#21 混血の魔獣
「見つけたぞフレイマー・ボーン……ヴーレヘ王城で受けたこの屈辱、今ここで!」
マルダは自騎たる一角獣型唯血巨人の中で、操縦桿を軋みを上げるほどに握りしめる。
その目の先には、今ボーン支団を率いて突撃をかましてくるフレイマーの騎体があった。
「し、支団長!」
「あれは……恐らく占領した国々から騎体を接収して寄せ集めて、盾にするための部隊を編成したんだ!」
マルダ騎をはじめとする唯血巨人群に、フレイマーは歯軋りする。
「ひ、卑怯者め!」
「ああその通りさ……盾の部隊の中央を突破したい所だが無理だね! 総員散開、各個に戦闘開始!」
「は、了解!!」
フレイマーは、その蛇獣人型自騎よりボーン支団全体に叫ぶ。
「ふん、まんまと散開して来たか! こちらも総員散開、各個撃破だ!」
「命令するな!」
指揮官気取りで指示を出すマルダだが。
フレイマーの言った通り所詮は寄せ集めて盾にするための部隊に、指揮系統はなく。
言われるまでもなく曰く人盾部隊は、ボーン支団を迎撃する。
「再び相見えたな、フレイマー・ボーン!」
「くっ、どこから!? ……! この声……アドンのマルダ王子ですか?」
しかしアドン=ヴーレヘ戦争時にヴーレヘ領内へ侵入した時と同じく、改血機による隠密能力が付加された自騎たる唯血巨人により。
マルダはいつの間にやらフレイマー騎に、肉薄していた。
「ああ……覚えてくださっていたとは光栄だよ雇われ傭兵団長! かじった鼠はかじられた壁を忘れるとはよく言ったものだが……どうやら貴様は覚えていてくれる鼠だったようだな!」
マルダは怒りもあるが、むしろ昂揚した気分でフレイマーに叫ぶ。
「鼠とは中々の言い方ですね……元はといえば、あなたが先に齧って来たんでしょうが!」
「くっ! ふん……こうして唯血巨人同士で貴様とぶつかり合うのは初めてだな!」
マルダ騎とフレイマー騎は、剣を交える。
しかし。
「だが、甘い! この騎体の場合、剣とは手のみに持つものではないぞ!」
「うおっと! なるほど、角ですか!」
マルダ騎は手に持つ剣での鍔迫り合いのさなか、一角獣型頭部の角を振り翳しフレイマー騎を牽制する。
「それだけではないぞ!」
「む! 姿を消す力……一角獣にそんな力はありませんから、それは改血機によるものですね!」
さらに隠密能力により虚をついてくるマルダ騎に、フレイマーは改血機搭載型であると合点する。
「ふっ……なら何だというのだ! これで我が雪辱が果たせるぞ雇われ傭兵団長! その屈辱を私が受けたこのヴーレヘ王国、まさにここで! 貴様とやり合えるとはなあ、天は私に味方してくださっているようだ!」
「ぐっ!」
マルダは高揚しながら、自騎の姿を度々消しながらフレイマー騎への波状攻撃を仕掛けて行く。
「まったく……分からないんですかあなたは! 今あなたたちは後ろの騎獣遊牧民たちに盾にされている、いいように利用されているだけなんですよ!」
「ふん、知ったことか! そもそも私は小国たるアドンの王子として偉大なる父上より、強き者には付き従い護国を優先するよう教わって来た! だから今もそれだけのことよ……何より! 最大の屈辱の相手がここにいるのだ、これぞ至上の喜びというものよ!」
マルダはフレイマーの言葉に、そう返す。
そして。
「さあて……警戒せねばな! 貴様には斃れる直前のみ全力を発揮できるスキルがある、ならば斃れるまでの差を与えぬよう――苦しまぬよう一瞬で斃してくれよう!」
「ぐっ……」
尚も姿を消した状態で。
マルダ騎は、フレイマー騎に攻撃を仕掛ける。
「さあ、これで止め!」
「……そこですね!」
「な!? 馬鹿な!」
が、マルダ騎がフレイマー騎に止めを刺そうとした刹那。
フレイマー騎は間一髪、マルダ騎の攻撃を受け止める。
「マルダ王子……確かに攻撃は素晴らしいですが、お喋りは禁物です! 声のベクトルで、大体は位置把握ができてしまいますからね!」
「くっ……雇われ傭兵団長お!」
マルダ騎とフレイマー騎は、再び鍔迫り合いとなる。
◆◇
「ふっ……あれが敵の長が乗ってる唯血巨人ガルね! あの盾、案外役に立つガル……」
一方、後衛のウォロル戦士たちは。
ボーン支団と戦う人盾部隊の内、フレイマー騎と戦うマルダ騎に注目していた。
「ふん……今ガルッ!」
「!? く、王子様危ない!」
「な、何をする! ……ぐあっ!」
と、次の瞬間。
マルダ騎の背後より、彼ごとフレイマー騎を貫こうとするキマイラが迫り。
それを阻止しようとフレイマー騎がマルダ騎を押し退けようとし、結果。
「ぐうっ!」
「な!? や、雇われ傭兵団長……!」
マルダが驚いたことに。
キマイラは間一髪、マルダ騎のマルダが居る操縦席部分を避けてその真下でマルダ騎を真っ二つにし。
勢いそのままに、フレイマー騎の操縦席へとキマイラの爪が突き刺さる。
「大丈夫ですよ……そんなことより王子様!」
「ぐっ、雇われ傭兵団長!」
「ガルルルッ! ぐあっ!」
しかしフレイマーは意に介さず、自騎の左腕でマルダ騎からマルダを取り出し。
自騎の右腕をも振るい、そのままキマイラの獅子頭下を剣で貫いた。
すると。
「な!? も、モンスターが溶けて行く……?」
マルダが、更に驚いたことに。
なんと、キマイラの身体は鈍い銀色の液体金属のようになり。
ドロドロ、溶けて行くのだ。
この現象は、今傍らで溶けている最中のマルダ騎と同じだ。
「ええ、これはイーコールですよ! 唯血巨人の身体をその騎体内搭載の卵にある生命の書複写によって形作っている、ね!」
「ま……まさかそれでは!?」
フレイマーのその説明に、マルダはフレイマー騎の左腕内で合点する。
そう、これは。
「そう、これは改造されたモンスターなんかじゃない……モンスター型の唯血巨人だったんです!」
フレイマーは、高らかに叫ぶ。
そう、彼が先程遠目から見て気づいたキマイラ打破の糸口。
キマイラ纏う獣鎧の形に着目した彼だったが、それは卵の殻で出来たような―― 唯血巨人が纏う鎧と同じようなものだったのだ。
◆◇
「これはこれは、ウォン族長! 大変お待たせしてしまいましたね、ようやく調整が終わりましたのでお届けに。」
「ガルルルッ……待ちかねたぞ、アーダー!」
ウルォは、雄叫びを上げる。
時はこのユロブ大戦争が始まる、少し前のこと。
ウォロル族本営地の草原には族長ウルォ以下戦士たちと、件の闇商人アークがいた。
そこでアークが背後に示したのは、並び立ついくつもの大型"卵"。
それは唯血巨人の待機状態を思わせるが、横向きに倒してある状態であった。
「さあ……ワオオオオン! 戦士共、乗り込めええ!」
「ウォオオオオン! はい、族長オオ!」
ウルォの掛け声と共に、ウォロル族の戦士たちは割り当てられたその横倒しの卵型装置に乗り込む。
やはりその流れは、唯血巨人と同じだが。
「ええ、ええ! 最高の品ですよ……では、ご起動ください!」
「ウォオオオオン! ああ、この操縦桿を握る!」
そうして戦士たちは、起動させる。
すると、最初は卵型のコックピットのようであったそれは。
内部にモンスターの卵――これまた、唯血巨人が一つなのに対し二つだ――が卵殻機関に搭載されており。
内部から起動させることで、装置は孵化するようにその殻を開き。
卵殻の鎧を纏った元となった卵のモンスターを合わせたような姿を、表して行く。
その姿は、卵殻鎧纏う獅子の頭に山羊のような頭と、さながら双頭のモンスター。
それはウォロル族が、このユロブ大陸統一戦争の要としていた騎獣となるモンスター・キマイラと似た姿――いや、似ているどころか。
「さあお目覚めなさい、混血魔獣! 統一の時を、今ここに!」
アークは、歓喜の声を上げる。
「ウウォオオオオン! ガルルルッ!」
アークの歓喜に、ウォロル族戦士たちもつられ。
勇んで歓喜する。
「ええ……さあ、混血魔獣! 今日もひと暴れして来るとよいですよ……」
アークはウォロル族の様子に、満足げな笑みを浮かべる。
そう、これぞアーク自身やウォロル族がキマイラと呼ぶモンスターそのもの。
改血機と卵殻機関を主要技術として擁する人造合成モンスター・混血魔獣である。
◆◇
「皆、敵モンスターはモンスター型の唯血巨人だ! だから操縦席を――胴体を狙うんだ!」
「な!?」
「り、了解しました支団長!」
フレイマーはボーン支団全体に、この情報を共有する。
俄然、支団は活気付き。
盾部隊の唯血巨人たちを、押して行く。
「ガルルルッ! もういいガルッ、人盾部隊ごと敵を貫くガル!」
「ウォオオン!」
「皆、気をつけろ! 敵のモンスター型唯血巨人が来るぞ!」
しかしそこで痺れを切らしたウォロルの混血魔獣部隊は。
人盾部隊にも構わず、ボーン支団へと突撃を仕掛ける。
「くっ、させない!」
「くっ、雇われ傭兵団長! 貴様の騎体は胴体に穴が空いているぞ!」
「ああ、これはお気になさらず……ただのかすり傷ですから!」
「ふん、貴様などどうでもいいが! 私だけは守れよ!」
「ええ、だけどあなた自身も最大限死なないように努力なさってくださいよ!」
フレイマーとマルダは、軽口を叩き合う。
「さあ、ウォロルの戦士さん! あなたたちのお相手は僕ですよ!」
フレイマーは、先ほどマルダ騎と混血魔獣一騎がやられて敵戦列に空いた穴から中央突破に成功し。
後方の混血魔獣部隊に、迫る。
「ふん、舐めるなガル!」
「くっ!」
「うっ!」
そのままフレイマー騎は、混血魔獣一騎の二つの頭のうち。
一つは右腕の剣で、もう一つは左肘で受け止める。
「さあ……何とか止めた!」
「ガルルルッ……くくく!」
「何? ……ぐう!」
「く、雇われ傭兵団長!」
が、その時。
突如として混血魔獣より、一角獣型の頭が生えてその角がフレイマー騎に向けられる。
フレイマー騎は間一髪、身を捩り躱す。
「ガルルルッ……どうガル人間! さっきコイツに食わせた貴様らの騎獣の力は!」
「食わせた……? まさか!」
混血魔獣から聞こえて来たウォロル戦士の言葉に、フレイマーは合点する。
そうこれは、先頃のアドン占領時に食った同国唯血巨人の生命の書を取り込んだ結果だ。




