愚者の舞い 4-21
一体何を画策しているのか、ルーケにも予想できないが、アサッシン部門の長が係わっている以上、ちょっとした裏切り行為である筈もない。
その事に、パールはどれだけ係わっているのか。
後で確認する必要があると、ルーケには思えた。
「それとな、話は変わるが、お前、この娘をどう思う?」
そう言ってボットは、手だけを動かし給仕娘を指差した。
「どうって・・・。 可愛い娘さんだと・・・。」
ルーケが言いにくそうにそう答えると、給仕娘は照れて顔を赤くし、小さな声で
「ありがとうございます。」
と、頭を下げた。
「そうかい。 じゃあ、奴隷じゃなかったら結婚したいと思うか?」
「それは・・・。」
もし仮に、ルーケが100年以上も時代を超越していたり、冒険者では無かったらしたいと思ったかもしれない。
「お前達は全員未婚だろう? 何故結婚しない?」
「何故って。 俺達は冒険者だし、いつ死ぬとも限らない。 帰らぬ相手を待つ気苦労を俺はさせたくないし、それに、俺は世界を平和にしたいと思っている。」
「そんなもの、俺だって同じだ。 シーフは非合法な存在で、その気になれば国家が潰しにくる。 そうさせないために命懸けで頑張っている。 いつ捕まり死刑になるかもわからん。 それは幹部でも下っ端でも同じだ。 それに、世界と言う大きなものを平和にしたいから結婚しないと言うのは筋が通らんな。 一人の女性を幸せにする事も出来ず、世界なんて大きなものを平和にできるのか?」
常に存在が綱渡りのボットに言われれば、確かにルーケの命懸けなどたかが知れている。
冒険者は脅威が目の前に大概見えるが、シーフは常に見えない脅威と渡り合っているのだ。
ボットにしてみれば、ルーケの命懸けなど児戯に等しいだろう。
「それでも俺は、世界を平和にしたい。 誰か一人を愛するより、世界を平和にする事に全力で挑みたいんだ。 その時愛する者がいたら・・・集中できない。」
真剣にそう答えると、ボットは鼻を鳴らした。
「世界平和など、所詮は夢物語さ。 たとえばこの娘。」
そう言って、給仕娘を手招きした。
「はい、何かご」
全てを娘が言いきる前に、キラッと何かが娘の眼前で光った。
その速さは、目の前で見ていたルーケにも何をしたか分からないほどの早さだった。
しかし、ルーケに分ろうと分るまいと、結果は現れる。
給仕娘の衣服の前が綺麗に縦に切り裂かれ、白い素肌が露わになった。
その素肌には、一筋の傷もついてはいない。
「キャアァ!?」
「隠すな!!」
驚きと羞恥心で、切られた衣服を寄せた瞬間に主人にそう命じられ、給仕娘はゆっくりとではあるが顔を背けつつ手を衣服から離し、裸体を露わにした。
「一体何を!?」
「騒ぐなルーケ。 いいか、これが奴隷だ。 人の姿をしてはいるが人じゃない。」
「違う! 奴隷と言う形を押し付けているだけで、人間だ!!」
「いいや、違う。 この娘は、元は商人の娘だったが、父親がギルドを裏切ってな。 両親は処分されたが、この娘は俺が引き取って事なきをえた。 もし俺が助けなければ、この娘も死んでいたんだ。」
「だったら、何故奴隷にしたんだ!? 養子とかでも良かったじゃないか!」
「そんな生ぬるい事じゃ、ギルドが納得しねぇよ。 俺の首さえも飛びかねん。 良くて死ぬまで娼婦、そんな状態だったんだからな。」
「だからって、これじゃ生きている意味がないじゃないか!」
そう言いながら、ルーケは給仕娘のそばに回り込み、大事な部分だけは隠れるように、背後から持っていたピンで衣服を繋ぎ止める。
抱きしめるように、だが、前からでは見えてしまうため、ルーケは背後からやったが・・・。
どうしても密着してしまうために、娘の体の柔らかさや匂いを意識してしまう。
それは、自分の無知のために失った、クーナを思い出させ・・・。
「いいじゃねぇか、たまには生身の娘の裸でも見ておけよ。 目の保養になるだろ? なんなら今晩貸すぞ。」
「ボット! 俺はあんたに感謝してる。 それは言葉では言い表せられないほどだ! だが、こんなあんたは正直憎い!!」
「そうかい。 だが、お前に命令されて一晩抱かれるのと、娼婦として一晩に何十人もに抱かれ続けるのと、どっちがましだ?」
「どっちもましじゃない!!」
「だが、それしか選択肢はこの娘には無かった。 違うか?」
そう言われても怒りしか湧きあがらず、そして怒りのあまり言葉が出ない。
そんなルーケを横目で見ながら、ボットはテーブルに並んでいたパンを一つ、手にとって上げて見せた。
「このパン1つ。 その辺の路地に放り捨ててみよう。 どうなると思う?」
そう聞かれ、ルーケは訝しげな顔になる。
「あっという間に乞食のガキどもが群がり、奪い合いになる。 そして、勝利したガキは後から来た大人の乞食にパンを奪われ、結局何も食べる事も出来ん。 奴隷なら、死なれちゃ困るから飼い主が食事を与える。 粗末な物でもな。 乞食はギルドにとっても情報源として貴重だが、保護はしない。 そして乞食は、立派に市民であって奴隷じゃない。」
「・・・何が言いたい?」
「今晩その娘をお前に貸してやる。 話は俺からではなく、その娘から聞きな。 抱きたければ抱けばいいし、抱きたくなければそうすればいい。 その娘に拒否する権利は無いからな。 拒否などしたら・・・それこそこの世に生を受けた事を、後悔する目にあわねばならん。」
「ボット・・・! あんたは!!」
「憎みたければ憎め。 それでも俺は、シーフギルドの幹部を辞める事は出来ん。」
そう言い捨てられ、ルーケは怒りのままに身を翻し、家を出て行った。
「行け。」
小さいが鋭くそう言われ、給仕娘は無言で頷き後を追いかけかけ、
「すまん。」
聞こえるか聞こえないかと言うほどの背後からの声に、一瞬足を止めかけ、頬笑みながら小さく頷きルーケの後を追った。
給仕娘が出て行った後、渋い顔で開けっぱなしだった戸を自ら閉め、
「若さ・・・か。」
そう呟くと、いつの間にか寝たらしい、愛する娘達の元へ向かった。
帰路の途中、安っぽいくせに高かった女性用の衣服を買い、ルーケは給仕娘を伴って自室に帰って来た。
日中にまともな店でなら2着は買えるであろう金額だったが、衣服を切り裂かれた娘のためにごねるわけにもいかず、盗品だろうとは思ったが買ったのだ。
背後で着替える娘の、服の擦れる音を聞きながら、ルーケはムカムカとしながら改めて奴隷解放を心に誓っていた。
(こんな状態で良い筈はない! 絶対良い筈がない!)
だが、心の隅では、奴隷と言う最下層に見える地位の下に、まだ乞食などの存在がある事も、ルーケにはわかってはいたのだ。
自分がその立場に、子供の頃あったのだから。
だからこそ、貧困を無くしたいのだ。
誰もが幸せに暮らせる世界を、望むのだ。
なのに・・・。
「もういいですよ、ルーケ様。」
「おいおい、ルーケ様はやめてくれ・・・。」
そう言いながら振り向いた先。
そこに佇む給仕娘に、ルーケは唖然とした。
一糸纏わぬ、裸体を凝視しながら。¥