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メレダイヤモンド  作者: 鈴の宮みつき
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草島悠也の懊悩

リクエストありがとうございます。お待たせしました!

神村紗智子の幼馴染み、草島悠也のお話。

『策謀』前後の話で一人称、です。

 そもそも、神村紗智子は救いようの無い莫迦だ。

 どう考えたって、紗智子の望みなんか叶うはずは無い。

 だってそうだろ? あの能上京介のがみきょうすけが紗智子にさらさら興味がないことなんて、赤ん坊にだって分かる。

 眼中にすら入ってないってのに、どうしてこうも下らないはかりごとばかりを思いつくのか、理解できない。


 曰く、ハンカチ落とし作戦。

 曰く、定期落とし作戦。

 曰く、ラブレター作戦。

 曰く、同じ本を読む作戦。


 アホかっての。


 ハンカチは踏みつけられ、パスモケースは蹴飛ばされ、ラブレターは読まずにゴミ箱、同じ本は華麗にスルー。

 当たり前だ。視野に入っていないんだから。


 ヤツの脳裏に占めるのは、勉強のことと彼女のこと──いや勉強すら、彼女との将来のためなのかもしれない。紗智子の付け入る隙すらない溺愛っぷりだというのに。


 ヤツと同じ、映画研究サークルに入ってはみたものの、ライバルがあまりにも多くて埋もれてしまい、飲み会で近くに寄ることすら出来なくて。

 紗智子を野放しにしておくと面倒なことになりそうだからと俺も参加したものの、全く興味が沸かず早くも幽霊化していたりする。


 しかし面倒なことに、紗智子はモテる。

 キャンパスの黒薔薇姫と密かに呼ばれる可憐な美貌。

 高嶺の花と、遠巻きに見つめる輩がほとんどだったが、たまに勇者が現れる。

 そいつがアプローチを始める前にこっそり叩きのめすのが、俺の密かな仕事だったりする。

 大抵が俺が紗智子の傍でずっと一緒にいるために、どういう関係かと訊いて来るから「付き合ってる」と答えれば諦める。

 ごくごくたまにそれでも納得できないヤツには俺のセフレを派遣する。

 デート1日と引き換えに誘惑してくれと頼めば、大抵の女が引き受ける。


 そういう数あるセフレとの逢い引き中に紗智子が出くわすなんて、思いもしなかった。

 甘くて軽い無意味な戯れの後、近くのラブホにしけこもうとイチャイチャしてたら、がたんと大きな音がして──紗智子が真っ赤になって固まっていた。


 甘い声を上げて胸を触られていた女は悲鳴を上げて消え去って、残されたのは気まずい俺と──紗智子。


「ゆう……?」


 紗智子が口にしたのは、懐かしい呼び名。

 紗智子が俺のことを「ゆう」と呼ぶのは何年ぶりだろう?


「覗き見の趣味がある訳?」

「そんな……」


 照れ隠しにわざと不機嫌そうに瞳を細めて唇を尖らせた。

 ちょっとたどたどしいその呼び方を、俺はずっと気に入っていた。

 紗智子にだけ呼ばせる呼び方。他のどんな女が呼ぼうとしても決して許さなかった。

 そんな俺の気持ちを悟られたくなくて、わざと突き放すように言う。


「何してんの? こんなとこで」

「ゆうを探しに……」

「俺?」


 紗智子はこくりと頷く。


「何、まだ喧嘩が足りないの?」

「ちが……」


 大きな瞳が不安げに揺れる。

 そんな姿が俺の苛立ちを煽った。


「わ、私……ゆうに謝ろうと」

「サチが俺に謝るだって?」


 わざとせせら笑った。

 段々攻撃的な気分が強くなり、俺の言動にいちいち不安そうに顔を歪める紗智子を見るのは気分が良かった。

 いつも俺を翻弄する紗智子が、俺の一挙手一投足に揺れている。他でもない“俺”が、紗智子を揺らしている。

 ほの暗いサディスティックな歓びが沸いてきて、にんまり微笑む。


「それに、なんかゆうに危害を加えるっていう人がいて」

「俺に?」


 紗智子が自分の知らない誰か──たぶん男だ──と接触を持ったことが気に食わない。

 しかもそれがどういうヤツなのか、見当もつかない。


「誰?」

「知らない……私が泣いてたら勝手にゆうのせいだって勘違いして、報復するって」

「……泣いてたの?」


 独占欲がちりりと身を焼く。

 紗智子の泣き顔を見た男がいる──自分ではない誰かが紗智子を泣かせた。

 その事実にどうしようもなく苛立つ。


「私のせいなの。違うって何度も言ったのに、ゆうのせいで泣いてる訳じゃないって言っても全然聞いてくれなくて」

「サチ、泣いてたの?」


 ──誰だ、そいつ?


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 紗智子のつぶらな瞳にみるみる泪が盛り上がったかと思うと、ぼろぼろと泣き始めた。


「ゆうに嫌われたって気付いたの! ゆうのこと疑うようなこと言ったから!」


 ──え?

 紗智子の言葉に耳を疑い、だがその言葉の意味が理解できた瞬間、躯が先に動いていた。

 紗智子の華奢な体躯を抱き締めていた。

 腕の中にすっぽり収まる小さな躯。

 愛しい──誰よりも大事で、大切な女。


「サチ、泣くな」


 身を切るような切なさに、普段慎重に隠してきた自分が顔を出す。

 注意深く、突き放すようにして距離を置いてきたというのに──紗智子はやっぱり莫迦だ。


「ゆ、う……?」


 まるで童女のような頼りなさで、紗智子が俺を呼ぶ。

 ああ、もう。莫迦。莫迦。救いようの無い莫迦。

 なんでそんな声で俺を呼ぶの?


 しかもこの柔らかな抱き心地。もう、片時も離したくない。

 所詮セフレは代用品。叶わぬどうしようもない俺の想いを、一時いっときだけまやかしで誤摩化すだけのもの。

 やっぱごめん。紗智子、好きだ。好きだ。どうしようもないぐらい好きだ。

 お前がどんなに能上が好きだったとしても構わない。

 もう、我慢できそうも無い。

 そう、俺が覚悟を決めたとき、俺の腕の中から耳を疑うような言葉が響いた。


「ごめん……もういいよ」


 紗智子は身じろぎして、俺の腕から抜け出した。


「ごめん、甘えちゃダメだよね。今までもごめん。彼女がいるなんて知らなかったから」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の思考回路が停止した。


「ちが……」


 頼りなく呟くことしか出来ない俺。


「今まで本当にごめんね。いつも甘えてばかりで迷惑かけて来た。迷惑だって知っていたけど甘えてた。彼女に悪かったね、いつも勝手に呼び出したりして」


 まだ、キラキラと輝く涙を浮かべたまま、紗智子は無理矢理笑顔を形作る。


「もう、連絡しない。甘えない。彼女を大事にね」


 違う、違う!

 あの女とはそういう関係じゃない。ただのセフレ。身体だけの都合の良い関係。

 でも、そんなこと、この紗智子に言えるか?

 こんな状態でも尚、嫌われたくないと計算が働く。

 どこまでも純粋で、真っ直ぐで、美しいサチは、俺の薄汚れた心と身体を知ったらどう思うかなんて火を見るよりも明らかだ。

 そんな戸惑いと逡巡を打ち砕くメガトン級の爆弾を紗智子はぶちかました。


「ゆうのこと好きだったみたい。ごめん!」


 叫ぶように言った瞬間、踵を返して逃走する。


「はあ?」


 お前、ふざけんな!

 そんな言い逃げ誰が許すか。

 お前、よりにもよって、俺が好きだと?


 俺が、好き?


  ──好き?


   ──す……


    ──……


「はああああ???」


 フリーズしていた思考回路が再起動したのは、数分後。

 気づいた時には、紗智子の姿はどこにもなかった。

 慌てて携帯に電話するものの……


「──出ねえ!」


 俺ははだけた服のまま追いかけようとして、ベルトも外れたままだと気づいて慌てて締めて。

 机の上のデイパックを引っ掴んで校舎を飛び出した。

 紗智子の思考方法を考えて──自宅へ帰ったに決まってる。

 しかも、あの俊足を計算に加えると──やべえ、もう電車に乗ってるよ!


 携帯を鬼のようにリダイヤルを続けながら、キャンパスを駆ける。

 普段の足萎えをこの時程呪ったことは無い。


 途中、例の女と出くわした。


「ユーヤぁ〜〜! さっきの続きは? ラブホ行かないの?」


 その甘ったるい声に殺意が沸いた。


「お前、もう連絡してくんな!」

「はあ?」

「お前とのセフレは解消。もう二度と顔出すな!」

「はああ?」

「好きな女が勘違いしたんだよ。もう、他の女とヤルのは止めた!」


 どうせ、他大学の女。

 夜遊びしていたクラブで知り合った尻軽女で、俺の他にも男がいる。

 着信拒否にしておけば、いずれ連絡してくることも無くなるだろう。

 他の女たちとも関係を切らねば──メールでいいか。


 最低な男だと自分でも思う。

 だが、どうせ同じ穴の狢。最低な俺のセフレなのだからと、最低な女しか選ばなかった。

 夜遊びがてら素顔を晒して出歩けば、寄って来る女には事欠かなかった。

 大抵は一夜限り。その中でも軽くて都合のいい、最低尻軽女を複数キープしてセフレとなった。

 最低な女たちは、暇つぶしになるならと他の男を誘惑する依頼も気軽に引き受けてくれたし、想いがあふれそうになって泣きたくなる夜の代用品にもなってくれた。


 そんな爛れた関係も今日を限りに終了だ。

 サチ──俺のたった一人の女。


 年少で入った幼稚園で一緒になったサチを見て、俺は一目で夢中になった。

 こんな可愛い女の子、見たことが無い!

 母親が大事にしている天使の置物そっくりで、そのくりくりとした大きな瞳に自分の姿が映ると嬉しくて仕方が無かった。

 その日のうちにプロポーズ。顔を真っ赤にして「いいよ」と答えてくれたサチに、俺はちゅっとキスをした。

 それが俺のファーストキス。


 この約束、俺は今でも覚えているというのに、サチは完全に忘れてやがる。

 その後、なんだかんだと背後霊のように側を離れず、ストーカーのように同じ高校、同じ大学へと進み。(サチは偶然だと思っているが、そんな訳無いだろ? 調べ上げて同じとこに決めたんだ)

 ずっと友人の顔して隣にいて、避けども避けども沸いて来るムシどもを、姑息な手段で排除し続け16年。

 サチ、お前首を洗って待ってろよ?

 もう、お前が嫌だと言っても逃がさない。

 お前は俺のものだ。もう絶対に離さない。


 電車の待ち時間にセフレたちに一斉掃討メール。

 ついでに全員、着信拒否。

 そう言えば、と上げたままだった前髪を慌てて下ろして顔を隠す。


 その後鬼のようにサチへメール。

 何とも情けない──と分かっちゃいるが、そんなん知るか!


 もう、背に腹は代えられない。どんなに情けなくたって、どんなにストーカーじみてたって、紗智子だけは譲れない。

 3歳で出会って16年越しだ。いい加減、収穫時期だろ。

 両想いだなんて思いもしなかったんだから。


 案の定、電話に出ないわ、メールの返事も無いわ。

 アイツ、またマナーモードのままかよ?


 駅から息絶え絶えになりながらも走り続け、懐かしの神村家──小学校以来か?

 鬼のようにインターホンを鳴らし続けると、ようやくインターホン越しに末期患者のような声がした。


「──ドナ゛ダデズガ……」


 オイ……この、割れ鐘のような声、もしかして紗智子か?


「ここを開けろ」


 優しく言うつもりだったのに、何故か不機嫌な声が出る。


「ゆう!」

「サチ、ここを開けろ」

「やだっ!」

「いいから開けろ」

「帰って……」

「開けろ」

「やだってば。もう、話は済んだでしょ?」

「ふざけんな!」

「ふ、ふざけてない……」

「俺の話は終わってない。いいから開けろ」

「終わってるもん。だってゆうには彼女がいるし、この目で見たし。勘違いのしようも無い」

「それが間違いだっての。いいから開けろ」

「無理!」

「無理って何だよ」

「こんな顔、見せられない!」

「はああ?」

「泣きすぎちゃって、顔が腫れてる。浮腫んでる。化粧だって落ちてるし、マスカラだって溶けちゃってる」

「ウォータープルーフ使えよ!」

「だって泣くなんて思ってなかったから」

「どんな顔でも構わねえ。とにかく開けろ」

「無理だってば。もう、傷に塩塗る気?」

「……わかれよ!」

「えええ? 友達としてもお別れなの?」

「何言ってんだよ?」


 押し問答を続けること十分以上。

 近所迷惑を理由にようやく開けさせた俺は、やっぱり止めたとドアを閉めかかるサチに、足を突っ込むことで遮って、力づくで開けて押し入った。

 紗智子は実家住まい。閑静な住宅地の一戸建て。

 今日は家族は留守で、紗智子だけらしい──何とも好都合。


 玄関に鍵をかけ、強引に紗智子の手を引っ張って歩き始める。


「部屋は二階だよな?」


 頷く紗智子の顔を見て、そんなに腫れて無いじゃないか、それにしてもやっぱり可愛いなと心の中で呟いて、前髪で顔が隠れることをいいことに赤面する。


 そもそも、この前髪を始めたのには訳がある。もちろん、それには紗智子が関わっている。

 思春期を迎え、色気づいた俺は紗智子を見る度に顔が赤くなり心臓がドキドキし、挙動不審になる自分を抑えきれなくなっていた。

 ついでに、周りの女たちの反応がうざったかった。

 最初ダテ眼鏡で顔を隠していたのだが、あまり効果がなく、結局髪を伸ばして顔を隠すことにした。

 ついでに、わざと猫背にして、私服は自分でも悪趣味ダサイと思えるものをチョイスした。

 紗智子とまだ距離を縮める気はなかったから、これでよかった。

 そのうち、好奇心と性欲から夜遊び→女遊びを始めたが、この前髪が普段の自分のカモフラージュになってまたちょうど良かったのだ。(セフレたちも、前髪ver.の俺には気づいていなかったし)


 二階の奥が、紗智子の部屋だった。

 昔小学生の頃、グループで行った自由研究でお邪魔した時以来だ。

 ぬいぐるみで一杯だったピンクの部屋は、大学生らしく落ち着いたものになっていた。

 でも不細工な巨大猫のぬいぐるみだけは未だ鎮座していたがな!


「コイツ、まだ持っていたんだ」


 それは──小さなクマのぬいぐるみ。

 グループで行ったクリスマス会でのプレゼント交換で、俺が用意したものが紗智子に当たった。

 ──当然、俺がそう仕向けた。


 その時に俺が選んだのが、コイツ。


「ん……初めてゆうに貰ったものだから」


 あーもう。なんでそんな、可愛いこと言うのかな。

 また顔がかっかと火照って来る。

 マジ押し倒して、抱き潰してしまいたい。


 おあつらえ向きに、ベッドもあるし。

 ──いかん、いかん。

 まずは誤解を解かなくては。


「まず、だ」

「はいっ」


 紗智子に勧められたクッションに座り、おれはごくりと息を呑んだ。

 つーか。喉乾いた。汗も拭いても拭いても噴き出して来るし。


「頼む、水、くれ」


 俺の情けない声に、紗智子は見事にずっこける。

 オマエ、今時そのリアクションはないだろ?



サブタイトル変更しました。(7/12)

アップした後に目次を見ると見辛かったのと、沙智子の方と統一感を持たせるためです。


トップページにも書きましたが、続きは7/20 5:00〜ムーンライトノベルズにて連載することになりました。

今後の展開でRは避けられないことと、どうせ書くならR15ではなくR18にしたいこと。

また短編連作という形にしたため、他のお話も混ぜながらたまにこのお話もと考えていたんですが、予想外に筆がノッてしまってこのお話ばかりの更新になってしまいそうなので。

だったら、独立させよう→ならばR18で、ということでお引っ越しとなりました。

ムーンライトノベルズにて、作者名で検索をかけていただけたらと思います。今まで、こちらのお話をお楽しみいただきましてありがとうございました。


18歳以上の皆様、よろしければ今後ともよろしくお願い致します。

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