人間の街にて。
「ひとがたくさんいるな」
「はい。お屋敷では蜘蛛さんたちに囲まれていたので久々です」
本当に、な。久々に人間がたくさんごった返している街に出れば、さすがに奇妙な感じも覚える。まぁそんな人波に紛れている妖怪もいるが、アイツらは単に慣れているだけだ。
ヒト型を取っている蜘蛛ばかリだが、やはり同胞とは違うのだ。ふゆははこちら側に来て、俺の花嫁となったから、同胞のうちにはいるがな。
「はぐれないようにな」
「はい」
ふゆはがにこりと微笑みながら頷く。
「あの、どこのお店に行くのでしょうか」
「あぁ、おススメは蜘蛛女たちに聞いてきた。こちらだ」
「大きなお店ですね」
「うむ」
ショッピングモールなども良いそうだが、ヒトが多くて人酔いすると言われたからな。
「それにここはなかなか、掘り出し物もあるそうだ」
ゆららはかわいいボタンを見つけたと喜んでいたし、ユズリハ姉さんも珍しい色の糸を見つけたとか言っていた。
「楽しみです!」
ふゆははウキウキしながら笑顔を見せてくれる。あぁ、かわいいな、やっぱり。
そして一歩その中に入れば、そこは裁縫を嗜むものにとっては夢の園、と蜘蛛女たちは言っていた。確かに見事だな。布の種類も、糸もボタンも。そして裁縫道具も揃っているようだ。
「わぁ、凄い!」
「そうだな」
俺は裁縫についてはそこまではよく知らない。
自身の糸を織り込んでお守りのようなものを作るくらいだからな。
「どこを見たい?」
「はい、まずは、糸を!」
糸の売り場に向かえば、ユズリハ姉さんたちが言ったように色も様々だ。中には虹色に撚ったものまである。
「すごいな」
いつの間にこんなものまで発明していたのか。人間の技術は日々進化し、興味深い。
「きれい」
「それにするのか?」
「はい!白いけど、光の当たり加減で色が変化してます」
「ふぅん、確かにな」
水色を帯びるような不思議な色だ。
「しずれの色みたいで、きれいだから」
お、俺のか?
「そのように言われると、照れるな」
「あっ、えとっ」
急に頬を桃色に染めて戸惑うふゆはやはり見ていて飽きないな。そんなところも愛らしい。
こんな愛らしい様子を、妖怪は人間の花嫁が18になるまで独占できないとは難儀なものだ。しかし今は独占できる。ここまで長かったが、それでも長かった分、今の時間が愛おしいな。
「それにするのか?」
「はい。それと、こちらの糸も」
その他、色とりどりの糸を選んでいく。
俺の瞳の青い色も含まれており、少し微笑ましくなった。
「他には、布やボタンでも見るか?」
「はい!こちらにも、たくさんありますね」
ふゆははとても楽しそうで。追加で小布やボタンも買っていた。蛇からのお小遣いでな。
ここは俺が出せないのがちょっと悔しいが。
「さて、後は食事にでも寄って帰ろうか」
「食事、ですか?」
買い込んだ品を持ってやりながら、裁縫屋を後にする。
「何が食べたい?」
実家にいた頃は、蛇が変装してこっそりとファミレスやファーストフード店に行っていたと、蛇から聞いている。
あの小娘が羨ましがるものは食べられなかったからと聞いた。
だが、これからは何でも好きなものを食べられる。
「えっと、その」
「和食がいいか?それとも何か違う料理でも食べてみようか」
我が屋敷では和食中心だからな。たまにサンドイッチくらいは出るけれど。
「あの、えっと、パスタ、とか食べてみたいです」
「パスタ?」
「む、無理でしたら!」
「いや、構わない。行こうか」
「は、はい!」
では、イタリアンにでも行こうか。
「ランチをやっている店がある」
「詳しいの、ですか?」
「ん、まぁな」
予習はしたからな。ふっ。任せておけ。
おしゃれなイタリアンの店で、パスタを注文してふゆはと共に楽しむ時間はとても楽しいものだった。
「こういうお店、初めてで」
「だが、なかなか良いだろう?」
「しずれは、来たことがあるの?」
「ここは初めてだが、人間の店での食事もあるからな」
妖怪と付き合いのある人間との会食では、和食以外もある。時には洋食も。あとは海外の妖怪と会うときは、中華の時もあるし。
「そうなんだ」
「美味いか?」
「はい!とっても!」
「それは良かった」
ふゆはが喜んでくれるのならば、たまにはこうして人間の店に来てみるのもいいかもしれない。
「ここは俺が出す」
会計に行けば、ふゆはが蛇にもらった小遣いが入ったがま口財布を出す。
「だ、だけど」
「いや、奢らせてくれ。夫としての矜持もあるからな」
「それはっ、あの、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるふゆはもかわいらしいな。夫婦なのだから、遠慮せずともいいのに。
「いいんだ。かわいい花嫁のためだからな」
「かわい、って」
また頬が桃色に染まっている。
「本当にかわいいな」
会計を済ませ、店を出る際に頬に優しい口づけを贈る。
「へっ!?あっ、あのっ」
「ははは、我慢できなくなった」
「だ、だからって、お、お店でっ」
「では、外でやろうか」
「も、もっとダメですっ!」
ぷくっと頬を膨らませて、顔を赤くして告げるふゆは。
「ふふふっ」
「もう、笑わないでください!お姉さまたちに言いますから!」
「・・・それはマジでやめてくれ。悪かった」
姐さんたちにどんな説教をされるか。一応俺の方が偉い。偉いのだが・・・蜘蛛女の勢い、ナメたらダメだ。絶対。痛い目を見るからな。
「では、今度はふたりっきりの時にしようか」
「えっ」
戸惑うふゆはもかわいい。
「それなら、許してくれるか?」
「か、考えて、おきますっ!」
考えてはくれるのか。では、その気になってもらえるよう、ますます溺愛してやらねばな。
「最後に、何か買って行こうか」
「あの、みなさんへのお土産を買いたいです」
様々な店が立ち並ぶ大通りを歩きつつ、ふゆはは物珍しそうに見渡している。以前はこうしてショッピングなどもできなかったのだろうな。あの小娘はふゆはのモノを何でも羨ましがり、欲しがり、奪って行った。
「何が、いいでしょうか」
「そうだな。菓子なら大体喜ぶ」
「あの、アバウトすぎる気が」
「そうか?ではクッキーなどどうだ?」
ふと、ファンシーな感じの店を示せば、ふゆはもこくんと頷く。
「チョコレートの入っていないクッキーを選ばなくちゃですね」
「ははは、そうだな」
万が一酔ったらシャレにならない。特に姐さんたちは。
「フルーツ味があるようです。これがいいかもしれません」
「ふむ、イイと思うぞ」
ふゆはが選んだのなら、何でも喜びそうだが。
クッキーの詰め合わせを包んでもらい終わればーー
「さ、帰ろうか」
「はい。今日は楽しかったです」
こくんとふゆはが頷く。
「また、来れますか?」
「ふゆはが、望むのなら。だが、俺と共に同じ時を生きるのならば、この風景から置き去りになってゆく」
「えっ」
「そういう感じなのだ。人間と妖怪の寿命は違う。つい最近まで、当たり前にそこにあった風景が流れるように過ぎ去っていく」
「・・・」
「それは、妖怪にとっても妖怪と共に生きることを選んだ人間の花嫁にとっても、それは同じだ。周囲の人間たちは、自分よりもはるかに早く逝く。時代もどんどん進んで、自分が知らぬ世界になっていく。まるで、自分だけが違う時代に取り残されたかのように錯覚するそうだ」
「それは、桜菜さんや、イサザさんも?」
「そうだな」
「だけど、それはしずれも同じなんだよね」
「それはっ」
確かにな。取引をする人間たちはあれど、彼らは年老い、先に逝く。
俺たちもまた、まるで取り残されたような気分になる。けれども同胞がいて、共に生きてくれる花嫁がいるのなら、まだましだ。
だからこそ人間の社会で生きつつも、妖怪たちは同胞たちとつるんでいることが多い。
もちろんそれが全てではなくそこからはぐれて暮らす妖怪もいるがな。妖怪の社会から追放された妖怪もいる。そいつらは妖怪のコミュニティでは生きられず、人間の社会の端っこで、息を殺すように暮らす者もいる。
「私は、一緒に生きたいと思うのはっ」
「ふゆは?」
ふゆはが、その続きを口にしようとした時だった。
「―――えのっ、お前のせいでえええぇぇぇっっ!!!」
「ふゆはっ!」
直後にふゆはに迫りくる人影を捉えて叫んだ。
「し、しずれっ!?」
背後を振り返るふゆはと同時に、その視界を黒い影が覆う。
そしてふゆはに迫りくる人影を蹴り飛ばした。
「ん」
「ご苦労だった、たゆら」
「へ?たゆら、ちゃん?」
ふゆはがぽかんとして見上げたのは、長身の黒髪黒目の青年だった。感情の起伏の少ない彼は、だいたいがぼけーっとした表情だが、程よく筋肉質なその身体は、胴着の上からでも分かる。
「ん」
ふゆはの言葉を肯定するように、たゆらがこくんと頷く。
「おっき、い?」
「あぁ、こっちが本性でな。大体めんどうくさがってちび蜘蛛の姿になっている」
「へ??」
「ん?」
ぽかーんとしたままのふゆはに珍しくたゆらが眉をあげる。
たゆらの表情を動かすとは、さすがは我が花嫁だ。
「成人、してたのっ!?」
「ひとではないから、成人と言う考えはないのだが、子どもかおとなかで言えば、大人だな」
「私、抱っこしてっ!」
「歩くのをめんどうくさがるから、ちょうどいい」
「そういう、理由でっ!?」
「ん、ふゆはの抱っこは、いつも心地良い」
「ひあぁっ」
たゆらがふゆはの頭に手を乗せれば、ふゆはが顔を赤くする。いや、待て。何故俺以外がふゆはの顔を赤くさせてんだ。
たゆらに抗議の目を向ければ。
「ん」
もう片方の手で、俺まで頭をなでられた。いや、何故だ。
「ぼくを無視、するなぁっ!!」
突然割り込んできた声に、たゆらにぶっ飛ばされて倒れている人影に目を向ける。
「翼?」
その人物の名を、ふゆはが躊躇いがちに呼ぶのだが。
「お前なんかが、お前なんかがぼくの名前を呼ぶなァっ!!」
こんのガキ。ふゆはに名を呼んでもらって何つー言い草だ。蜘蛛女たちが知ったら怒り狂うぞ。
はぁ、せっかくのデートの帰りに、思いもよらぬ奴に出会ってしまった。