第百二十四話
扉をそっと閉め、足早に近づいてきたヒイロは汗ばんでいた。ラキにも勘づかれていた通り走り込んでいたようだが、疲れている様子はない。
遅れて顔を見せたアイカも安堵の表情を浮かべていた。
「具合はどうだ? クオンに聞こうにも反応がなくて心配で……」
「まだ少しだるい感じは残っているけれど、魔力が回復すれば治るだろうから大丈夫よ。クオンも私の魔力を回復させるために眠ってるんだと思うわ」
「あの後アマネさんも倒れたって聞いて、眩暈がしましたのよ。でも、アイまで倒れてるわけにはいきませんから……」
「心配させてごめんなさい。アイカたちは大丈夫なの? それにウタやミラたちは……」
灰の影響を強く受けたウタや、同じく魔力を使い果たして倒れたミラ、重傷を負っていたゼンの姿が見当たらず、不安に駆られる。
「先生なら隣でまだ眠っていらっしゃいますわ。魔力が回復次第目覚めるだろうと」
アイカが投げた視線を追えば、ベッドはカーテンで仕切られ見えないようになっていた。微かにミラの魔力を感じる。確かに隣で眠っているようだ。
「ウタは今、診断してもらってる。終わったらすぐこっちに来るってよ。前以上に元気になってる気がするぜ……」
少し呆れている様子から、前以上の元気という言葉が気になった。しかしすぐ来るということだから、待っていれば駆け込んできそうだ。
「ユカリさんが運ばれたゼンさんですけれども、今も予断が許されない状況だそうですわ。重傷な上に、かなり衰弱していると……あの方は……フウと同じなんですの?」
恐る恐る確認するように口に出された言葉に、アマネはどう返したらいいか分からなくなった。
(嘘は、つきたくない。でもそうだと言ったら、アイカは怒るかしら)
脳裏によぎったのは、炎に包まれ灰と化したフウのことだ。同じ七つの大罪で倒れたというのに、ゼンは灰になっていない。いや、いつ灰になってもおかしくないが、ゼンが助けられるのならフウも助けられたのではないかと、過ぎた可能性を求めてしまうかもしれない。
「アマネさん、気遣いはいらなくってよ」
迷っているのを見透かされ、アマネは真っ直ぐな瞳に向かって返答する。
「ゼンさんも、七つの大罪の一人よ」
「……そうでしたの。では目覚めてもらわねば困りますわね」
「え」
「えって、アイがどう反応すると思ったのか知りませんけれど、生きているのなら情報を聞き出せますわ。友人や街を酷い目に合わせたお返しをしないと気が済みませんもの!」
「そ、そう……そうよね」
前向きな怒りという変な言葉が浮かんだが、今はこれがしっくりきた。
(とりあえず、誰も死んでいなくてよかった……)
街全体という大騒動だったというのに誰も失うことはなかった。それが確認できてアマネはようやく肩の力が抜けた気がした。
「ラキ」
呼ばれたラキを含め、全員がヒイロに注目する。
「俺は、アマネを譲るつもりはないから」
唐突で誰もが予想だにしなかった発言により、室内が静まり返る。
ラキは軽く目を見開き、彼の横にいたアイカは驚き顔を真っ赤にしてわなないている。
「ひ、ヒイロくん!? ななななにを突然……っ」
「それを今言うさね……?」
遅れて言葉の意味を理解できたアマネは、一瞬で頬が熱くなった。
「あら、よかったわねアマネさん。おめでたいわぁ」
横から飛んできた言葉に振り替えると、カーテンを押しのけてミラがひらひらと手を振っていた。この騒ぎで起きたのだろう。頬がこけていてまだまだ休養が必要なのが見て取れるが、わざわざちょっかいかけてくる必要はなかったはずだ。
「あんたは寝てなさいよ! それにっ、私は物じゃないわよ……っ!」
「え、あ、いや、そういうつもりじゃ」
「じゃあどういうつもり……」
「まぁミラ先生! 無理をしてはいけませんわ」
「ふふ、こんなに賑やかじゃ、そわそわして寝てられないわよー」
「いい! やっぱり言わなくていいわ。忘れて!」
「うっるっさーい! ここどこだと思ってんの!」
収拾がつかなくなっていた病室は、遅れてやってきたウタの怒号により沈静化する。
そして外ではいつものように青空が覗き、塀の上を猫が優雅に渡り歩いていた。
第三章はこれで完結となります。
ありがとうございました。
第四章及び番外編の更新はまた活動報告にてお知らせします。




