第百十九話
「やったー! 先制点ですよ!」
星川が喜んで声を上げる。
飛んできたボールをファーストが捕球する頃には九衞が塁に立っていた。
同様に紫崎も三塁で止まる。
「四番、レフト―――錦君―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
ビクッとする戸枝。
一瞬とは言え、威圧感が彼を襲った。
圧の正体は錦だった。
そのまま右打席に錦が入る。
戸枝がファーストからボールを受け取る。
座っている古川が中野監督に顔を向ける。
「監督、戸枝君のコースに低めの球があまりありません。変化球で下に落ちるようにしているようですが、ストレートで低いコースには投げれないと思います」
スコアブックを書き終えて、進言する。
中野監督は錦にサインを送りながら、話す。
「そうか―――やはり投げないコースがあるようだな。一回戦は中継ぎで終わった投手でデータ不足だったが、今のうちに叩けるだけ叩いておくか」
遠くで錦が確認をしたという仕草をする。
「―――プレイ!」
審判が宣言する。
錦がバットをゆっくりと構える。
捕手がサインを出す。
戸枝が唾を飲みんで頷く。
セットポジションで投球モーションに入る。
指先からボールが離れる。
外角やや低めにボールが飛ぶ。
錦がやや遅れてスイングする。
そのボールが打者手前で変化する。
左に曲がりながら落ちていく。
(タイミングが遅いようだな。初見で外角低めのシンカーだ。打てるわけがない)
戸枝が安堵の息を漏らす直前―――。
ボールがバットの芯に当たる。
「―――嘘っ!」
戸枝が声を漏らす。
カキンッと言う金属音が鳴り響く。
そのままセンター上空にボールが高く飛ぶ。
ボールを追っていたセンターが諦めて、取りに行くのを中断する。
「ジーニアス。ナイスバッテイングネ」
センターのジェイクが錦を遠くからジッと見る。
ボールは観客席を越えた場外に飛ぶ。
それは紛れもないホームランだった。
観客が騒ぎ立てる。
周りのランナーがゆっくりとランニングする。
唖然とする戸枝が飛んで行ったボールの方向を見つめる。
「初球でしかも難しいコースで相手にとっては俺のシンカーは初見だぞ? 普通ならゴロ球だ。これが兵庫不遇の天才―――錦か……バケモンがっ……」
ホームベースに次々とランナーが帰還する。
大森高校はこの回で合計で四点入る。
「さて、僕もこの回で追加点を取らなきゃいけないですね」
ネクストバッターサークルの星川が打席に移動する。
星川が帰って来た紫崎と九衞、そして錦とハイタッチする。
「五番―――ファースト、星川君―――」
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
錦の得体の知れない強さと怖さに戸枝は怯えていた。
灰田がネクストバッターサークルにバットを持って座る。
審判が捕手に新しいボールを渡す。
「戸枝―――次だ、次」
捕手が戸枝を呼んで、ボールを返球する。
戸枝がボールをキャッチする。
そして西晋高校の捕手は戸枝の異常に気付かずにミットを構える。
星川が左打席に立つ。
戸枝が深呼吸する。
(こっから先は点はそうそう取れないはずだ。上位打線が異常だったんだ。この左打者を仕留めてアウトカウントを取りに行くか―――)
戸枝がマウンドに置かれているロージンバッグを使う。




