オージャンの学園生活
プレビオスとのいざこざが終わり、オージャンの仕事はまたX組存続に向かいます。半月でクラスメイトを半分以上集めるは達成できるのか?
第二週の火曜日。初めてオージャンが午前の授業に出ていた。しかもX組は彼とネフィだけでなく、ジャンヌまでいる。教科は『天使学』で、担当教師はメッシュ。
サポートランクの五クラスが集まって、一つの教室で授業を受けている中、オージャンは立てた教科書で顔を隠して静かに寝ている。
「天使が堕天する理由は大きく三つあり、一つは嫉妬によるもの……これは神に愛されている人間を気にくわず、神の愛を受けるべきは愚かな人間ではなく自分達であるべきだと主張する一団だ。もう一つは傲慢によるもの……優れた自分達はすでに神をも凌駕したと主張する一団だ。最後の一つは愛によるもの……人間に恋をした天使が天界を捨て、人間と添い遂げるために堕ちてくる」
と、そこまで黒板に書いたところで、メッシュはツカツカとオージャンの席まで行き、彼の机を掌で叩いた。
「起きろ!」
拍子に教科書は落ちたが、オージャン本人はビクッとすることもなく、スッと目を開ける。
「起きている。起きているぞ、メッシュ教師」
「ほう~。ならば堕天について説明してみろ」
「打点とは本塁打、安打、犠打、犠飛、または内野アウト及び野手選択により――」
「ベタなことを言うな!」
スパンッとメッシュがオージャンの頭を教科書で叩いた。
「アンタ、野球知ってんの?」
食堂に移動中、欠伸を手で隠しているオージャンにジャンヌが聞く。
「やたらにガロウが進めてくる。基本的なルールぐらいならザッと目を通して覚えた」
「ところでオージャン、これどういうこと?」
と、ネフィがスマホを突き出してくる。そこにはサポートランクのX組が今週、住宅街の避難誘導のシフトに入っていることが書かれていた。
「ああ、明日は堕天使の襲来が高く予測されるらしいから入れておいた」
「そんな勝手に……」
「相談するクラスメイトが一人も登校して来ないのだ。勝手でもなかろう」
「だから、私がいるでしょ!」
「問題外だ」
「相談する時間が勿体ないって」
オージャンとジャンヌから憐れんだ視線と共に言われ、ネフィは怯んだ。
「いや、私だってオンザバージを何とかするために色々と考えているんだから」
「頼むから考えるな」
「ってか、オンザバージを回避するために色々やってきて、オンザバージになったってこと理解してんの、マジで?」
特にジャンヌの言葉がグッサリ刺さったネフィは崩れ落ち、廊下に膝をついた。それを気にも留めず、オージャンとジャンヌはさっさと進む。
「ねえ、お菓子作ってきたんでしょ?」
「ああ。クッキーとやらを作ってある」
「そのために来たんだし。さっさと出してよ」
「カバンの中だ。今は持っていない。飯を食べたら渡す」
「そんならアタシ、その間なにしてんのよ」
それを言うなら、一時間目から四時間目までのどこかで要求すればいいのに、どうして今になって言い出してくるのか。まさかジャンヌに限って、照れて切り出しにくかったわけもあるまい。
「昼飯食べていればいいだろう」
「どうしてアンタと一緒に食べないといけないのよ」
「余はジャンヌと食べたかったのだがな。嫌ならば一人で食べろ」
「――イヤなんて言ってないし」
ツンケンと返答しながらも、オージャンと一緒に食堂に入った。雑誌でモデルをしているジャンヌが来たのを見て、食堂が少しざわついた。基本的に彼女は〈プレビオス〉に入り浸っていたので、あまり人が集まる場所には顔を出さない。
オージャンは周りのざわつきを気にせずオニギリと漬け物のセットを注文し、ジャンヌはサンドイッチとサラダのセットを注文した。
それから座る場所を探すが、何人かの学生が離れてついてくる。ジャンヌのそばに座ろうと狙っているのだろう。
オージャンは人を寄せ付けない雰囲気をかもし出している人物を見つけ、ちょうどいいとばかりにその人と同じテーブルにつく。
「よう、シャルマル」
「魔王」
対面に座ったオージャンを警戒し、シャルマルは自分の幕の内御膳をちょっと自分に引き寄せる。
「そう何度も横取りはせん。反応が可愛いな、貴様は」
テーブルの下でオージャンの脛を蹴ろうとしたシャルマルだが、偶然か避けられた。その彼の隣にジャンヌが座った。そこに彼女が座った瞬間、ついてきた学生達はスゴスゴと去って行った。
「アンタ、二年の個人成績一位のシャルマルにな~にケンカ売ってんのよ」
「シャルマルが一位なのか?」
「学園のページでランキングのぞけばすぐ分かるじゃん」
「そこまでそれを使いこなしていない」
普通に会話をしている二人を見て、シャルマルは怪訝な顔をしていた。
「勝負に勝ったら仲間になりたそうにそっちを見てたのか? 随分と懐かれているな」
シャルマルがジャンヌを指さしながらオージャンに聞くと、答えは顔を赤くしたジャンヌの方から返ってきた。
「人をモンスター扱いするなし! それに別に仲間になったわけじゃ……」
「まあ、どうでもいいか。何人集めようが無駄な努力だ。オンザバージが覆ることなんてありえない。おまえ達はもうすぐいなくなる」
「そんなことないわ!」
と、登場したのはネフィだった。A定食が載ったお盆を持っている彼女は、オージャン達のテーブルで空いているのがシャルマルの隣だけだと知ると、隣のテーブルの端っこに座った――弱い。
「X組は絶対に閉鎖させないんだから!」
「言うだけなら簡単だ」
「言うだけでしょアンタは」
「言うだけにしてくれよ」
「日に日に私の扱いがぞんざいになってくる!」
「笑わせる。貴様の扱いなど初日からそんなものだ」
腕を振り回して泣き叫ぶネフィは放っておいて、
「シャルマルはどんな超常能力を持っているのだ? 武器は持っていないし、前世持ちという雰囲気でもないが」
「調べれば分かること、どうして教えないといけない。勝手に調べればいいだろ」
「そうだな。アステリアにでも聞くか。何か聞きたいことがあれば、遠慮なく尋ねてくださいと言われているからな。家にも一度来るよう言われていたし、ちょうどいい」
「ちょっと待て!」
射殺すような視線を向けてくるシャルマルを、オージャンは優越感の笑顔で迎え撃つ。彼に関係ないことでわざわざ学園長のアステリアに聞きに行くとは思えないが、行かないとも限らない。悔しそうにシャルマルが唸った後、
「僕は仙人だ。秘めたる力は気力! これでいいだろ」
「ほう~、「センニン」とは聞いたことがないな。どういう能力なのだ?」
シャルマルに聞いても無駄だと思い、オージャンが隣のジャンヌに聞く。
「え~、珍しい能力だからアタシも詳しく知らないって。確か……秘境で数年間修行をして、体内の気を自由自在に扱えるようになった人。とかって感じだったっけ? 先天性の能力じゃないけど、けっこう万能」
「…………」
シャルマルは肯定も否定もしなかった。
「オージャンは秘めたる力が魔力ってあったけど、魔法使いの魔法力と何か違うの?」
「魔法力は言ってみれば金だ。自然界の力を買い、法則にそった事象を引き起こす。火や風はもちろん、人もその括りの中に含まれるから、怪我を癒す回復魔法がある」
魔法使いのネフィはオージャンの説明にうんうんと頷いている。
「魔力はそれ自体がエネルギーだ。魔力があれば水中でも火を燃やせるし、城を動かす動力にすることもできる。万物の理に囚われん」
「城を動かす動力?」
「余は周りの風景に飽きたら、城を動かして引っ越していたぞ」
「動いたりスイッチで崩壊したり、オージャンの城には住みたくないわ」
「現在余の魔力は聖痕によって放出できないようになっているがな」
そう言って、オージャンは肩を竦めた。
昼食の後、X組でジャンヌはオージャンが作ったクッキーを食べた。湿気らないように丁寧に包装されていたのは、サクサクとしたチョコクッキーだった。
「キネマに教わりながら作った」
一つ二つと食べ、徐々にジャンヌの表情は真剣なものになっていく。
「私にも一枚ちょうだい」
と、ジャンヌが許可する前にネフィは一枚取って食べる。
「普通においしい! というか、パプリカで出しているのと遜色ない!」
「サクサクでチョコの風味が失われていないじゃん。甘すぎないってことは、ビターのチョコが使われているっしょ。ストレートの紅茶がお供に欲しくなるし」
そこまで感想が出てハッと気づき、
「ま、まあまあ筋はいいんじゃない? でも、まだまだって感じ? うん、アタシを満足させるには程遠いし」
「そうか、やはりジャンヌに味見を頼んで正解だったな。忌憚なく言ってもらえる。ありがとう」
ハッキリお礼を言われ、逆にジャンヌの方が頬を染めて照れた。
「ジャンヌのブログを見たがパプリカに足を運んでいなかったな。クッキーも美味いがケーキはかなり美味いぞ。さすがに持って来られないから明日の放課後に食べに来ないか?」
「パイロキネシスの店に……」
火が苦手のジャンヌは、どうやらレシャールに苦手意識を持っているようだ。
「う~ん、マジちょっと用事があるっていうか……」
「明日もオージャンバイトするの? サポートの仕事入っているのに? 堕天使っていつ来るか分からないよ」
「余はけっこう分かるぞ。ムカつく波動を感じるからな」
「気が向いたら行ってあげるわよ」
今更になって、ジャンヌはちょっとバイト姿のオージャンが気になった。
「ところで村娘A」
「だからネフィだって! で、なに?」
オージャンはネフィの顔を見て少し逡巡したが、結局は「いや、なんでもない」と言って黙った。珍しく歯切れの悪い彼に、彼女は疑問符を上げた。
その日の深夜。消灯時間が過ぎているのにオージャンは起きていた。ベッドのカーテンを引いて、スタンドを持ちこんで明かりをつけ、スマホを操作している。
「今日もまだ起きてんのか?」
カーテンを少し開け、ガロウが上から顔を逆さまにしてのぞき込んできた。
「貴様こそ」
「俺はちょっとスマホでテレビを見てたんだよ。よっと」
勝手に入ってきたガロウに、オージャンは眉をひそめる。他の同室人が寝ているので二人は小声で、
「何の用だ? 余は調べもので忙しいのだ」
「毎日何を調べてんだ?」
「貴様らの色々だ。なんにせよ距離を縮めるためには、貴様らのことを知らないと話もできないからな」
「ジャンヌを口説いてるんだろ? 昼飯一緒に食べてたらしいな」
「あいつは承認欲求が強いからな。今のあいつを認め、褒めてやれば好感度は上がる。好物のスイーツによる餌付けも順調だ」
「よく調べるよな」
「事前の情報収集が勝負を分けるのだ。レシャールは中々難しいぞ。仕事ができるところを見せればそれなりに評価が上がり、向こうも歩み寄って来てくれるがそこ止まりだ。全面協力してくれるようになるには決め手に欠ける。なにかが起きなくては……」
「俺は俺は?」
「貴様は簡単だ。が、丁寧に講釈してやるつもりはない。今は遊んでいればいい。その内分かる」
「な~んで~」
こうした開けっ広げな男同士の会話というのも重要に見ているのか、オージャンは気さくに答えてくれる。と、スマホを操作していた彼の手が止まる。
「貴様に聞きたいことがある。ネフィの前に委員長をやっていた者についてだ」
オージャンの口から飛び出してきた内容に、ガロウの顔つきが変わった。
「……誰から聞いた?」
「調べていると言っただろ」
ここでオージャンはグリアスの名前を出さなかった。でも、ガロウは納得したようで、困った顔で後頭部を手でかく。
「カズキっていう、俺の幼馴染だ」
「ほう」
「あいつは双剣の魔法戦士で、俺はあいつに引っ張られてこの学園に入学した。あいつは堕天使からみんなを守るんだって言ってて、俺はそんなあいつを守るために戦っていた。優しい奴でどんな相手にも分け隔てなく接し、自然とあいつの周りには人が集まっていた。だからネフィも――」
そこで言い過ぎたと思ったのか、ガロウは口を手で塞いだ。オージャンは追及することなく黙っていた。
「あいつが戦死した。俺はあいつを守れなかった……。俺は別に、堕天使を倒したくって戦っていたわけじゃない。あいつがいなくなれば、戦う意味なんてねえ」
「だから聖剣を売ったのか?」
「…………羽のように軽かった聖剣が、重くなっちまったんだよ」
話が終わり、静寂がその場を包む。身じろぎ一つされない場に苦しいものを感じたガロウが、大きな動きで後頭部をかく。
「なんかしゃべりすぎたな。夜中のテンションってやつは怖いぜ」
自嘲気味に笑って、ガロウはオージャンのベッドからそそくさと去った。
『ケ~ケッケッケッケ。どうよ、魔王様~』
「余のプライベート空間はないのか」
いきなり実体のない青白い腕が背中から回ってきたが、オージャンは怯える様子も無くこめかみに怒りマークを作って言った。
オージャンの背後にはザンバラの黒髪の女がいた。見なくても分かる。グリアスだ。
『ど~して私のことは話題に~、出さなかった~?』
「ガロウと同じだ。本人の前で丁寧に講釈するつもりはない」
『霊体である私の気配を感じた~? いいねぇ~魔王様。私を無視せず普通に接してくれる、毎夜邪魔しに来ても塩を持ったり破魔札をはったりしない……死んで一緒になろう』
グリアスはオージャンに頬ずりしてから、突拍子もなくスリーパーホールドで首を絞めてきた。
「ったく、面倒な奴らばかりだ」
オージャンが霊体の腕を掴んだら、すぐに感触が消えて青白い腕も消えた。
『またね~。魔王様~』
耳元で聞こえたその声を聴いた瞬間、オージャンはパチリと目を覚ました。
座っていた姿勢から横に倒れた格好で寝ていて、手元にスマホが転がっていた。
どこまでが夢だったのかと思ったが……ガロウが開けたカーテンがそのままだったので、彼と会話をしたのは現実のようだ。
ドッと疲れて、再び調べものをする気力も無かった。明日堕天使が侵攻してくる可能性が高く出ているので、疲労を取るために眠りについた。
水曜日の放課後、オージャンがX組に来て十日目だ。
パプリカでバイトをしているオージャンがケーキを試食させてくれるというので、ジャンヌが来店していた。
エプロン姿の営業スマイルで接客してきたオージャンに、ジャンヌはビックリするとともに動揺した。とりあえず偽者だと疑ったのは当然で、その後写真撮影してネットに上げようとしたら、店主であるレシャールに店員の撮影は禁止だと注意された。それで険悪な雰囲気になりそうなところ、常識人ぶった魔王が間に入って止めた。魔王にケンカを仲裁され、二人はかなり凹んだ。
でも席に案内され、ジャンヌがチョコケーキを一口食べたらすぐに機嫌が直った。
四時を過ぎた時間帯のせいか、お店にお客は珍しくジャンヌだけだった。クラスメイトしかいない空間で、ゆっくりとした時間が流れる。
その時、島全体に警報が響いた。
――堕天使が、来る!
オージャンはその人に合わせてコミュニケーションを取っています。一元的な言動では距離を縮めることが難しいと分かっているのでしょう。
目標や目的に対しては厳しく不動な方が上司として信用できますが、対人に関しては柔軟な方が好感が持てると私は思います。
さて、ついに次回から堕天使がやってきます! ただオージャン達は裏方なので戦闘はない、のかな?
それではまた次回。




