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88

被害者の父親の手によって突き刺さったナイフ。

たった一つの間違いで、誰かが傷つき誰かを失う事を恐れていた・・・・



88



テントの入り口は白田によって閉ざされ、2人は肩を並べてベッドに腰掛けている。

明は濡れた服を着ずに、素肌に上着を羽織っていた。

パチパチと薪ストーブの音と、静かな明の声がテント内に響く。


「通い詰めて1ヶ月程たった時。家から出てきた父親が、物凄い形相でオレの方に来たんだ」


黙って明の言葉を聞いている白田に、当時の事を思い出しながら語る。



あの時の父親の表情は、以前追い出された時の怒りで顔を真っ赤にしていた時とは違う。

顔は真っ白で、目が血走っている・・・・父親の形相に恐怖を感じ、明は背を向けて公園から出ようとした。

時間帯は昼過ぎ・・・公園には数人の人しか居なかった。

誰も2人には関心がない状況で、明は公園から出た。

その直後、父親に左腰をナイフで刺された。

そこから、記憶は所々途切れている。



「痛みより・・・誰にも気付かれないようにって、それだけを考えて家に帰った気がする」


膝の上に置かれて明の手に、白田の手が重なる。

そして男の手に力が篭もる。


「どうして・・・明は何もしてないのに、どうしてその場で助けを求めなかったの」


「刺された時に言われた・・・」



『亜蝶はお前のせいで死んだ!!!お前が亜蝶を殺したんだ!!』


その瞬間は何を言われたか解らなかった。

だが母親が叫ぶ声で、父親の言葉の意味を理解した。


『あなた!!亜蝶が!!亜蝶が!!救急車!』


その場で泣き崩れる父親に、明はナイフを抜いてその場を離れた。

家までの道のりは記憶がない・・・気がついたら自分の家の玄関で倒れ、雅が必死に呼ぶ声だけは鮮明に覚えていた。



「彼女は自殺したんだ。発見した父親は、怒りの矛先をオレにぶつけるしか無かった」


冷静な程に淡々とした口調でそう口にする明。

だが瞳からは、ポロリと雫が頬を伝う。

重なっていた男の手が放れ、代わりに明の体を包み込むように抱きしめられる。


「たった1人の娘が苦しんで死んだ。そんな父親をオレには責めるなんて出来なかった・・・・だから雅にも親父にも口止めしたんだ」


父親が本気で殺そうと思っていたのなら、刃渡りのある包丁を手に何度も突き刺していた筈。

怒りで我を失った状態でも、心の片隅にやってはいけないと思いがあった。

丁度骨に当たって止まっていた刃先は、臓器を傷つけずに済んだ。

病院にいかずに自然に治した傷は、サソリのタトゥーに埋もれ色濃く傷痕として残っている。

蛭崎とお揃いのタトゥー。

サソリの息の根を止める様にできた傷痕は、まるで蛭崎との縁も断ち切ったように感じた。


どこから歯車が狂ったのか・・・・中学の時は彼こそが唯一の親友だと思っていた。

高校に上がり、環境が大きく変われば簡単に影響を受けて左右される思春期。

うっとうしがられている・・・・利用されている・・・・それを感じ取っても、信じたくないと目を瞑っていた。

信用していた相手が起こした事件に、沢山の人が傷つき、人生を狂わされた人も居た。

そこでようやく気がついた、しがみつく程の相手でも無かったと。

遅すぎる気づき。

もう無くしたモノは取り戻せない。


何がいけなかったのか・・・


彼女を助けたから

落とし物を届けたから

彼女を特別扱いしたから

仲間達の前で、満更でもない態度を取ったから

チョコを受け取ったから


だがそれよりも

蛭崎を追って高校に入らなければ、何も始まらなかった。

いくらクールに装っていても、本当は1人で居るのが堪らなく寂しかった。

日富美に執着していたように、蛭崎にも執着していた。


「あいつは、いつも口出するオレがウザくて憎くて仕方なかったって言った。蛭は、彼女が好きだったわけじゃない。オレが傷つく顔を見たくて・・・・彼女に手を出したんだ」


事件から一年経ち、大学に受かった頃。

一度だけ蛭崎と面会した事があった。

明が好きだった屈託ない笑顔で「なぁ傷ついた?」と聞いてきた蛭崎に、怒りがこみ上げその場にあった椅子を手に振り上げた。

もちろんその場に居た職員に取り押さえられた。


「だから、あまり人と深く付き合うのが怖くなったんだ。また何か間違えて、誰かを傷つけたり、失ってしまうかもしれない」


白田の腕の中で、声を震わせて思いを吐き出す明。

深い付き合いになる前に、冷たい態度をとり人を寄せ付けなかった。

白田にも素っ気なく、冷たく接したつもりだった。

だけど・・・・・いつしか惹かれていった。


「明」


明の体を包み込んでいた腕がほどかれる。

そして男の両手が頬に添えられ、顔をあげさせられる。

優しげでそしてどこか悲しげな男の瞳が、明の瞳を捉えた。


「どんなに気をつけていても、その気がなくても人を傷つける事だってある。それは避けられないよ・・・だけどねその逆の事だってあるんだよ。人を幸せにする事だって出来るんだよ」


「・・・・・・・」


「雛山は明が居なかったら、ゲイである真実をひた隠しに生きていかなきゃいけなかった。居場所を見つけられなかったし、鷹頭と解り合う事もなかった。・・・・雛山だけじゃない。今、明の周りにいる人達は。きっと明から貰ってるんだよ、幸せを。だから、明の事を心配してくれるし、笑っていて欲しいと思っている」


男の親指の腹が、明の涙を拭う。


「それにね・・・・」


覗き込むように、白田の顔が近付く。


「俺も明と出会えなかったら・・・こんなに幸せな気持ちになる事なんてなかったよ」


優しげな白田の声色が、胸に染み渡る。

そして男への想いがこみ上げて、新たな涙が瞳からこぼれ落ちる。


「明、好きだよ」


愛おしいそうに微笑む男の言葉。

明は一度息を吐くと、男に顔を寄せると


「オレも」


と消え入りそうな声で伝え、相手の唇に口づけた。




89へ続く


一応山場になると思うんですが、書く時間が少なく・・・・もっとうまく書けたのに!と悔やんでます。

時間が出来たら、書き直したい。

重くなりましたが・・・・ご感想いただければ、次作もがんばれます!!

明と白田はこれにてハッピーエンド・・・・・ですが、まだ倖田家がありますね。

これからは倖田家決着を目指すのと、雛山君の恋の行方ですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] お父さんの気持ちはわかるけど、私刑は認められないし、それで犯行に加わってもいない明を刺すのは見当違い。刺しても、スッキリできるわけでもなく、お父さんのやり方は、バカなことしたな、と思う。それ…
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