33.微妙に台無しな雰囲気
「マレン、怖いか?」
ハインリヒ様の声に、ふるふる首を横に振る。自分でも不思議だけど、もう本当に怖さはない。
何も言わず、抱き締められたままでいたら、ハインリヒ様の腕の力が弱くなった。
「ハインリヒ様、もうちょっと。もうちょっとだけ、このままで」
そう願ったら、また腕の力が強くなる。
しっかり抱き締められて、私は少し笑った。
私には、ファルター殿下という婚約者がいた。王族との婚約だ。
それがなくなるなんてことは考えもしていなかったから、私は最初から恋だの愛だの、そんなことは考えないようにしていた。
だから、それがどんなものか分からなかった。正直に言えば、今でも本当に分かったのか自信はない。でも、それでもきっと、この気持ちは。
「ハインリヒ様。私、ハインリヒ様の事が好きです」
「……え?」
腕の力が緩んで、驚いた顔が私をのぞき込んでくる。私は、精一杯の笑顔を見せた。
「好きです、ハインリヒ様。あなたのことが、好きなんです」
驚いた顔に、喜色の色が浮かぶ。
と同時に、今までよりもっと強く抱き締められた。
「冗談じゃないよな? 本気にしていいんだよな?」
「当たり前だよ。こんなこと、冗談じゃ言わない」
強い腕の力に幸せを感じながら言い返す。
そうしたら、ますます腕の力が強くなった。
「ハインリヒ様、痛い」
「………………」
文句を言ったら、離してくれた。
ちょっと不満そうな顔だ。
「嬉しくて舞い上がりそうになってた所を、剣で刺された気分だ」
「どういう気分なの、それ」
言い返して、顔を見合わせて、二人で吹き出す。
ひとしきり笑い合って、ふとハインリヒ様の表情が真剣になった。なんだろう、と首を傾げる。
「マレン・メクレンブルク伯爵令嬢、あなたを愛している。俺と婚約して欲しい。そして、いずれは俺の妻になってくれ」
それは、かつて婚約を申し込まれたときに言われた言葉とよく似てた。あの時はただ驚いただけだった。
でも、今は。
「はい、お受け致します」
自分で思っていた以上に、ハインリヒ様の言葉が嬉しかった。声が震えないようにするので精一杯。涙が零れる。
「マレン」
優しい声がして、その指先が私の涙を拭う。
手が私の頬を包んだ。
「………………?」
何だろう?
こうやって他人の頬に手を触れるのは、《状態回復》をかけるときにすることはあるけど、今はその必要はないし、ハインリヒ様はその魔術を使えないはずだ。
疑問に思う私を前に、なぜか顔が赤いハインリヒ様は怯んだように見えたけど、すぐに妙に決意をしたような目になった。
「……目をつぶれ、マレン」
「え?」
何のこと、と思う間もなく、ハインリヒ様のどアップの顔が見えた。唇に、何かが当たっている感触がある。
「…………っ……!」
それが何かが思い当たって、ボワッと一気に顔が熱くなった。反射的に逃げようとするより前に、ハインリヒ様の強い腕にそれを阻止された。
「マレン、目をつぶれ」
もう一度言われて、今度は反射的に目を閉じた。二度目の唇に触れる感触を、心臓をバクバクさせながら何とか受け止めたのだった。




