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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十章 奪還反攻編

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第百五十一話 再配置

第151話 再配置



【異世界・転移した学園/正門前・夜】


雨は少しだけ細くなっていた。

それでも、正門の石畳は濡れ、街灯代わりに置かれた術灯の光を鈍く返している。


ハレル、サキ、リオの三人は、正門の外へ出る前に一度だけ振り返った。


校舎の窓に、いくつか灯りが残っている。

体育館の方は、他よりも明るい。

あそこに先生たちがいて、生徒たちがいて、ダミエがいる。


見送りに出てきた教頭は、濡れた傘も差さずに立っていた。

「行ってこい」

短い言葉。

だが、その中に“必ず戻れ”まで入っていた。


ハレルは深く頷く。

サキも小さく頭を下げる。

リオは何も言わず、ただ一度だけ視線を返した。


その時、ノノの声がイヤーカフ越しに入った。


『学園、まだ保ってる』

『ダミエが結界を二層固定。補助術師二人、南側と北側の継ぎ目維持』

『レアはまだ箱の中。暴れてはいるけど、今は抜けられない』


ハレルは主鍵を軽く握る。

その熱は、さっきより落ち着いている。

でも消えてはいない。


「分かった」

低く答えて、三人は正門を出た。




【異世界・転移した学園/体育館・同時刻】


ダミエは、結界の前から動かなかった。


レアを包む箱型の結界は、今や四重になっている。

外側二層が受け、内側二層が閉じ込める。

その継ぎ目へ、補助の結界術師が細い線を重ね続けていた。


結界の中で、レアが壁に額を押しつけたまま笑う。


「行ったね」

「いいよ、それで」

「分けた方が、壊れる時は綺麗だから」


ダミエは表情を変えない。

ただ、右手の指先をわずかに動かす。


「〈縫界・第二級〉――『裂け目を縫え』」


レアの右目側からにじみ出た影が、結界の継ぎ目を探る。

その前に、透明な糸のような結界線が差し込まれ、影を押し返した。


補助術師の一人が、小さく息を吐く。

「……本当に、この人、ずっと中でやってるんですね」


ダミエが短く返す。

「……止まってない」

「だから、こっちも止まらない」


体育館の奥では、先生たちがまだ点呼を続けている。

生徒たちの名前。

返事。

人の声が続く限り、この場所はまだ完全には壊れない。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した駅周辺/駅前通り・夜】


アデルとヴェルニは、駅を背にして王都中央へ向かっていた。


後方では、ホームの照明がまだ白く滲んでいる。

残した兵士たちと術師、駅員たちが、明るい場所を守っている証拠だった。


ヴェルニは歩きながら、濡れた前髪をかき上げる。

「駅を置いてくるの、やっぱ気持ちは悪いな」


「置いてきたんじゃない」

アデルが即座に言う。

「持ちこたえられる形にして、次へ進んだだけだ」


「言い方」

ヴェルニは笑う。

だが、それで少しだけ息が整った。


雨に濡れた王都の通りは、ところどころで術灯が揺れていた。

イデール班が流した光。

街を完全な暗闇へ落とさないための線だ。


アデルはそれを横目で見て、小さく言う。

「イデール先輩が持たせてくれてる。

ノノも回線を維持してる。

だから、こっちが行ける」


ヴェルニはその言葉に、今度は軽口を返さなかった。

代わりに前を見て言う。

「なら、さっさと合流しようぜ」


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/西区〜中央区境界・夜】


ハレルたちは、イルダへ入るころにはかなり濡れていた。


学園から王都へ続く道は、まだ完全には安全ではない。

路地の奥に猫影。

建物の影に人型の気配。

だが、光の通っている道を選べば、以前より明らかに通りやすかった。


サキはスマホを見ながら先導する。

「この通り、まだ大丈夫」

「北側に寄ると赤い点が増える」


リオはその少し前を歩き、時々、闇の深い方へ視線を送る。

今は大きな戦闘になっていない。

だが、いつでも術を撃てるよう、呼吸だけは整えていた。


ハレルは、イルダの街そのものを見ていた。


店の軒先。

閉じた扉。

術灯に照らされた石畳。

逃げるだけの街ではなく、持ちこたえようとしている街になっている。

以前の、ただ逃げるしかなかった空気とは少し違った。


「……街が、まだ街のままだ」

ハレルが小さく言う。


サキが振り向く。

「イデールさんたちが守ってるからだよ」


その時、遠くの通りから柔らかい声がした。

「こっちよお、暗い方に行かないでねえ」


光の筋の向こうに、長身の女が立っていた。


大きな三つ編みを後ろにまとめた茶髪。

雨に濡れていても崩れない穏やかな笑み。

治療班の術師たちを背後に従え、通りそのものへ白い光を流している。


ハレルは、その姿を見てすぐに分かった。

――この人が、アデルの先輩の治療術師。


名前だけは聞いていた。

王都全体の癒やし系。

のんびりして見えるのに、治療班の隊長。

イデール=エピ。


「……イデールさん」

サキが小さく呟く。

初めて会う相手を見る時の、少し緊張した声だった。


イデールは三人を見て、少しだけ目を細めた。

「あなたたちが、学園から来た子たちねえ」


リオにはすでに見覚えがあるらしく、短く頷く。

「久しぶりです」

その言い方で、ハレルとサキは少しだけ肩の力が抜けた。


イデールも頷く。

「無事に出てきたのねえ」

それからハレルとサキへ目を向ける。

「話は聞いてるわあ。ここから中央へ行くんでしょう?」


「はい」

ハレルが答える。

「アデルさんたちと合流して、そのまま塔へ」


「ええ、分かってる」

イデールはやわらかく頷く。

「アデルたちもこっちへ寄せてる。

合流したら、そのまま塔の方へ」


その時、治療班の後方で、縛られた黒眼の兵士を見張っていた兵士が低く叫んだ。

「動いた!」


全員の視線がそちらへ向く。


縛られた兵士の口元が、またわずかに歪んでいた。

首元の影が濃くなり、青白い数列が鎧の継ぎ目を一瞬だけ走る。


サロゲートの片鱗。

まだ完全には死んでいない。


イデールの表情は崩れない。

「光、強めてえ」


治療班の術師がすぐに詠唱する。

「〈光癒・第二級〉――『灯れ』!」


白い光が兵士の胸と喉元を包み、黒い揺れを押し戻した。

完全には消えない。

だが、今は沈む。


リオが低く言った。

「……まだ残ってるのか」


イデールは頷く。

「だから街はまだ終わってない」

それから少しだけ笑う。

「でも、あなたたちはそっちを見て」


その言葉に押されるように、三人はまた中央区へ向かった。




【異世界・王都イルダ/中央広場手前・夜】


中央広場へ近づくにつれて、オルタ・スパイアがはっきり見えてきた。


塔は高い。

夜と雨の中でも、その輪郭だけは王都の上に真っ直ぐ立っている。

細い。

だが圧がある。

住民たちが「王都を守る塔」と呼ぶのも分かる。


上層の高窓。

外壁に沿う螺旋階段の影。

古い石の継ぎ目。

塔の裾野に広がる管理棟と小さな回廊。

中は見えない。

だが、ただの建物ではない空気が、ここまで来る。


「……あれが、底まで繋がってるのか」

ハレルが呟く。


「向こうのタワーと」

サキが言う。


「たぶんな」

リオが短く返す。


その時、広場の向こうからアデルとヴェルニが現れた。


雨に濡れた白い外套。

焦げたままの外套。

二人とも、長く歩いてきた顔ではなく、これから戦いに入る顔をしている。


ヴェルニが三人を見るなり、口元を上げた。

「遅かったな」


「そっちもな」

リオが返す。


短いやり取り。

だが、それで十分だった。


アデルはまずサキのスマホを見る。

「回線は」


「まだ安定してる」

サキが画面を見せる。

《LINK / STABLE》

の表示は消えていない。


アデルは頷いた。

「なら、ここからが本番だ」




【異世界・王都イルダ/中央広場・夜】


中央広場の一角には、ノノ班が臨時の分析拠点を作っていた。


携行端末。

簡易術灯。

地図。

王都の簡略図と、現実側から送られてきたオルタリンクタワーの断面図。

その両方が、布の上に並べられている。


ノノは、三人とアデル、ヴェルニが揃ったのを確認すると、すぐ本題へ入った。


『時間がないから短く言う』

『現実側は今、タワー外周の流れを測りながら、

 南東のサービス導線から入る準備をしてる』

『こっちは塔の正面からは入らない方がいい』


ヴェルニが眉を上げる。

「なんでだよ。分かりやすいじゃねえか」


ノノが即答する。

『分かりやすいから』

『正面は王都の“守りの顔”そのもの。

見張りも、結界の癖も、一番強い』


ダミエがいない今、結界の細部を読む役はノノの分析しかない。

その声は速いが、精度は高い。


『入るなら西側の管理回廊。

上層の観測室に繋がる補助導線がある』

『そこから中層の記録保管庫、結界制御室を抜けて下へ行く』

『最深部は螺旋階段じゃなく、古い昇降環の方が近い』


アデルがすぐ理解する。

「つまり、塔の“表の顔”を使って入る」


『そう』

ノノが返す。

『向こうが会社の顔を使うなら、こっちは守りの塔の顔を使う』


ハレルはその地図を見ながら、主鍵を握る。

向こうはオフィスや商業フロアの顔。

こちらは観測塔と結界の顔。

上の顔は違っても、下の中枢は同じ。


サキがふと聞いた。

「レアの言ってた“もっと混ざったもの”って、やっぱり塔の下のことかな」


誰もすぐには答えない。

ノノの通信越しに、雨の音だけが一拍入る。


アデルが低く言った。

「行けば分かる」

「だから、見た目に引っ張られるな」


ヴェルニはその横で、もう塔だけを見ていた。

「見た目がどうでも、下に厄介なのがいるなら、それでいい」


「そういう問題じゃない」

アデルが即座に返す。


だが、ハレルはそのやり取りを聞きながら、

自分の中で何かが揃っていくのを感じていた。


向こうは、オルタリンクタワー。

こちらは、オルタ・スパイア。

どちらも“顔”を持った建物。

どちらも、最深部へ降りなければ意味がない。


ノノが最後に言う。

『再配置は終わった』

『ここからは進むだけ』


その一言で、全員が黙る。


残る者は残った。

行く者は揃った。

回線も、生きている。

あとは進むしかない。


◆ ◆ ◆


【現実世界・オルタリンクタワー南東サービス導線前・夜】


城ヶ峰たちも、動いていた。


タワー南東の搬入口は、表の華やかな入口とは違う。

照明は少なく、車両搬入と設備搬送のための実用一点張りの通路。

だが、その床にもやはり、

木崎のカメラ越しに見えたのと同じ青白い線が細く走っていた。


「ここまで仕込んでるか」

城ヶ峰が低く言う。


日下部はノートパソコンを抱えたまま、足元の線と画面を見比べる。

佐伯と村瀬も、その後ろで息を潜めている。


「南東が一番薄い」

日下部が言う。

「でもゼロじゃない。

入るなら、ここで一度だけ流れを鈍らせる必要がある」


木崎の声がイヤホン越しに入る。

『外周の一般客導線は今のところ保たれてる。

正面はまだ普通のビルの顔をしてる』

『だからこそ、こっちで入るしかない』


城ヶ峰は短く頷く。

「始めるぞ」


その一言に、全員が位置を変えた。


異世界側も、現実側も。

配置は終わった。

次は、境界の底へ向かうだけだった。


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