第九十八章 枯れ木令嬢と敵の正体 2
ドナルドは農薬や肥料を取り扱う商会を新たに作って、詐欺商売を始めた。
安価で効果抜群だという触れ込みで、毒を含んだ肥料や農薬を農家に売り付けたのだ。
そして汚染されて使いものにならなくなって売り出された農地を、仲間で不動産経営者のマット=チャールストンにただ同然に買い取らせたのだ。
ヘイゼスや彼の仲間の黒の精霊使い達は、その手に入れた農地を掘り起こして毒で汚染された草を混ぜ込み、そこに黒の精霊の力を注ぎ込んだ。そしてそれを二年ほど寝かせた。
すると思った通り見かけだけは本物そっくりの、偽『黒の精霊の涙』と偽『黒の精霊の宝石』が出来上がった。
本來ならば、もっと地下の奥深い所で数百年から数千年かけて作るものなのに、それをたった二年で作り上げたのだ。
この実験の成功により、彼らはもっと大規模に地下資源作りをすることにした。
そのためには広大な農地を必要とした。そしてそんな彼らに最初に目を付けられのが、プラント男爵家の農場だったのだ。
怠け者で欲深で浅慮な男爵家の当主を騙すのは簡単だった。緑豊かだった広大な農地はあっという間に色をなくした。
もうすぐこの広い農地を手に入れられるとドナルド達はほくそ笑んだ。
しかしその思惑は外れ、結局彼らはプラント男爵家の土地を手に入れることはできなかった。
何故なら彼らは知らなかったのだ。『緑の手』と『緑の精霊使い』なら、その汚染された土地を浄化することができるということを。
そしてこれまで騙してきた小規模の農園とは違い、大規模農場には、大概『緑の手』の使い手がいることを。
元通りに植物に覆われた農園を見た時、彼らは思った。もう大規模農園に手を出すのはやめようと。そして小規模農園だけにターゲットを絞ったのだった。
ドナルドは父親や仲間とともに詐欺行為をしながらも、娘のシンディーのためにも色々と動いていた。
しかし、娘のためにとしていたことは、全て独りよがりだった。何せ娘の情報はあの悪党、ウッドクライス伯爵家の執事バージルによってもたらされたものだったからだ。
夫のハリスから蔑ろにされ、虐げられているとか、孫のカークが嫡男であるにも関わらず、ろくな教育も受けられず、外で作った愛人の子に後継の座を奪われそうだとか……
ドナルドはバージルの言葉を真に受け、ハリスを許せないと思った。そして孫を後継者にするために、ハリス暗殺の計画を練った。
しかし、ドナルドには西の国の政府を倒すという大望があったので、自ら手を汚すわけにはいかなかった。そのため、マリアとバージルを利用した。
ドナルドはマリアに、母親なら娘のためならなんでもできるよな? そう囁いて、彼女をマット=チャールストンの不動産の店に呼び出した。そして無味無臭の毒薬を手渡し、それをバージルのところへ届けるように指示したのだった。
ところが、その後ドナルドは自分の過ちに気付かされて悶絶した。
確かに憎い娘の夫の暗殺には成功した。しかも病死と判断されたために、自分に嫌疑がかかることはなかった。
しかし、ウッドクライス伯爵家の当主になったのは前当主の弟で、孫ではなかった。
後になって、ウッドクライス伯爵家の当主は国王が決めるもので、必ずしも嫡男が相続するものではないことを知った。
しかも孫のカークには相続するための能力がないので、今後後継者に選ばれることは絶対にないというのだ。
新しい当主が誕生したことで、娘と孫は伯爵家の単なる居候になってしまった。
バージルは娘を義弟と再婚させればいいと言っていた。ところが、その義弟には事実上の妻子がいるということで、娘との再婚など絶対にあり得ないと突っぱねられたという。
バージルはその義弟の妻子を追い払ったようだが、それでも当主は娘を娶ることはなかった。
娘のために良かれと思ってやったことは、娘を伯爵夫人から元伯爵夫人、ただの居候に落としただけだった。
そしてそれから十年後、娘は夫殺しと当主の娘に対する虐待罪で、愛人の執事とともに逮捕された。
孫はすぐに釈放されたが、平民に落とされた。そして、自分が母と執事の間に生まれた不義の子だと知らされたのだ。
しかも実の父親は育ての父親を殺した殺人者。
祖父は、西の国出身の詐欺師で、殺人教唆の犯罪者。
曽祖父は西の国から指名手配されている、反政府組織のメンバーの『黒の精霊使い』……だと。
これまで西の国やグリーンウッド王国の追手から上手く逃げ通してきたドナルドだったが、最愛の娘が無実の罪で捕まったことに理性をなくした。
シンディーは夫を殺してなどいない。実行犯はあの執事で、それを指示したのは自分だ。
ドナルドは父親が止めるのも聞かずに、娘と孫を救おうと動いたところで、特殊部隊に捕まった。
そして彼だけでなく、この国で暗躍していた主要な人物達のほとんどが特殊部隊の手に落ちた。
ドナルドにとっての最愛が娘と孫ならば、ヘイゼスの最愛は息子と孫娘とひ孫だ。
しかし、四十年もかけて活動してきた政府討伐の悲願を、ここまで来て簡単に諦めるわけにはいかない。
彼は一度西の国に戻ると最後の指示を仲間に伝え、仕掛けをすると、再びグリーンウッド王国へ引き返した。
すると、息子達の裁判は既に終わり、その判決の詳細が、国中の高札に貼り付けられていた。
それを見て、なんと息子や孫を含めた罪人が、王都の中を引き回されることを知った。
自分の命よりも大切な息子と孫娘が、まるで見世物のように市中を引き回されるなんて絶対に許せない。
どんなことをしても止めさせてやる。そうヘイゼスは心に誓ったのだった。
『黒の精霊使い』であるヘイゼス=シュナウザーが反社会活動を始めてから既に四十年が経っています。時間がかかり過ぎると思う人も多いでしょう。
しかし『黒の精霊使い』全員が国に反旗を翻しているわけではないので、そう簡単にクーデターは起こせませんでした。
そのため、ヘイゼス達はジワジワと兵糧攻めで国を弱体化させていく作戦をとりました。
実際、西の国は偽ブランド商品のせいだけでなく、その対応のまずさで他国からの信用がなくなり、輸出ができなくなったのです。
そのせいで、政府は国民の暮らしを守るために裏取引きをせざるを得なくなり、ますます国としての信用を落とし、今では崩壊寸前に陥っています。
読んで下さってありがとうございました!




