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由美からの電話に出た白田。
明の様子を耳にしズキンと胸を痛めた。
そして彼の今の現状に、ボクシングジムでの事を悔やむ白田だった。
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こんな状況で、電話を出る気持にならない。
今は、そっとしていて欲しい。
だが白田のそんな気持などお構いなしに、LINEの電話は鳴り続ける。
一度切れ、また鳴り、再び切れる。
どうやら相手は諦める気がないのか、鳴り響く電子音に白田がイライラし始める。
重い体を動かして、ローテーブルに置いていたスマホを手にする。
相手は、由美だった。
これは出るしかないと諦め、溜息を1つ吐き通話ボタンを押した。
『はっ!出たっ、白田さん出たよ!?』
電話を掛けてきた相手からの驚きの声。
電話の向こうの誰かに言っているのだろうが、白田としては早く要件を言ってほしい。
「すみません桜庭さん、今は少し・・・」
『白田さん、何があったか知らないけど』
白田が言葉を言い終わる前に、由美は被せるように話始める。
『愛野君、今にも死にそうな顔してるのよ』
「ッ・・・・・」
由美の言葉に、ズキンと心臓が強く跳ね上がる。
『実は今日の太郎さんのお誕生日会なんだけど、家じゃなくてフスカルでするのよ』
「桜庭さん、俺は今日は行かないと・・・」
『愛野君の家ね今見張られてて、家族以外の人が出入りするのはマズイの』
「え・・・何故ですか!?誰に!?」
白田は思わずスマホを手にしたまま、立ち上がる。
『愛野君の母方の実家の事、知ってる?』
「えぇ・・雅さんのご実家ですよね。かなり裕福な家だとか」
『そうなの。倖田って言う地主さんで、数日前に祖母と愛野君バッタリ会っちゃったみたいで』
倖田・・・・
あのサイトにも書き込みがあった。
白田の胸は、言いしれぬ不安が湧き上がる。
一度は明と太郎を家から追い出した筈なのに・・・
『今の愛野君を一目見て、立派になったとでも思ったのね。興信所頼んで尾行されてるのよ。跡取りにしようと、交友関係とかを調べるのねきっと。だから愛野君、今思うように動けなくて・・・堂々と白田さんや雛山君にも会うことも駄目なのよね』
「なら、何故今日・・・」
『あの性格でしょ?嫌いな倖田のせいで、自分の行動を制限するのが嫌だったのよ。それに・・・白田君が言い出したんでしょ?今日、太郎さんの誕生日会をするって』
ズキリと胸が痛み、心臓を掴むように手を当てる白田。
『色々と準備して、楽しみにしてたのよ彼。太郎さんには倖田の事は内緒だから、怪しまれずにフスカルで誕生日会出来るようにって、私と桃さんにも協力してほしいって言うくらいにね』
ふと、ボクシングジムに入っていく彼の姿を思いだした。
表情までは解らなかったが・・・・
【死にそうな顔してるのよ】の由美の言葉が、胸を締め付ける。
追いかけてくれようとしていた・・・・だが、それが出来ない状況だった。
一緒に向かう筈のボクシングジムも、何故明だけ別行動だったのかの理由も解った。
もう白田の心中は、あんな事を言わなけければよかったと後悔しかない。
だけど・・・・・何故、話してくれないのか。
母親の実家の事も、昔の出来事も、今の現状も・・・・そんなに自分は頼りないのだろうか。
『ねぇ白田さん。愛野君、貴方と出会って随分変わったわ。もし・・・・白田さんが愛野君との関わりを断ったら、以前に戻るどころかもっと人を寄せ付けないようになるわよ』
由美の言葉が胸に染みる。
関わりを断とうとは思わないが、彼の身近な人間から見ても自分の存在は明にとって大きいものだと言われた気がした。
『あの〜白田さん』
電話口から、控えめな雛山の声がする。
『明さん怒って、亀田さんを殴ったんです。それに僕も、亀田さんをボコボコ殴っちゃいました』
明が友人を殴るほどに頭にきていたのだと思うと、胸に熱いものがこみ上げる。
そしてプロ相手にボコボコと殴る雛山を想像して思わず口元が緩む、白田と明の事で亀田に怒りをぶつけた彼の気持も嬉しかった。
少しでも亀田に向けた怒りを和らげようと気遣う雛山は、その後『フスカルで待ってます』と続けた。
******
フスカル
休日のこの日、フスカルが入るテナントビルは静かだった。
このビルで開店しているのは、フスカルだけだろう。
と言っても一般の客はお断り。
今日は、少し早い愛野太郎のお誕生日会。
白田が言ったのは、愛野宅で細やかな小さなパーティーだっただろう。
だがこの場には雅や桃、由美に日富美も居た。
BOX席はソファを動かして、皆がテーブルを囲ってゆったりと座れるような仕様。
由美と日富美が用意した料理に、温かい料理はこの場で雅と桃が調理。
沢山の料理が、テーブルに所狭しと置かれている。
この場に、言い出した白田が居ないままパーティーは始まった。
「こんな賑やかな誕生日祝い、初めてだよ〜」と顔をシワだらけにして喜んでいる太郎に、皆は笑顔で「おめでとう!」と言葉を贈る。
和気あいあいとした時間が過ぎていく中、やはり明だけは皆と空気が違った。
それを皆は感づいているが、何も言わない。
大好物のポテトサラダにも手を付けず、ひたすらに酒を飲んでいる明。
「おい。明、ちょっと来い」
とうとう我慢できなくなった雅。
明の腕を引っ張り立たせると、皆の心配そうな視線を受けながら厨房へと入っていく。
「お前なぁ、もっと大人になれ。今日ぐらいは普通に装えよっ」
27歳にして、叔父に説教させられる明。
普段なら、ムスッとした表情で「わ〜てるよ」と不貞腐れたような返事を返すのだろうが、今の明は反応はない。
雅の言葉に、俯き黙り込んでいる。
「はぁ・・・・」
魂の抜けたような甥に、雅もそれ以上は言えず溜息をつくしかない。
「整備終わったバイク持ってきてんだよ、もう酒は飲まず水飲んどけ」
「いい・・・・」
「あ?」
「バイク要らない」
「はぁ?」
「もう、どうでもいい・・・・」
呟くようにそう言った明に、雅は顔色を変える。
「おいっ」
明の両肩を掴み、顔を覗き込む。
「もう・・・疲れた・・・」
消え入りそうな明の声。
10年のあの時、明が口にした全てを諦めた言葉と同じ。
血まみれで家に帰ってきた明の姿が、雅の脳裏に蘇る。
左腰から溢れ出る血で、衣類は真っ赤だった。
息も絶え絶えの明は意識を何とか保ちながら、警察や病院を頑なに拒否した。
誰にやられたかも決して言わなかった。
その理由は翌日解った、被害者の自殺と・・・・その父親が明を刺したのだと。
前向きに大学への進路を考えていた矢先の出来事。
明はそれから部屋に閉じこもって、出てこなくなった。
「もう、どうでもいい・・・・もう、疲れた・・・・」
そうベッドの上で呟いた17歳の彼と、目の前の今の彼が重なる感覚に雅は肝を冷やした。
「タバコくれ」
「あ?・・・・お前、もう止めただろう」
「一服したら、営業の時みたいに笑ってやるよ」
また元に戻るかもと、要らぬ心配だったか。
そんな事を口に出来るだけ、大丈夫かもしれない。
だがそれでも、雅の心は冷たいままだ。
明の顔を心配げに見ながら、尻ポケットからシガーケースを取り出し差し出した。
68へ続く




