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「あの日から、坂本さんに避けられてたの分かってます。また失敗しちゃった」
北条さんが苦笑する。
「だんだん、つらくなってきて…それで辞めようって。坂本さんの近くに居なければ…こんな気持ちにもならないかな…なんて」
北条さん…。
それから私たちは、お互いに何も言わず黙っていた。
私は北条さんを見つめて、彼女はテーブルの上のコーヒーカップを見てる。
どのくらい時間が経ったのか。
ほんの一瞬にも思えるし、永遠にも思えた。
「迷ったけれど、坂本さんに自分の気持ちを伝えられて良かったです」
北条さんが支払いのレシートを手に取って、立ち上がった。
「私は近いうちに辞めます。坂本さんは、いつも通りにしててください。迷惑はかけませんから」
北条さんがレジに向かって歩きだす。
私の横を通り過ぎる。
頭の中で、この1年の北条さんとの思い出が、一瞬のうちに流れた。
初めて逢ったときから、ずっと北条さんが気になってた。
学生時代に憧れていたキラキラ女子の究極形みたいな彼女。
でも、完璧だと思ってた北条さんも私と同じように、いろんなことで悩んでいた。
当たり前だけど、彼女も普通の人間なんだ。
血が通った、生身の1人の女性。
気がつくと私は右手で、北条さんの右手を掴んでいた。
「え!?」
北条さんが私を見る。
座った私と、立っている彼女の顔の距離は、すごく離れてる。
「北条さん」
「は、はい」
「一方的に言いたいこと言って」
「………」
「ズルくない?」
「あ、その…」
「北条さんは辞める必要ないよ」
「え!?」
「北条さんに告白されて」
「………」
「私も大事なことに気づいた」
「坂本さん」
給湯室で、煮物メインのお弁当を食べていると、純ちゃんがコンビニ袋を持って、やって来た。
暗い顔だ。
「どした?」
「最近、直哉が冷たくなってきて…怪しいんです」
「怪しい?」
「浮気ですよ、浮気!」
「ええ!? 本当に!?」
「まだ分かりません。でも、そんな気がします! 女の勘です!」
「そ、そうなんだ…大変だね」
「はい。とりあえず泳がせてから、尻尾を掴んで締め上げてやろうと思います」
純ちゃんがニヤッと笑う。
何故、わざわざ泳がせる!?
「わあ!」
純ちゃんが私のお弁当を見る。
「またまた、美味しそうですね! いいなー」
隣に座った純ちゃんの口に、人参の煮物を放り込んであげようとしたところで、給湯室のドアが開いた。
「ども」
北条さんが入ってくる。
彼女の右眉が、ぴくっと上がったのが見えた。
私は人参の煮物を純ちゃんの口には入れず、自分で食べた。
「ええー!? 何でくれないんですか!? 坂本さんのイジワル!!」
「オホホ」
私は貴族みたいに笑った。
北条さんが私の前に座る。
「あー! 北条さんもお弁当、作ってきたの!?」
純ちゃんが声を上げる。
「うん」
北条さんが口の片端を上げて、クールに笑いながら、小さめのお弁当箱を開けた。
「わ!!」
純ちゃんが驚く。
「煮物がいっぱいだ!!」
首を傾げる。
「あれ? 坂本さんのお弁当のおかずと似てますね? もしかして、煮物が流行ってるのかなー?」
私は限界だった。
「アハハハ!!」
大声で笑う。
北条さんも爆笑してる。
「ええー!? 何ですか、2人で笑って!! 何だかズルいですよー!!」
純ちゃんが頬を膨らませた。
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)
大感謝ですm(__)m