愚者の舞い 4-22
恥ずかしげにもじもじする娘に、何と声をかけたらいいのか分らず、かと言って魅入られたように目を背ける事もできず、ルーケは茫然と娘の裸体を凝視し・・・。
「あの・・・どうしたらいいですか? 私、初めてなもので、どうしたらいいのか・・・その・・・分らないのです。」
給仕娘は顔を赤らめながらそう言いつつ、所在無げに胸を隠して立っているだけだ。
出来るなら、一刻も早く逃げ出すか服を着たいが、主人の命令は絶対だ。
それに、命令無視して逃げ帰るのは論外だし、かと言って朝まで夜の街を放浪するなど、楽に死ねない場合が多い。
「初めてって・・・? その、失礼だけど、経験はあるんだろう?」
そう聞くと、娘は儚げな頬笑みを浮かべながら、小さく首を横に振った。
その様子に、ルーケは再び憤慨した。
「そんな! こんな事で初体験って! 君はそれでもいいのか!?」
「・・・かまいません。 あなたがお相手なら、私はそれで・・・。」
「そんな馬鹿な事! 俺は!!」
さらに言い募ろうとした時、ノックもなしにいきなり部屋の戸が思いっきり音を立てて開けられた。
「勇者様!! いったい何をしているんですか!!」
部屋の入口に、怒った顔して仁王立ちするパールの姿に、思いっきりルーケは動揺した。
「パール!? あ、いや、これは誤解だ!」
「何がどう誤解なんですか?」
「どうって・・・え~っと、話せば長くなるんだが・・・。 ところでラテル達は?」
「ラテルさんとフーニスさんは、まだ帰って来ていません。 ロスカさんは痴話喧嘩には係わりたくないそうです。」
そう言いながらジトーッと睨みつけられ、蛇に睨まれた蛙の心境になる。
別に、自分が悪い事をしているわけではないのだが。
「女性を部屋に連れ込むのは個人の勝手ですが、相手を脱がすだけ脱がして怯むなど、勇者としてどころか男として情けないですよ? ましてや、表の通りにまで聞こえるような大声出してみっともない。」
「まった! それこそ本当に誤解だ! とにかく、君も服を着てくれ!」
とにかく事を収めようと、ルーケは給仕娘が脱いだ服を顔を背けながら取って押し付け。
「・・・個人の趣味に難癖つけるのもどうかとは思いますが、そういう趣味はいただけないのではないでしょうか。」
「趣味??」
ルーケが娘に押し付けたのは、ボットに切り裂かれた元の衣服。
「いや違う! だから誤解なんだ!!」
「何か必要な物はありますか? 勇者様。 生憎鞭はございませんが、縄とロウソクが不足でしたら、私の装備からお貸ししますが。」
氷点下のような声でそう言いつつ、薄く笑みを浮かべるパール。
「だから誤解だって! とにかく、詳しい事は明日の朝説明するから!」
そう言って、強引にパールを部屋から追い出し給仕娘に目を向けると、全裸のまま、
「あのぉ、縄とロウソクって、必要なものなんですか?」
必要なら、用意しなければいけないと言うような真顔でそう聞かれ、グッタリと脱力した。
「あ~・・・いや、そうじゃなくて。 とにかく、新しい服を着てくれ。 ボットはそういう行為をしろと命じたんじゃなく、話をしろと言っていただろ?」
給仕娘は暫しキョトンとしてから、やかんを頭に載せたら瞬時に沸騰しそうなほど顔を赤くして、クルッと後ろを向き、いそいそと服を着始めた。
「俺はちょっと飲み物を取って来るから、服を着て待っていてくれ。」
そう言って部屋を出て、台所で水差しに水を入れつつ、背中に突き刺さる視線を無視して部屋に戻ると、給仕娘はちゃんと服を着て、窓辺に立って外を見ていた。
「申しわけありません。 ルーケ様にそのような事をさせてしまいまして。」
「ここは俺の部屋だし、気にしないでいいよ。 それより、少し君の事を教えてもらえるかな?」
そう言いながら、水差しからコップに水を入れて渡し、椅子に座るように勧め、自分はベットに腰掛ける。
「私の事ですか? 何をお話したらよろしいでしょうか。」
「ボットは、君を助けたと言っていたが・・・。 どこで知り合ったんだい?」
「私の両親が商人だったのは、ボット様にお聞きになられましたね? 両親は、ボット様の部下だったんです。」
なるほど、と、理解した。
ボットはああ言う気さくな性格だから、この娘の家族とも食事をしたりしていたのだろう。
「詳しいギルドとの係わりは、私は幼かったので知らないのですが。 なんでも、両親はオルーガの依頼で、裏切る事になったとか。」
「・・・同じギルド内で裏切り・・・?」
「オルーガとボット様は、ライバルでもあり敵同士でもあるのです。 ボット様は常にギルドの事を考えていらっしゃいますが、オルーガはボット様を蹴落とし、ギルド長になる事を望んでいるのです。 そのため、いつもそうやって手出しを・・・。」
「そこまで分っていながら、何故オルーガを排除しないんだ? おかしいじゃないか。」
そう言うと、給仕娘はキョトンとし、なにか不思議な物でも見る眼差しになった。
「・・・? 何か変な事を言ったかい?」
「その・・・あまりに純粋と言うか、純情と言うか・・・。 あまり、汚れていらっしゃらないのですね。」
「どう言う事だい? 俺も昔はシーフギルドに所属していた事もある身だけど・・・。」
「もしオルーガを排除しようとすれば、アサッシン全てが敵になります。 そうなれば、アサッシン全てとの抗争に発展し、王家の介入を許す事になってしまいます。 それどころか、アサッシンを敵に回すよりはと、ギルドを潰し、オルーガを王家が擁護する事になるでしょう。 それをギルド長様と、ボット様はよく理解されているのです。 ですから・・・。」
この娘の両親を人身御供とし、事を収めた。
その醜悪な行動に、ルーケは再び頭に血が上る。
「でも、私は幸せです。」
あまりに予想外な娘の言い様に、ルーケは驚いて顔を跳ね上げた。
「何だって? 幸せ? 奴隷なのに?」
「はい。 両親の商売は、成功しているとは言い難いものでした。 毎日家族でパンを1つとスープ、それがやっとの生活だったんです。 ルーケさんは奴隷の存在をおかしいと、そう言っておられましたね。」
「ああ、そうさ。 人が人を支配するなんて絶対におかしい。」
「そう言われますが、人は誰かに仕え、支配されているものではありませんか?」
「それは・・・。 でも、俺達は自由がある。 仕える相手を自分で選ぶ権利がある。 君達にそれは・・・無いだろう?」
「そうですね、仕える主人を選べません。 私もボット様と知り合っていなければ、今頃娼婦として館に押し込められ、病気などで殿方の相手を出来なくなるまで相手をする毎日だったでしょう。」
「しかし、そのボットに俺の相手をしろと命じられ、君はここに来た。 それは不幸ではないのかい? ボットの言っていたように、俺は君を抱く事ができる。 それこそ、娼婦のように。」
「ですから、初めてのお相手が、貴方で嬉しく思います。」
「おいおい、冗談はよしてくれ。 人として、好きになった相手に抱かれる権利が誰にでもある筈だ。 君はその権利を自ら捨てて、俺に抱かれる事が本望だとでも言うのか? 獣じゃあるまいし、君は自分が好きになった相手と結ばれるべきじゃないのか? そういう自由を持つのが人間と言うものじゃないか。」
そう言うと、給仕娘は困ったように微笑み、やがて椅子から立ち上がり、ルーケの目の前に進み出た。
「私には、人を愛すると言う事が許されていません。 ですが、あなたは私をいつも、一人の女として見てくれていました。 あなたの言うように、私の体は自分の意思で誰かと繋がる事はできません。 あなたが拒否するのなら、私は他の誰かとやがて結ばれる事になるでしょう。 それこそ、獣のような扱いで。 私からもお願いします。 抱いていただけませんか? 人として・・・。」




