引き金を引くと、光が放たれた。
オージャンは動かず、彼の前に来たキネマが地面に短剣を持つ手をつける。
「北海の氷壁」
みるみる厚い氷の壁が出来上がり、光を弾いた。キネマはその壁の横から手を出して撃ったが、堕天使に散開されて避けられた。
次にキネマはタキシードを開いて背中の鞘に短剣を納め、拳銃も懐に戻す。そして、右前腕部を凍りつかせ、銃身が長い装甲を作り上げる。
「アイスバレット」
左手で氷の取っ手を掴み、狙いをつけた時にはもう撃っていた。胸を貫通した堕天使は凍って落下し、地面に激突して消滅した。
オージャンをやる前にキネマを倒さなくてはいけないと悟った堕天使は、地面スレスレまで降下し、猛スピードで迫ってくる。三体がばらけて突撃してくるので、キネマといえどもどれかは撃ち漏らしかねない。
『ケ~ケッケッケッケッケ!』
陰気な笑い声と共に、パンパンパンパンパンという連続する謎の音がした。その後で近くのマンホールの蓋が浮き、高速で飛翔して三体の堕天使を撃墜した。
さらにマンホールが再び浮き上がり、異音を上げるほど高速回転し出す。それが倒れていた堕天使の腰に落ちると、堕天使の服を破り切り、摩擦熱で肌を焼きながら地面に沈み込ませていく。堕天使が背中をのけ反らして断末魔を上げると消滅し、マンホールがアスファルトに突き刺さる。
『ケ~ケッケッケッケ! ポルターガイスト~!』
再び聞こえる陰気な笑い声の後、ポテッとオージャンの頭上に可愛くない羊のぬいぐるみが乗った。
「グリアス。いたのか」
『い~たよ~。だってここはご近所~』
道路を一本挟んだ向こうに、第二学生寮がある。
「グリアスさん? そのぬいぐるみがですか?」
キネマが疑うような視線で見てくるので、オージャンはぬいぐるみの首根っこを掴んで見せてやる。すると、ぬいぐるみは「よう」と片腕を上げた。
「どうしてそんな姿に?」
『憑依してるだ~け。こまけえことは気にすんな!』
ビシッとツッコむように腕を伸ばした。
「とすると、先程のあれはラップ音ですか」
先程のパンっという音は、幽霊が出る時になることがある怪音――ラップ音である。
そうやって話している間に、倒れていた二体の堕天使が起き上がろうとする。だが、それよりも大変なことにキネマは気づき、
「危ない!」
オージャンを抱きかかえてその場を離れた。凄まじい炎がアスファルトを溶かして通過し、その業火に呑み込まれた堕天使は欠片も残らなかった。
「ごめんあそばせ。これがわたくしの炎ですことよ」
「アンタまだ火加減できないの! あやうくオージャンまでやるところだったじゃん!」
青ざめたジャンヌが横にいるレシャールに文句を言うと、彼女はムッとして、
「あなた達のような力押しでいける人達と違って、わたくしの能力はおいそれと使えないのです。超能力は脳を酷使して力を使っているので、細々と調整をしようとすれば余計に脳の容量を使ってすぐに血糖値が下がってしまいますことよ」
キネマが直撃を避け、急いで氷の壁を作って防御したおかげでオージャンは丸焼きを免れた。
引き連れていた天使が全滅し、
「魔王の手下共め~」
上空で唇をかむ堕天使の周囲に光球が出現する。
その気配をいち早く感じ取ったオージャンが、
「貴様ら! 避けろ!」
「シャイニングスター!」
X組の面々に光球が降り注ぎ、その一発一発の威力はアスファルトに大きな穴を穿った。
堕天使の攻撃の影響で、シェルター内でも鈍い地響きのようなものが聞こえる。
シェルター内に残っているネフィは明るく振る舞い、X組のみんながスゴイということを伝え、みんなを勇気づけている。
オージャンは世界を支配する寸前までいった大魔王だということを特に熱く語り、みんなを怯えさせようとしているとしか思えなかった。勇気づけることも下手くそで、この場にオージャンがいたら、間違いなく「無能」と言っていただろう。
島民を不安にさせないというのも、サポートの大切な仕事だ。それなのに……食料倉庫に閉じこもっているガロウは、頭を抱えて額を壁にこすり付けている。
自分はこんなところで何をやっているんだと自問を繰り返し、親友を守り切ることもできなかった自分に何ができるという自答を繰り返す。
ガロウは戦うのが怖いわけではない。もう戦いたくないのだ。戦う意味を失ったから聖剣が重荷になり、もう使いたくないから売った。
どうせ弱い自分一人が戦わなくても支障はない。学園には強い人達がたくさんいて、その人達がキチンとみんなを守ってくれる。むしろ自分なんかは足手まといだ。
確かに学園はもう敷地外に出た堕天使に対処していた。X組一クラスに任せるわけもなく、彼らが時間稼ぎをしている間にもう非番のクラスを待機させている。
横から邪魔をするつもりはないが、X組がピンチになるか取り逃がしそうになれば、すぐさま堕天使を倒す。
その時、食糧倉庫のドアが押し開かれた。
ガロウの心臓が一度大きく鼓動して顔を上げれば、そこにスマホを持ったネフィがいた。
「ガロウ、いたよ」
『聞こえるか、ガロウ』
スピーカーにしているスマホから、オージャンの声が聞こえてきた。電話口の向こうでは、彼の声だけではなく激しい破砕音も聞こえてくる。
『まだ戦う理由ができないのか』
「…………」
『ハッキリ言って、今は一人でも戦力が欲しいところだ。早く来い』
「お、俺なんかが行ったところで、しょうがないだろ」
『貴様、目の前にいる奴を見ろ。そいつが来るより貴様が来た方がしょうがあるだろ』
「ちょっとぉ!?」
オージャンの遠慮ない言葉にネフィが声を上げるが、彼女のことはサラリと無視される。
「も、もうすぐすれば、学園から救援が来る! 俺なんかより、頼りになる――」
『余達がなぜ戦っていると思っている!』
オージャンの怒声に、電話口だというのにガロウは射竦められた。
『勘違いしている輩も多いかもしれん。余達が堕天使と戦うのは、学園での地位や立場を高めるためではない! もちろんオンザバージを覆すためでもない! そんなものは全部ついでで! 本来は戦う力のない一般人を戦火から守るためだ!』
そこで電話の向こうで、「ジャンヌ! そこに入ってろ!」「ここ下水――」とカットインするが、よくは聞こえなかった。
『貴様ら全員、余からしてみれば幼稚なのだ! 一般人を守るという大きな目的を見失っているから、自分達の仕事を放棄できるのだ! 自分達が怠けていると死ぬ人間がいるかもしれないと分かっている者ならば、普通そんなことはできんぞ!』
電話の向こうで硬いものが破砕される轟音が響き、「ケーケッケッケ!」と状況に合わない笑い声が聞こえた。
『親友のため、愛する人のため、力を遠慮なく使うため、復讐のため、手柄のため、何でもいいがそれらの目的は一般人を守るという大きな目的の中の一要素でしかない!』
『キネマ! レシャール以外も守れ!』と、合間に怒声が入るが、オージャンの声が再び電話口に戻って来る。
『いいか。余達のX組がなくなれば、学園から七人の戦力が無くなる。たかが七人かもしれないが、確実に七人分のしわ寄せが――民に来る! 単純に、学園の学生一人が一般人一人を助けられるとしたら、余達が消えれば七人余計に死ぬことになる! 貴様の目の前にいる中からだ! 甘えるな。誰かが誰かを助けてくれるなど、誰が保証してくれる。力があるのなら、貴様が誰かを助けろ!』
先程から、何を騒いでいるのか気になる避難民の人達が、ネフィの背後に大勢集まって来ている。その中には、日頃ガロウと交遊がある人もいる。
『何のために貴様を放置し、遊び回らせていたと思っている! その者達が困っていても知らんふりで平気なのか!』
ガロウに対して、オージャンは何もやっていない訳ではなかった。戦う理由を失ったと言う彼に、〈助けるべき人〉を強く意識させるため、あえて放置していたのだ。
『余は貴様らの前で言っただろ。力を貸してほしいと! 余は――民のために貴様らに頼んだのだ! 自分の命が惜しいわけではない! ウジウジ言ってないで出てこい! 余の魔剣をくれてやっただろうが!』
「オージャン」
『なんだ、村娘A!』
「誰が村娘Aよ! ガロウくん、もう行ったわよ」
オージャンの最後のセリフの前に、すでにガロウはエレベーターに乗り込んでいた。
人には自分のために力を出せる人と他人のために力を出せる人がいます。ガロウは典型的な後者だと分かった上で、オージャンは動きました。
これでようやくオージャンが思い描いた展開になってきました。あとは全員で一仕事こなせば達成感も相まって少し団結力ができるはずです。
次回でこの堕天使襲来が終わります。オージャンの出番はあるのでしょうか?




