エピローグ
地上は、目もくらむような白銀の吹雪と、けたたましい赤色灯の群れに包まれていた。
『地下800メートルから生還! 死線を越えた奇跡の生存者たち!』
フラッシュの明滅とマイクを突き出す記者たちのざわめきが、猛吹雪のなかで乱れ飛んでいる。
世間は早くもこの事故を美談として消費し、「奇跡のヒーロー」を探して騒ぎ立てていた。
しかし当の桐生は、その喧騒を避けるように大型レスキュー車の影へと身を潜めていた。
毛布を深く被り、包帯にぐるぐる巻きにされた両手で、紙コップのスープをしっかりと握りしめる。
一口啜ると、優しい温かさが乾いた喉の奥へと染み渡っていった。
(……あの暗号、まったく笑わせるぜ)
設計したという前任者は、この状況をどこまで見越していたのか。桐生は自嘲気味に息を吐き出した。
「……桐生」
振り返ると、担架に乗せられた佐伯がまさに運ばれていくところだった。
酸素マスクを外した佐伯は、どこか遠い目で桐生を見つめていた。
「あの脱出ポッドは、途中で大破したそうだ。……データだけは取り出せたようだが」
桐生は言葉を返さず、ただフッと短く鼻で笑って、視線を戻した。
「……お兄ちゃん」
吹雪を突いて、小さな声が響いた。
顔を上げると、ミナがトコトコと歩み寄り、桐生の前にちょこんとしゃがみ込んだ。
ふと視線を向ければ、救急車へと向かう両親が車椅子からこちらに向かって、深く頭を下げていた。桐生はわずかに手を挙げて応える。
ミナは寒そうに小さな肩を震わせながらも、くしゃりと顔をほころばせていた。
「お兄ちゃん、ありがとう。お父さんとお母さんを助けてくれて。……お兄ちゃんは、やっぱりヒーローなんだね」
「……」
奥の崩落区画に巻き込まれていたミナの母親をはじめとする人々も、奇跡的に無事だった。あちらはあちらで、生還に至るまでにさまざまなドラマがあったことだろう。
桐生はスープを横に置くと、わざと不敵で悪ぶった笑みを浮かべた。
「勘違いするなよ」
声は、吹雪の音にかき消されそうなほど低く、乾いていた。
「俺は誰かを救いたくてあんなことをしたんじゃない。……ただの、見栄っぱりな『エゴイスト』さ」
ミナはぽかんと目を丸くし、難しそうな言葉に首をかしげた。だがすぐに、気にした風もなくクスクスと笑った。
「えごいすと……はよく分からないけど、お兄ちゃんがお父さんとお母さんを助けてくれたのは本当だもん」
その無垢な返答に、桐生は気まずそうに苦笑し、ガシガシと雑な手つきでミナの頭をなで回した。
「じゃあな、ガキ。二度とこんな地下に落ちてくんなよ」
「お父さんもお母さんもいる最高の場所だよ。だから、少しだけ大きくなったらまた来るね。……それにもし何かあっても、お兄ちゃんがみんなを救ってくれるもん」
ミナはそう言って、救急車へと駆け出していった。乗り込む直前、手を振り小さな声で「バイバイ」と口を動かした。
赤色灯が、吹雪の彼方へと消えていく。
「おい! そこの君! 現場にいた生存者か!? 何が起きたのか教えてくれ!」
報道陣のカメラと人だかりが、桐生めがけて押し寄せてくる。
桐生は反射的に毛布を深くかぶり直し、大型トラックの暗い影へと素早く身を滑り込ませた。
追ってくる喧騒を背に、ふと息をつく。
胸の奥をずっと苛んでいたあの不快な痛みは、いつの間にか消えていた。
粗末な紙コップから伝わるスープの熱と、頬を打つ吹雪の冷たさだけが、確かに自分が生きているという感覚として体に残っていた。




