第九十六章 枯れ木令嬢と精霊達の伝言レース
ロマンドが一時帰宅してから五日後、ジュリアはあの真っ赤な薔薇から、彼女の心配事が一つ解消されたことを知らされた。
ジュリアから伝言を頼まれたスパティがそれをパキランへ伝えて、彼がまたそれをロマンドと妖精王フィラムへ……
そしてパキランからジュリアからの伝言を聞いたロマンドが特殊部隊の仲間へ、精霊使い達が強く望みさえすれば、各々のパートナーである精霊達と会話ができることを教えたのだ。
そしてみんながそれを直ぐ様実行してみた結果、全員がまだ片言ながらも精霊達と会話ができることがわかった。
しかも、姿を見せて欲しいと願えば、皆パートナーだけにはその姿を見せたのだ。
あまりに簡単に自分達の精霊と話ができるようになったことに、彼らは皆脱力した。一体今まで自分は何をしていたのだろうと。
しかし、そんなに落ち込んでいる場合ではないでしょ、とロマンドに発破をかけられて、先輩達はハッと我に返った。
彼らは思い思いに、自分の言葉で精霊に懇願した。
自分達が精霊使いであること、国の命令で正体を明かすことができなかったこと、決して妻を信用していなかったわけではなかったこと、それを妻達に伝えて欲しいと。
そして今は国の最重要任務に就いているのでまだ帰れないが、それが終了したらきちんと説明する。そして今度こそゆっくりできるから、それまで待っていて欲しいと。
精霊達は皆自分のパートナーからの願いを受け入れて、彼らの愛する人達の元へすぐに飛んで行ったという。
もちろん、会話がまだ苦手な精霊には、別の精霊がサポートに付いてくれたので、家族にはきちんと内容が伝わったようだ。
精霊達の姿は見えなくても、やはりスパティの言った通り、パートナー達にも精霊を感じることができたからだ。
たとえ夫達が誠心誠意手紙に文字を綴っていたとしても、夫の不審な言動にずっと悩んでいたであろう奥方達に、それが本当に届いたかどうかわからない。
しかし、たどたどしい言葉で必死に語りかけてくる、そんな精霊達の真摯な気持ちは、彼女達の心身に直接響いたのだろう。だからこそ彼女達は、素直にそれを信じられたのかもしれない。
多忙過ぎる夫の行動の理由を知って、浮気とか悪い遊びを疑っていたという妻達は、このことでとりあえず一安心したという。
それと同時に王家や国に対する不満の気持ちが大きくなったようだ。
「特殊部隊の先輩方や奥様方にとても感謝されたよ。ジュリアにくれぐれもよろしくって言われた。
おかげで離縁せずにすんだって」
「まあ!」
「冗談抜きで離縁や破談寸前のところまでいっていた先輩達もいたみたいなんだ。
夫が国家や自分達家族のために不眠不休で働いていたと知って、疑って申し訳ないと泣いたご夫人も多かったらしい。
ジュリアが精霊様達にメッセンジャーをお願いしてくれたおかげだね」
「スパティ様やパキラン様、フィラム様のおかげですわ。
落ち着いたら、特殊部隊のご家族と精霊様達、皆で交流会を開きたいですね」
ジュリアの提案に、それはいいねと言った後、ロマンドは急に硬い口調になって、こう確認した。
「ジュリア、本当に明後日決行するんだね? 止めてくれと僕や閣下が頼んでも……」
「ええ。私やラーメ様だけでなく、きっと特殊部隊の奥様達もお子様達も、もう待つのは限界だと思うので。
みんな愛する人に早く戻ってきて欲しいと思っているはずです。
それに襲われるのを恐れて、ずっと普通の生活が送れないなんてわたしにはもう我慢できません。あのウッドクライス家からようやく逃れられたというのに。
この現状を打破するためにはこちらから動くしか方法がないのなら動くまでです。もっともこちらが撒いた餌に、あちらが食い付いてくるかどうかはわかりませんが」
ジュリアはここで一旦言葉を切ってから、少し笑いを含んだ声でこう続けた。
「それに、私が今止めようと思っても無理だと思うのです。とにかく三人の母が、『黒の精霊使い』達に酷く憤っていて」
ウッドクライス家と『黒の精霊使い』関連の詐欺事件については、ずっと極秘案件だったのだが、七日前にその裁判の判決が下り、多少いざこざがあったものの、通常通りに公になった。
その詳細が、王都及び地方に至るまで官報として通達され、役所はそれらを役所前の高札に貼り付けて、民の目に触れるようにしたのだ。
各地で起きていたあの農地汚染事件が西の国のお尋ね者による犯罪だったと知って、人々は怒り心頭になった。
あの事件で困ったのは農家だけでなかった。その流通関係者、そして一般の人々だって食料の値段が跳ね上がって生活が困窮したのだから。
そして人々はこう憤った。
「『黒の精霊使い』とその仲間達が自分達の国で、まがい物の宝石などを作って各国に売り捌いていたらしいぞ。なんだかまるで俺達まで詐欺師の片棒を担いだみたいじゃねぇか。ふざけんなよ」
その上、
「自分達の国を影で守ってくれていたという特殊部隊の隊員達が、犯人逮捕に躍起になっていたのに、西の国から来た移民達は協力しなかったそうだぜ。
ただでさえ国王にこき使われて疲弊していた彼らは、さらに忙しくなってろくに家に帰れなくなって家庭崩壊になって、隊員達は次々と辞めてしまったらしい。
そのせいで、この国の平和は風前の灯火らしいぞ」
という噂があっという間に世間に広まったのだ。
すると、真実を知らされていなかった下位貴族や国民達の間に、王家と共に西の国出身者への憎悪の感情が強まり、彼らへの排斥運動が起き始めた。
その結果、西の国出身者が宿屋や借家から追い払われた。そして怪しい動きをした者達は皆、警ら達に身柄を確保された。
本来人種による排他的行為はすべきではない。しかし同胞に対する思い入れの強い西の国の出身者達は、これまで捜査に非常に非協力的だった。というか、むしろ妨害していたといえるだろう。
詐欺師の中に西の国の人間が多数含まれていることは、当初から分かっていた。それなのにこれまで奴らを捕まえることができなかったのは、彼らが庇っていたからなのだ。
そんな者達に同情する必要はなかった。
こうして多くの西の国出身者が、犯罪協力者として逮捕されることになった。
そしてその流れで西の国から指名手配されていた黒の精霊使い達も、ついにアジトから引き摺り出されて特殊部隊と戦闘を繰り広げた結果、そのほとんどが敗れて逮捕された。
しかし、捕縛されそうになった瞬間に、一人だけその手から逃れ、再び姿を消した者がいた。
その男の名はヘイゼス=シュナウザー。
十八のひ孫カークがいるくらいなのだから、かなりの老人と思いきや、まだ七十前だった。
そしてその見た目、いや実際の体力はまだ壮年の域に入っていると思えるほど若々しかった。
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