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愚者の舞い 4-23

 苛立たしげに、水瓶から水をコップに入れ、一気に飲み干す。

それで苛立ちが収まるわけではなかったが、なんだか喉が渇いたのだ。

そもそも、自分自身が何に苛立っているのか分っていないのだから、収めようもない。

ただリビングにいると、時折聞こえて来るルーケの部屋のベットのきしみが、この上もない不快な音に感じるのは確かだった。

パールは勇者の子孫の家に養子として貰われ、不自由なく育ってきたが、同時に、上流階級の教育も受けて来た。

そのために教養も高く、白魔法も使える。

そして教養の中には、大人の情事に関してもある。

上流階級に恋愛など許される事は無いため、気に入った相手と結ばれる事は、社交場でしかない。

だから、男女が密室でなにをするかも知ってはいた。

知識だけだが。

ルーケが水を取りに来た時、自分を無視していた事が非常に不愉快だったし、かと言ってパールに文句を言う筋合いもない。

そもそも、ルーケではなくこれがラテルであろうと、異性を部屋に連れ込んだからと文句を言える間柄でもない。

冒険者はあくまで依頼を受けた時の仲間であって、普段は個々の時間である。

もっとも、ラテルはその辺はしっかりしているので、家に連れ込んだ事は無いが。

「・・・私は何をしているのかしら。」

パールはなんだか無性に虚しくなり、自室へと引き上げようとして振り向くと、ちょうどフーニスが帰って来た。

「あら? ただいま。 珍しいじゃない? こんな時間までお嬢様が起きてるなんてさ。」

「おかえりなさい。 フーニスさんこそ遅いですよ?」

「ちょっと盛り上がっちゃってさ。 ・・・ん? ルーケの奴、誰か客が来てるのかい?」

シーフギルドで鍛え上げたフーニスは、物音にも敏感だ。

「ええ、ちょっと・・・。」

言いにくそうにそう答えると、フーニスの目が好奇心と不愉快さに細まる。

「へぇ~・・・。 あいつがねぇ。 色気づいちゃって。」

フーニスはそう呟くと、ニヤリと笑って自室へ入って行ってしまった。

パールはチラッとルーケの部屋を一瞥すると、自分も部屋に戻った。

なぜか胸がモヤモヤし、今晩は寝れそうになかったが・・・。


 どこかで、犬の吠える音が聞こえる。

いや、狼だろうか?

ルーケには、その判別がつかなかった。

もう明け方近いが、怒りと虚しさが混じり合い、疲れてはいるのだが寝れそうになかった。

もっとも寝ようと思ったら、一つしかないベットに、一糸纏わぬ姿で幸せそうな寝顔を見せる給仕娘と一緒に寝なければならないので、ルーケとしてはそれも遠慮したかった。

椅子に座り、ぼんやりと月を眺め、揺らぐ意思をどうにかまとめようとする。

奴隷は確かに、人としては最低の地位にある。

殺されても、殺人が適用されない人外としての地位だ。

しかし、だからと言って奴隷が常に殺されまくっているかと言えばそうでもない。

なぜなら奴隷には、ほぼ必ず主人がいるからだ。

そして奴隷を持てるような者は、金持ちか権力者にほぼ限られる。

奴隷を殺せば、持ち主であるその主人から報復を受ける。

そういった連中を相手にした時、法律はなんの加護にもならない。

自分が死んでは元も子もないし、殺人事件として騎士が動いたとしても、事件そのものをもみ消されて犯人が捕まる事は無い。

それだけの力と財力が無ければ、奴隷など飼えない。

一般市民でも奴隷を持っている人もいるが、そういった場合は奴隷を殺されても泣き寝入りしかないが。

つまり、奴隷と言う立場は、主人に飼われている限り、身の安全と食と職の補償がなされているのだ。

南の王国は、それが確固たるシステムとして、社会に根付いている。

対して、一般市民はどうか。

確かに自分の意志を持ち、自由に生活出来る。

法の加護も受けられる。

しかし、それは自分の力で生きなければならないと言う事でもある。

働き金を稼ぎ、税金を払い、自分の力で衣食住を満たさなければならない。

それに失敗したりすれば、浮浪者になるしか道は無い。

奴隷と浮浪者なら、奴隷の方が人間らしい生活をしている。

住む所もある、服はもらえる、食事も与えられる。

そして浮浪者は、奴隷の存在が無い国でも、どんな街でも存在する。

どちらが正しいのか、ルーケには分らなくなっていた。

奴隷を解放すれば、みんなが幸せになれる可能性があると思っていた。

しかし、実際にはどうだ?

奴隷と言う制度を無くすだけでは、ただ壊すだけで何も変わらないどころか、悪化させるだけではないのだろうか。

ではどうすればいいのか。

それが、ルーケには分らなかった。

特に、行為前後に語られた、奴隷の立場にある給仕娘に奴隷としての必要性を語られた、今となっては。

そんなルーケの様子を、一晩中向かいの家の屋根から見ていた猫は、大きく欠伸をし、家に帰る事にした。

その猫は尻尾が2本あったが、ルーケが気が付く事は無かった。


 こうして、多くの出会いと別れを経験しながら、ルーケは南の王国の中の町ノウムで、冒険者として暫し平穏の時を過ごす事になる。

だが、別れの時は突然訪れる事になる。

約半年の月日が流れた、その日に。


 一般家庭の平均より広い筈の食堂が、狭く感じられるほどの人が詰め掛け、どんちゃん騒ぎのえんもたけなわの頃。

主役の2人はすでに、座ったまま寝息を立てていた。

いつもならとっくに寝ている時間だけに、ミリアとカナは良く頑張ったと言うべきだろう。

今日は双子の4回目の誕生日。

ルーケ達はおろか、ボットの部下ほぼ全員が顔を出しているのだから、普通の家では狭すぎる。

「そろそろ、ちゃんと寝かしたらどうだい?」

ルーケがそう言うと、ボットは今初めて気が付いたと言わんばかりの顔になり、カナを抱き上げて寝室へ運び、続いてミリアを運んだ。

カナはしっかりとミリアからのプレゼントである貝殻の髪飾りを、ミリアはカナからのプレゼントであるネックレスを握り締めていた。

幼いなりに姉妹仲良しだなと微笑ましく見送ったルーケだったが、まさかこのネックレスが後に、2人にとって重要な鍵になるとは知る由もない。

うたげはすでに目的から離れ、ただの宴会になっていたために、主役退室も何の影響も無く続き、翌朝まで騒ぎが収まる事は無かった。

その翌朝、一睡もする事無くボットはギルドの仕事で町を離れて旅立って行き、それを見送ってからルーケ達は帰宅した。

ルーケ達はこの日仕事も無かったため、昼過ぎまでゆっくりと寝て休息を取り、起き出すなりルーケは剣を持って裏庭へ行く。

そして剣を抜くと、素振りを始めた。

毎朝の日課であり、鍛錬ではあったが、まだ酒が残っているのか少し動きが鈍い。

いつもと違って昼過ぎだから、日差しが強いためかもしれないが。

そんな時、不意に人の気配を感じて剣を止めた。

ルーケの真正面の建物のちょっとした影、そこにオルーガが、いつの間にか立っていた。

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