救出
木々の間を縫うように進んでいく。
声がしたのはこの近くだったはずなんだが――
そう思いながら辺りを見渡していると、再び声が聞こえてきた。
その方向に視線を向けると、真っ白な馬車が木を操る狼、グリーンウルフに襲われていた。
その数は13匹。
対して護衛の騎士と思われる男たちの人数はたったの5人。
しかもそのうち2人はすでに倒れている。
必死に善戦してはいるが、どう見ても分が悪い。
馬車は木に絡めとられていて動く気配はないし、もはや馬車は放棄しているとみていいだろう。
だとすると本当に守っているのは馬車の近くにいるメイド……ではなくメイドに庇われている女の子か。
年の頃は12歳、と言ったところどろうか?
見たところ貴族っぽいな。
「お嬢様、お逃げください! ここは我々が食い止めます、そのすきにどうかお早くっ!」
「でも、それだと皆さんが……っ」
「我々は大丈夫です! 必ず生きて戻ります! この程度の犬畜生に負けるような我々ではありません!」
「ですが……っ」
なんだか寸劇が始まった気がするが、これって一応助けたほうがいいんだよな?
あきらかに犬畜生のほうが優勢だし。
でも大丈夫って言ってるしな~。
もしかしたら劣勢に見えているが実はすごい隠し玉を持っていて護衛対象の女の子がいるから使えない、なんてことがあるかもしれないし。
……ま、いいや。
護衛対象の女の子に直接聞くとしよう。
俺は軽い寸劇を繰り広げている集団の中へと入っていった。
「ですから――――ってそこの坊主! ここは危ない! すぐ離れるんだ!」
「あ~はいはい、危ないのはわかってるから。あと、俺が用があるのはそっちの女の子だから」
騎士のおじさんたちの忠告を軽く流す。
俺が女の子に用があるといったことで少し警戒したような視線を向けてくるが、俺に対応する余裕はないようだ。
「ねぇそこの君。そっちのおじさんたちは大丈夫って言ってたけどどう思う? 大丈夫だと思う? それとも助けが必要?」
「えっ、え……と」
いきなり現れた俺に驚いているようだが、今はそんな時間ないと思う。
俺が間に入ったことで俺のことを敵と認識したらしいグリーンウルフが3匹ほど近づいてくる。
おじさんたちは必死に逃げるようにと叫んでいるが、とりあえず無視だ。
俺は女の子の答えを待つ。
グリーンウルフが近づいてきているが、俺には【超硬化】がるので問題ない。
そして、あと数秒でその鋭い牙が俺に襲い掛かろうかというその時、
「た、助けてくださいっ! お願いしますっ!」
女の子のそんな声が聞こえた。
俺は薄く微笑む。
「任せろ」
そう返すと同時に【雷撃】と【雷操作】を発動した。
威力はグリーンウルフを倒しきるギリギリのラインまで抑え、【雷操作】で範囲を調節し、周りを巻き込まないようにグリーンウルフだけを狙い撃つ。
3匹は青緑色の雷光に呑まれ一瞬にして黒焦げとなり絶命した。
その光景を見ていた残りのグリーンウルフが標的を俺に切り替え襲い掛かる。
残り10匹。
【樹木操作】を使い絡みつこうとする木々をもとの状態に戻し、グリーンウルフ本体の攻撃をよけながら、【雷纏】を先の【雷操作】と合わせて発動する。
右腕の肘から先にだけ集中的に雷を纏い、【雷操作】で密度を高めつつ薄く引き伸ばし剣を形作る。
【雷纏】と【雷操作】の合わせ技。合技――雷剣――
俺は雷剣で近くにいたグリーンウルフを袈裟懸けに切り裂く。
残り9匹。
【隠密】と【縮地】を併用し、次々と襲い掛かるグリーンウルフの首を高速で刎ねていく。
残り4匹。
わけもわからないまま同胞の首が飛ぶ光景に恐れをなしたのか残りのグリーンウルフは逃げ出した。
が、逃がすわけがない。
俺は【斬撃】を使い四振りの雷の刃を飛ばす。
その刃は吸い込まれるようにグリーンウルフの首をとらえ、刎ね飛ばした。
これで終わり。
《創造主》を使わなかったのはむやみに人に見せていいのかわからなかったからだ。
「ふぅ、なんかあっけなかったな」
グリーンウルフ掃討を終えてお嬢様御一行に視線を送ると、みんな同じようにポカンと口を開けて固まっていた。
「えーと、怪我とかない?」
「はっはい……大丈夫、です」
「それはなにより」
俺が声をかけたことで意識を取り戻した女の子はそう返した。
無事なようでなによりだ。
◆◆◆
「私はアレイ・オルディア子爵の娘、メイ・オルディアと申します。改めてお礼を言わせてください。本当に助かりました。ありがとうございます」
そう言いながら頭を下げるメイ・オルディア。
やっぱり貴族だったのか。
まあ護衛とメイドが付いてる時点でだろうなぁとは思ってたけど。
「俺の名前は八重樫扇。たまたま近くにいただけだから気にしないでくれ」
「ヤエガシ? 珍しい名前ですね」
「あ~いや八重樫は名字で扇が名前だ」
「オーギ様ですね。わかりました」
メイは何度も俺の名前を呟いては頷いていた。
俺の名前何か変だったのだろうか。
「俺からもお礼を言うぜ。ありがとな、坊主! にしても、お前めちゃくちゃ強いな!」
騎士のおっちゃんにバシバシと背中をたたかれる。痛いです。
おじさんのバシバシ地獄から何とか脱出した俺はお礼を言ってくる他の騎士たちやメイドの間をくぐり抜け、小さく溜息をつき、どうしてあんなことになっていたのかを聞いた。
メイが言うには、隣国で用事を済ませ王都へと帰る途中、さっきのグリーンウルフの群れに遭遇し襲われていた。
本来ならば勝てる相手だったが、先日から急増した魔物との連戦でだいぶ消耗しており、このような事態に陥った、と。
そういうことらしい。
「それは災難だっ――――…………ちょっと待ってくれ、先日から急増した?」
「はい。これまではこんなことはなかったのですが、それに先ほどの魔物も見たことのない魔物でした」
「……」
その言葉を聞いて思わず吹き出しそうになった。
これってもしかして俺のせいなんじゃ?
雷竜を倒したせいで今までおとなしかった魔物と外から流れ込んできた魔物であふれかえってるんじゃないのか?
だとしたら今回メイたちが襲われたのは間接的には俺が原因なのかもしれない。
そう思うとなんだが猛烈に申し訳ない気持ちになった。
つまり、俺は間接的に人を殺したことになる。
お礼とか言われる立場じゃなかったわ。
むしろこっちが謝りたいレベル。
「オーギ様、お礼の件ですが――」
「メイ、お礼は大丈夫だ、気にしないでくれ。本当に気にしないでくれ」
お礼なんてもらえるか!
罪悪感で俺が死ぬわ!
「いえ、そういうわけにも……」
「いや、大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておく」
「そ、そうですか? でしたら私にできることなら何でも言ってください。なんでもしますから」
「うんありが――――――――なんでも?」
「はい。どうかなさいましたか?」
「ナンデモアリマセン。キニシナイデクダサイ」
「? わかりました」
哀しい童貞の性か、何でも言うことを聞く、というセリフを聞くとどうしても反応してしまう。
でも仕方ないと思う。
だって男の子だもの、仕方ないよ。
誰だって女の子が自分に向かって『お願い! 何でも言うこと聞くから!』って頼みこんでくる妄想をしたことくらいあるだろ?
つまりそういうことだよ。
考えるな、感じろ! の精神だよ。
そんなことを考えていると、不意に何かを忘れている気がした。
何だったかな…………あ、アイル。
って、やばっ、アイル待たせてるんだった!
俺は短くメイ達に事情を伝えアイルの元へと戻った。
俺に女の連れがいると聞いた時、メイの表情が一瞬固まった気がしたが、気のせいだろうか?