会合を終えて。
「まさかあれほどまでに無礼だとは思わなかった」
「知らせたでしょう」
「それ以上だった」
俺はふゆはとその腕に抱っこされているたゆら、朽葉、ホウセンカ姉さん、イサザさんと一緒にとある料亭の部屋にいた。
その場には鬼の長・漆と桜菜さんもいる。しれっとしている漆に対して、暴れて会合をぶっ潰したことに、桜菜さんが静かに溜息を吐いている。
このひとの狂愛は、どれだけ時を重ねても変わらない。むしろ、どんどんヤバくなってないか?
「むしろ元々こちらにすれば良かったのでは?」
料亭で、静かに会えば良かった。
「それならば、他の者とも会合やれと言われたから、あの会合を開くことになった」
「あぁ、そう」
この桜菜さん大好きで会合とかめちゃめんどくさがる長が、俺とは会いたいと言った隙に、他の鬼たちが推したのか。
暫く会合は取りやめになるだろうが、あの小娘を始めとした月守家を潰した後、折を見てまた開かれるのだろうな。
「それで、あの小娘とその一家は本気で私の花嫁に選ばれたと思っていたのか」
「そうだ」
俺の相槌にさすがに桜菜さんも困った表情を浮かべる。
「私は既婚者だ。そんなことくらい、妖怪と懇意にしている家の者なら常識として知っていると思っていたが」
更には桜菜さんを溺愛していることもな。
「当主は知っているだろうが、霊力がそこそこあるだけで選ばれた後妻と娘は理解できなかったようだな。むしろ、それゆえに昔追放された一族の末裔では?」
そうやって桜菜さんを貶めようとして潰された家は数知れない。
その中には霊力の継承が魅力的な家柄もあった。
「生き残っていたとはな」
「そうしぶといのも人間だろう?」
「まぁ、確かにな」
長がふぅっと息を吐く。
「例外として、とっとと対象の鬼の元へやってもいいが、それでは面白くないな」
コイツ、相当恨みに持ってるな。最近は桜菜さんへのバッシングは抑えられていると思っていたが、久々にあぁいうのが出たからな。
「一度、会わせてやってもいい。そして1年間の猶予をくれてやろう。しかしながら鬼の一族を貶し、我が花嫁を傷つけた報いは受けてもらう。鬼の元へ嫁ぐことは決定事項。拒否することは許さない。拒否するのならば、今までの支援金を全て払ってもらう」
まぁ、花嫁に来てもらうために、花嫁に対し支援したものだからな。それでも嫁に来たくないというのならば、その時はその時だが。
でも、長や桜菜さんに手を出したことで、それは拒否できないものになった。更に一度桜菜さんに敵意を向けたのだ。桜菜さんに何かあっては長が暴走して誰も止められなくなる。
だからこそ桜菜さんに手をだす不届きものは妖怪たちの暗黙のルールで徹底的に堕とされる。
今回のその底は・・・
「罰にするくらいだ。相当な鬼か?」
俺も詳細は知らないが。
「あぁ、相当だぞ。毎回気に入りはするが、みな人間の生涯を選ぶ。永遠を望むものはいない。だからいつでも、定期的に嫁を選ぶんだ、アレは」
「ふぅん」
妖怪は一途な者が多い。失恋して他の花嫁を見つける妖怪もいるが、それには時間が必要だ。花嫁を定期的に選ぶだなんてそんな酔狂な鬼は、ひとりしかしらない。
あの鬼に選ばれていたか。
「通りで支援金をたっぷり与え、俺に借りを作ってまでそうしたわけだ」
「あぁ、納得したか?」
「確かにな。それに俺はふゆはを無事に花嫁に迎えることができた。だから後は好きにしてくれて構わない」
「ならば、そうしよう」
にっこりと微笑み合う俺たちに、桜菜さんははぁ~っと息を吐き、ふゆははきょとんとしていた。
***
料亭を後にした俺たちは、屋敷に帰るために再び隠れ帯に入った。
「桜菜さんとは仲良くなれたか?」
「うん、とっても優しいひとだった」
「そうか。それは良かった」
「あの、しずれ」
「ん?」
「あの、ヒメはどうなったんでしょうか」
「生きてはいるだろう?嫁ぐ鬼に会わせるために」
「その鬼って、一体どういう?」
「ふゆはが会うことはない。だが、鬼の一族にとってはなくてはならない重鎮だ。きっとあの小娘もまっとうになるだろう」
そして自身の愚行を後悔できるといいものだな。後悔してももう遅いだろうが。
「それなら」
ふゆははそれでもあの小娘を案じているのか。まっとうになってくれるのなら、いいと。真実は言えないが、だがふゆはが心穏やかに暮らせるのならそれでいい。
「あと、あのっ」
「ん?」
「桜菜さんは、鬼の長さんと同じ時を生きることを選んだのは、自分がいなくなったら鬼の長さんが悲しんで、寂しがるだろうからって」
「そう、だろうなぁ」
桜菜さんを失ったら完全に暴れそうだ。蜘蛛としてもさすがにそれは困る。
「その、しずれも寂しい?」
「えっ」
「私がいなくなったら、悲しい?」
「そうだな。俺にとって、ふゆはは唯一無二の花嫁だ。きっと失えば、ひどく寂しく、悲しい」
鬼の長のように暴れはしない。
蜘蛛だから。暗く狭い場所に閉じこもりそうだ。
「しずれ」
「だが、選ぶのはふゆはだ。俺はその意思を尊重する。何よりも大切な花嫁だから」
ぽふっとふゆはの頭に手を乗せれば、ふゆはが俺をまっすぐに見上げてくる。
「・・・うん」
そして少し嬉しそうに、微笑んだ。