さようなら。私の平穏な日常。(ルファ)
なんとか、勝てた。
スーテラさんはおろか、ジェスまで役立たず陣営だったなんて。
本当に苦しい試合だった。想定と全然違って何度か負けかけたし。
その上、スーテラさんが私の囁きに乗ってくれるかも怪しかった。
勝てたのは運が良かっただけ。一歩間違えれば私は今頃奴隷になっていただろう。
でも、奥の手の蘇生魔法が機能して本当によかった。もしかしたら使えなかったかもしれないしね。そこはちゃんと再現してくれたゲームシステムに助けられたといったところだろう。
今回の戦いを振り返っていると、やがて意識が現実に戻ってくる。
最初に聞こえてきたのは、ジェスの醜い喚き声だった。
「ワシの作戦は何も間違ってなかったはずだ! 何故負けるのだ!」
「私達をあなどっていたからじゃないですか?」
私が煽ってやると、ジェスはもっともらしい事を言った。
「そもそも再投票がおかしいではないか! イカサマはなしだと宣ったのは貴様だろう、スーテラ! どうせ負けるからと、要求が緩そうな方に利敵するのはイカサマじゃないのか?!」
「……手が滑っただけよ」
「スーテラさんが反則負けになっても、私の勝ちは変わらないですよ。それよりも、先にルールをやぶったのは貴方でしょう? メアを誘拐して傷つけた事、許していませんから」
「……なんのことだ? ワシが関わっているというなら、証拠を出せ」
あくまでシラを切るんだ。それならこちらにも考えがある。
「それでは私からあなたへのお願いは、ゲームで使った正直者の首輪を嵌めて、メアの誘拐事件には関与してないと言って貰うことにします。本当に関係ないなら簡単ですよね?」
ジェスの反応は、とても顕著だった。
「ワシに死ねと言うのか!?」
「関わっていないんでしょう? なら、これほど簡単なお願いもないじゃないですか。借金も無効にならないし、あなたには得しかありませんよ? 本当に関与してないなら、ですけどね」
私のお願いに、ジェスは震えながら泣き言をいった。
「頼む……それだけは許してくれ……ワシが指示した。だから首輪をつけて嘘をつくのだけは勘弁してくれ!」
「関係ないですよ。私のお願いはこれです。やってください」
「死にたくない……こんなことで死ぬなんて嫌じゃ……」
私がジェスに詰め寄っていると、スーテラさんが止めに入ってきた。
「そこまで。メアも見ているのよ。子ども達に顔向けできなくなるような事はやめなさいな」
「メアが死にかけ、いいえ、私が蘇生魔法を使えなかったから死んでいたんですよ? 許せる訳ないじゃないですか。それこそ死をもって償って貰わないと」
激昂している私の背中に、柔らかな感触。
観戦席にいたはずのメアが、いつのまにか私に抱きついていた。
「ルファ姉のおかげで生きてるよ。だから落ち着いて。ルファ姉が人殺しになるなんて嫌だよ」
メアが止めてくれたおかげで少し頭が冷えた。
頭に血が上っていたけど、流石に殺すのはやりすぎかもしれない。
そんなことしたら、子供達に合わせる顔がなくなる。
「……わかりました。首輪をつけたまま罪の自白をするのは取り消しましょう。お願いを一つ撤回するのですから、当然借金については不問にしてくれますよね?」
「わかった、わかったからその首輪を近づけるな!」
何を勘違いしているんだろう。この首輪をつけてもらうのは決定事項だ。
「いいえ。この首輪をつけてもらうお願いは撤回いたしません。あなたにはこれを一生装着したままで居てもらいます。魔力もたっぷり使って、効果は永続にしてあげますから。これからあなたは、嘘をつけない商人として生きていくんですよ」
「なんだと? 横暴だ! それでは何も変わらないではないか!」
「別に、首輪をつけて嘘になるようなことを言えとは言ってないじゃないですか。これから嘘をつかずに生きていけばいいのです。一億ふっかけようとした罰としては相応でしょう?」
「ぐっ……分かった。つければいいのだろう」
ジェスはやけに素直に首輪をつけた。どうせ後で外せばいいと思っているのだろう。
あるいは、すぐに効果が切れると思っているのかもしれない。
でも、私は一生と言ったのだ。私はジェスの首輪に触り、魔法をかけてやった。
「ちなみに、外そうとしても首が絞まりますので、気をつけてくださいね?」
「なっ……謀ったなぁ!?」
「一生って言いましたから。それでは、これからは嘘をつかないように気を付けてくださいね」
これで下手な事はできなくなるだろう。
私が晴れ晴れとした気持ちでいると、スーテラさんがなんとも言えない顔で話しかけてきた。
「あなた、随分酷いことを考えるのね」
「下手に財産を奪っても復讐されると思ったんです。これなら恨まれはすれど、悪さはできないでしょう」
「あなたがいいならいいけどね。それにしても、やられたわ。まさか蘇生魔法だなんてね」
「何呑気に感想戦なんてしてるんですか? あなたも敗者なんですよ。ですから、私のお願いを聞かなければいけないんです」
「……まさか、私にもあの首輪を付けろなんて言わないわよね?」
「それこそまさか。私になんの得があるんですか。そうですね。あなたには――」
孤児院に戻ってきた私達は、子ども達に出迎えられた。
「おかえり! 帰ってきたって事は勝ったんだね!」
「よかった! お姉ちゃんが売られなくて!」
「本当に心配したんだから!」
「悪い奴が来ても俺がやっつけてやったもんね」
「あんたじゃ無理よ」
「なんだと!」
子ども達が口々に思いの丈を発露する。
あれ? メアは子ども達に教えてないんじゃ?
私がメアの方を見ると、目を丸くして勢いよく首を振った。
メアでもないんだ。スーテラさんが言うわけ無いだろうし。じゃあ誰が……?
私は頬をひきつらせながら、子ども達に聞いた。
「それ、誰から聞いたの?」
子ども達は、あっけらかんと答える。
「姉ちゃんがメアつれて行った時に話していたのを盗み聞きした」
私はそんな子に育てた覚えはないんだけど。
さてはスーテラさん、何か余計な事を教えたな?
スーテラさんの方を見ると、目を逸らされた。
そういえばこの人スカウトだよね。盗聴されていたのに気がついてないはずがない。
「副院長さん、何か言いたい事はありますか?」
「私はしーらない」
私の問い詰めに過敏に反応したのは子ども達だった。
「スーちゃん副院長になるの!?」
「えぇ、そうよ。今日からよろしくね」
「やったー!」
良かった。子ども達も喜んでくれている。無事に片付いたし、今回は不問でいいか。
私がスーテラさんにお願いしたのは、副院長になること。
様々な事情を抱えているのは察するけど、彼女が離れたら子ども達が悲しむと思ったのだ。
多少の厄介ごとなら受けて立つ。
子ども達の笑顔のためならそれくらい訳ない。
――と、思っていた五分前の私を殴りたい。
「実は私の本職、諜報員なのよ。私が勝ったら、あなたを僕にしてこの辺り一帯を任せるつもりだった。でも、結果は大して変わらないわよね? 私がここを根城にするんだから」
なんて?
部屋に戻って休憩していた私に、話したい事があるとやってきたスーテラさん。
やけに入念に人払いをするなぁと思ったら、とんでもない爆弾をぶちこまれた。
だからジェスの事も詳しく知っていたのか。
ジェスの事業をぶん取ることが国の命令だったなら、私が邪魔したことになる。
大丈夫かな。責任追求とかされないよね?
それにしても……。
「そういうことは早く言ってくださいよ!」
多少の厄介ごとは受けてたつって言ったけど、これは想定外!
私は早速、自分の言葉を撤回したくなった。
「ちゃんと私のこと守ってくださいね、院長さん?」
こう言う時だけ都合がいいんだから!
「あなたなんて追放ですよ! 追放!」
「今更できる訳ないじゃない。追放遊戯のやりすぎで頭がおかしくなったの?」
さようなら、私の平穏な日常。
よろしく、騒がしい毎日。
――了




