(1)
間違ったことをしたつもりはないが、しかし絶対的に正しいことをしたのだ、という手ごたえも、実のところ乏しかった。
けれども、私はそうせずにはおれなかったのだ。
私がわざと大声で、まくしたてた言葉に顔を青白くさせる彼女を見て、内心で「ざまあみろ」と吐き捨てる。
彼女の隣に立っていた、彼女の父親らしい禿頭で初老の男性は、顔を赤くして「どういうことだ」と震える声で彼女と、私を交互に見た。
「どうって、そのままの意味です。その女、浮気してたんですよ。だから『にいさん』は」
そこで、想定外に言葉が詰まった。
自然と、私の視線は病院のベッドに横たわっている、呼吸器やら点滴やらのチューブをつけた「にいさん」へと向かう。
そのまぶたは柔らかく閉じられていて、けれども開く気配は、ない。
「にいさん」――私が唯一、心を許せる相手。現実に「兄」という続柄ではないのだが、私は年の離れた彼のことを「にいさん」と呼んでいた。
スマートフォンを持つ私の右の手のひらが、ぐっときつく閉まる。
「……証拠なら、たくさんあります。どうしても疑うと言うのでしたら、ここで――」
「やめてっ!」
私の言葉に彼女は手のひらで顔を覆って、叫んだ。
まるで自分がいじめられているとでも言うようなその態度に、胃の腑の底から怒りが立ちのぼって、吐き気がした。
そもそも、この女が――「にいさん」の婚約者のこの女が、「にいさん」を裏切って浮気さえしなければ、今のこの状況は引き起こされなかっただろうに。
女を罵倒する言葉はいくつも頭に浮かんだが、舌がもつれて上手く言葉にはならなかった。
――「にいさん」が自殺未遂をしてから三ヶ月。
「にいさん」の意識が戻ることはないまま、私は「にいさん」が入院している病院のある土地から単身、引っ越すことになった。
この引っ越しは私が決めたものでもなければ、本意によるものでもなかった。
「にいさん」や「にいさん」の婚約者がいるこの土地を離れて、少しは頭を冷やして欲しいという、私の両親たっての願いを理由とした引っ越しだった。
両親がかねてより私を持て余しているのはわかっていた。
自分でも、自分のことを可愛げのない子供だと思っていたし、両親に対して愛着を持っていない私は異常者なんだと思うときもある。
それでも私には「にいさん」がいたし、これまで大きな問題を起こすこともなく、自分で言うのもなんだが優等生として過ごしてきた自負はあった。
けれども私は「大人しい優等生」という自分を捨てた。
「にいさん」を裏切り、傷つけ、自殺未遂に追い込んだ婚約者の女を、どうしても許せなかったのだ。
不貞を犯した当事者でなく、被害をこうむった側でもない、第三者である私に、あの女を罰し、裁く権利などないと理解しながら、私はあの女への怒りを鎮められなかった。
幸いと言うべきか、不幸であったと言うべきか、現代にはインターネットがあり、SNSがある。
私は片っ端からあの女の関係者に、女の不貞の証拠となる写真や動画、事細かな経緯をDMなどを駆使して送りつけた。
あの女は実名でSNSをやっていたから、友人知人同僚上司を特定するのは難しい作業ではなかった。
その結果、私は関西の某地方都市へ引っ越すことになったというわけである。
女は立場をなくして退職し、今は実家に引きこもっていると両親伝いに聞いたが、私の中に罪悪感は微塵も湧かなかった。
両親は、そんな私に音を上げたのだ。
訴えられなかっただけ良かったと思いなさい――。両親の言葉は、私の心にひとつも響かなかった。
――「にいさん」が自殺未遂をしてから半年。
私はただ無為な日々を生きていた。ときおり、「にいさん」が傷つけられた痛みを想像すると、どうしようもない悲しみと怒りが湧いてくる。
両親は遠回しにメンタルクリニックの受診を勧めてきたが、私は結局金の無駄遣いに終わるだろうという予感から、その言葉を無視していた。
転校先の学校では一言もしゃべらずに下校するのが常だ。帰宅すれば、自室のベッドの上に転がり、スマートフォンでSNSを巡回する。あの女や女の関係者のアカウントを監視するという、いわゆるネットストーカー行為は続いていた。
もちろん寝食を忘れてネットストーカーをしているほどに、没頭しているわけではない。きちんと一日三食用意して食べていたし、トイレにも風呂にも行くし、ひとり暮らしだから掃除や洗濯といった家事だってしていた。もちろん出された課題もこなして学校へ行く。
けれども、私の生活が健全だとは、私にすら言い切れないことだった。
時間が余るとどうしても「にいさん」や、女のことを思い出してしまうから、私はスマートフォンを手にSNSを巡回する。特段有益でもない、文字の羅列や取るに足らない動画を目にして、己の中にある悲しみや怒りを慰める。
――「にいさん」がもし……死んだら、私も。
そんなことを考える。恐ろしくおぞましい考えだと自分でも理解していながら、意識に余白が生まれると、その言葉が浮かんでくる。
その言葉をかき消したくて、私はスマートフォンの液晶に映るSNSの流れに目をやる。
その日、タイムラインに流れてきたのはある漫画をお勧めする投稿だった。
私は機械的にサムネイルをタップして、なにかに期待することもなく漫画に目を通した。
その漫画に登場するとあるキャラクターが――なんとなく「にいさん」に似ている、と思った。
二次元と三次元というのもあったし、当たり前だが、似顔絵のようにそのキャラクターの顔の造作が「にいさん」に似ているわけではなかった。
ただ、少しだけではあったものの、触れたキャラクター造形や、セリフ回しから感じられる雰囲気。そういったものが「にいさん」に似ている、と感じたのだ。
漫画を読み進めていくと、そのキャラクターの過去も、どことなく「にいさん」と共通点があった。
孤独な「にいさん」。けれど、私には優しかった。
……ただ、漫画でのそのキャラクターの役回りは、どうやら主人公の敵対者のようである。当初からライバルのような雰囲気がありつつも、最新話では明確に主人公とは敵対している。
――果たして、このキャラクターにハッピーエンドはあり得るのだろうか?
私はそれが気にかかり、以降、その漫画の更新を追うようになった。




