第九十七章 枯れ木令嬢と敵の正体
総じて精霊使いは長命であり、ある一定の年齢になると、あまり外見が変わることはない。
もっともそれは精霊との相性がかなり良い場合に限るのだが。
精霊は一旦誰かの使い手になると、その使い手と別れることはない。しかし当然その相手を見限ることはある。そうなれば、精霊達が彼らの声を聞くことはない。
それ故に普通の人間と同じように年相応に老化していく。
使い手側も長命になると、絶えず愛する者や親しい者達の死を見続けることになる。その孤独に耐えられなくなって、使い手自身が精霊を拒絶する事もある。
その場合精霊達は使い手の意思を尊重する。彼らとてそんな人間とはサッサと縁を切り、新しい使い手を見つけた方が都合がいいからである。
ヘイゼスは若いうちに妻を亡くしていた。仕事に追われ、妻が病気になっていたことにも気付けなかったのだ。
彼は妻を心から愛していた。だから再婚はせずに、一粒種の息子のドナルドを男手一つで育てた。
この息子だけは失いたくないと、彼は仕事をセーブした。
しかしそれでも、決して仕事をいい加減にしていたわけではなかった。そう、人並みの仕事はきちんとこなしていたのだ。
それなのに国は彼に無能の烙印を押し、精霊使いである彼のプライドを粉々にした。
そもそも西の国は黒の精霊の恵みを受けているからこそ暮らせているのに、その恵みを当然のように享受し、精霊や精霊の使い手に対する感謝と尊敬の念を失念するようになっていたのだ。
そのことでヘイゼスは長いこと恨みや憎しみを抱いていた。しかし、国家に逆らうつもりまではなかったのだ。
ところが、国の無作為な地下資源対策に注意喚起したヘイゼスに、国は今まで以上の嫌がらせをしてきた。そしてそれは息子にまで及んだ。そこでついにヘイゼスの堪忍袋の緒が切れた。
彼は同じ不平不満を抱く仲間達と共に反政府主義を唱え、地下に潜って活動を始めたのだ。
そしてそれと同時に、息子を仲間の家族と共にひっそりと国外に脱出させた。そう。膨大な地下資源と共に。
やがて息子や仲間達の子弟はその潤沢な資金を元手にして他国で商売を始めて成功し、各国で自国出身の仲間を増やし、勢力を伸ばしていった。
西の国の上層部は本当に愚かだった。黒の精霊使いがいなければ、地下資源を産み出すことも調節することもできないというのに。
国は無計画に採掘しては鉱山を次々廃坑に追い込んでしまい、新たな鉱山を発掘しなければならなくなった。しかし、黒の精霊使い達が言うことを聞かなくなったために、簡単に新しい鉱山を見つけることができなくなった。
そう、ハーディスがジュリアの状況をロマンドからの手紙で初めて知り、その怒りを爆発させてあの油田を掘り当てるまで、四十年近くろくな鉱山を掘り当ててはいなかったのだ。
そのために西の国では輸出品の値段を釣り上げざるを得なかった。何と言っても地下資源の採掘量が激減したのだから。
ところが今から十年くらい前から、各国から西の国の資源は必要ないと言われ、輸出することができなくなった。
破格の値段で地下資源を卸す闇の商人が現れたからだ。
西の国の専門家が調査してみると、それは偽物とまでは言えなかったが、どれもかなり性能の低い粗悪品であった。
西の国は他国と共に不買の啓蒙活動を推し進めようとした。しかし、馬鹿高い値段の正規品に辟易としていた他国民は、たとえ性能が劣化していようと、安い商品を欲しがった。それは当然のことだったろう。
それ故にどんなに規制しても、その不正規の品は闇市で堂々と取引きされ、その密売人や購入者が国から摘発されることはなかった。
***
反政府主義のリーダーであるヘイゼス=シュナウザーの息子のドナルドは、ドナルド=ジーザスと名乗り、仲間達と共に隣国のグリーンウッド国へ移り住んだ。
そして父に持たされた一流品の宝石を売り捌いて資金を作り、西の国の商品を取り扱う商会を立ち上げた。
彼には商売の才能があったらしく、あっという間に商売に成功して、その取り引き先を広げていった。
しかしまだ若く信頼されにくいということで、一番の年長者に代表になってもらっていた。
そんなある日、彼は商売の取引相手の娘と恋に落ちた。その娘の名前はマリア。子爵令嬢でとても華やかで勝気な令嬢だった。
「僕はこの国の人間ではないし、貴族の息子でもない。そして貴女より年下です。それでもいいのですか?」
「それのどこが問題なの? 恋愛をするのに国も身分も関係ないわ。まして年なんて」
マリアはそう言った。そして年下のドナルドを振り回していた。母を病気で早くに亡くしていた彼は、無意識下に女性は強くなければ子供を幸せにできないのと思い込んでいた。
だから強いマリアに惹かれたのかもしれない。
しかし彼の初恋はたった一年、いや実際には十か月で終わった。
ドナルドは商売をしつつも父親の反社会活動にも協力していた。そのために二か月ほど西の国の父の元へ行っていた。そして帰国してみると、なんとマリアは結婚していた。
相手は名門侯爵で、彼女はその後妻になっていたのだ。
年もかなり離れているし、相手は子持ちだ。政略で無理矢理に結婚させられたのだとドナルドは思った。
だからなんとかマリアは取り戻そうと、その侯爵家を色々探ってみた。
すると、この結婚は政略でもなんでもなく、むしろマリアの方が高位貴族の妻になりたくて、子供ができたから責任を取れとゴリ押しした結果だということがわかった。
マリアにとって恋愛をするのに国も身分も年も関係なかった。しかし、それは単なる遊びだったからであり、結婚相手には身分や地位が必要だったというわけだ。
マリアは純粋な少年の心を弄んだのだ。そしてその後彼女は彼による恐ろしい報復を受けることになったのだ。
彼女は知らなかったのだ。シュナウザーの一族の執念を。一度愛した相手のことは、たとえ相手が死のうが別れていようが関係なく思い続けるという執拗さを。
ドナルドは母国だけでなく、グリーンウッド王国にも恨みを抱いた。マリア一人のせいで。
そして絶対に母国同様に滅ぼしてやると、心に暗い炎を灯した。
しかし『黒の精霊使い』の父親とは違って、ただの商人である自分では、大きな力とは対抗できないとドナルドは考えた。
そこでドナルドは商売を広げるために各地を周りながらも、仲間で不動産屋をしているマット=チャールストンの指導を受け、体を鍛え続けた。いつしか自分自身の力で復讐を遂げられるようになりたいと。
そう。マットは西の国出身の暗殺者だったのだ。
***
そしてそれから四半世紀後、偶然だったのか必然だったのか、ドナルドは見つけてしまったのだ。彼の最愛を……
容姿は彼が唯一愛した女に瓜二つだった。彼女が通りの店先に飾られた花に触れた瞬間、その花が萎れたのを目にして確信した。
彼女は植物を枯らす『赤い手』の持ち主だ。つまり西の国の血を引く自分の娘だと。そして彼女が連れている幼い男の子は自分の孫だと。
ドナルドはすぐに娘と孫の後を追った。そして、彼女がウッドクライス伯爵家に入るのを確認した。
彼はその伯爵家の中に密かに侵入しようとしたが、結界が張ってあったのでそれは不可能だった。公爵侯爵家なら屋敷全体に結界を貼っていても不思議ではない。しかし、高位貴族でも伯爵家でここまですることは通常ない。
おそらくこの家はこの国にとって何か重要な役割を果たしているのだと確信した。
ドナルドはマリアの嫁ぎ先のヘンドリクス侯爵家と、ウッドクライス伯爵家について調べようとした。しかし、どちらもガードが厳しかったので、屋敷内の者から聞き出すことは無理そうだった。
そこでドナルドは、ヘンドリクス侯爵家のマリアと、ウッドクライス伯爵家のバージル=ハントを利用することにした。
最初のうちマリアは、自分がした仕打ちなどすっかり忘れて、再会を喜んでいた。
彼女は結婚して娘を産んだが、夫である侯爵とは仮面夫婦だった。
それ故に、まだ四十代前半で若々しく格好のいいドナルドに再び夢中になった。それが破滅への扉であることにも気付かずに。
ドナルドの愛情はさすがにマリアにはなく、娘のシンディーにだけ向けられた。
その娘を守るため、それから父親の反政府運動に協力するために、ドナルドはマリアやバージルを自由に動かせる駒として利用した。秘密をばらすと脅して。
そしてそんな頃ドナルドは、父親であるヘイゼスから、ある頼み事をされた。
グリーンウッド王国で紛い物の地下資源を作りたいから、広大な農地を入手してもらえないかと。
それは反政府組織の活動資金を作るため、そして西の国の国際的信用をなくすためだった。
しかし、この国で広大な農地を手に入れることはかなり難しいことだった。
というのも、許可のない森林伐採は禁じられていたので、広大な農耕地がこれ以上増える可能性は低かったからだ。その上、休耕地もほとんど存在しなかったのだ。
そこで彼らは、それを手に入れるために非合法な手段を取ることにしたのだった。
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