第六話
「本当に!?」
彼岸の言葉を聞いて、美桜は勢いよく立ち上がり、そう言った。
それはいつもは敬語で、遠慮がちな美桜とは違い、本来の美桜という感じがした。
「・・・ええ」
その美桜のあまりの変わりように、彼岸も驚いているように見えた。
「どうしたの?」
自分が彼岸をそうさせているとは知らずに、美桜は彼岸に近づく。
「先程までと、雰囲気が違っていたので」
彼岸は落ち着きを取り戻したように、ふっと表情を消し美桜を見た。
表情を消しているように見えるが、どこか嬉しそうにしている。
そこには、彼岸と美桜だけの世界が広がっていた。
「あ、本当だ。すみません」
「気にしなくていいよ」
彼岸と美桜の世界に、突然朝菜が侵入してきた。
そのことに、ほんの少しだけ眉を寄せた彼岸を華恋は見逃さなかった。
「私、姉がいるんです。なぜだか分からないんですけれど、彼岸さんが姉のように見えて」
寄せた眉を元に戻し、彼岸は紅茶を飲みながら優しく告げる。
「私のことが、お姉さんに見えるのであれば姉と思っていただいても構いませんよ」
「ありがとうございます。でも、私の姉はただ一人です」
きっぱりと断言した美桜に、どこか寂しげな、だけれど嬉しそうな表情を彼岸はした。
そんな彼岸を華恋は見逃さない。なぜなら、華恋の視界には彼岸しかいないからだ。
「ねぇ、美桜ちゃんのお姉ちゃんってどんな人なの?」
「えっと・・・お姉ちゃんは、私の5個上で23歳です。確か、会社員だったと思います。それで・・・えっと、はい、紅茶を飲むのが好きで、家には何種類もの茶葉が家にありました」
美桜の話している内容に、光太は首を傾げた。
「ねぇ、さっきから『えっと』とか『確か』って言ってるけど、覚えてないの?その人の名前は?」
「いいえ、覚えていますよ。名前、ですよね?澤田・・・えっと、なんでしたっけ?」
美桜のその言葉に彼岸と華恋以外、全員が驚いた。
「おい、もしかして美桜が喧嘩した人ってそのお姉さんじゃねぇのか?」
星一が険しい表情で言った。
「え・・・?だって、だって、私とお姉ちゃんはいつも一緒にいて、喧嘩なんかするような仲じゃないはずです!お姉ちゃんと喧嘩?・・・分からない。私は誰と喧嘩したの!?」
美桜は机をたたき、紅茶をこぼしながら叫んだ。
「美桜ちゃん、落ち着いて」
美桜はまわりが聞こえないのか、絶えず叫び続ける。
「助けて、助けてよ!!お姉ちゃん!!!」
「落ち着いて」
それは、あまりにも突然おきた。
彼岸が美桜の隣へふわっと、天使のように舞い降り、そう声をかけた。
それだけで、美桜は落ち着いていく。
優しくさすっている彼岸の手に合わせ、美桜の呼吸も落ち着き、正気を取り戻していった。
「お姉ちゃん?」
そう首を傾げながら、美桜は見上げるが、そこにいるのは狐の仮面を被った得体のしれぬ女がいるのみ。
「私は、あなたのお姉さんではありませんよ」
「そう、ですよね。私、何を言っているんでしょう。すみません。彼岸さんがお姉ちゃんなわけないですよね。だって、お姉ちゃんはよく笑っていましたから」
悲しく笑いながら美桜は新しく注がれた紅茶を飲む。そしてハッとしたように目を見張ると周りを見渡して言った。
「私、お姉ちゃんのことと死の記憶、思い出しました」