#19 騎獣遊牧民の侵攻
「ふわあああ……」
「こら! 厳重警戒中だぞ……ふわあ!」
「何だよ、そんなお前も眠そうだぞ!」
アドン王国の砦の一つにて。
王国軍所属の唯血巨人群は、そこの守りについていた。
「いや、でもよお! 野蛮で原始的な獣人による騎獣遊牧民だろ?」
衛兵は、別の騎体に載る同僚に自騎から声をかける。
――俺たち、ウォロル族、ついに世界手に入れるために征服乗り出す! 族長の俺が言うこと、絶対! 逆らう奴、死ぬだけ!
騎獣遊牧民族・ウォロル族による、ユロブ大陸全域に対する宣戦布告が出されていたのである。
「騎獣遊牧民つったって、この前は例の改血機搭載した乗用モンスター使ってた奴らも出たって聞いたぜ? 油断は禁物だよ……」
「!? どうした?」
「え?」
が、その時。
突如として、けたたましく鐘を鳴らす音が聞こえて来た。
「地平線に光と影多数! 恐らくは騎獣遊牧民の騎獣部隊かと!」
城壁上にいる斥候から、迫り来る敵影ありの報を受け。
城壁前を固める衛兵たちは、操縦桿を握りしめて乗騎の唯血巨人を臨戦体勢にする。
「まあそうだな……あの改血機を使ってんなら警戒しないとな!」
「ああそうさ、さあ来いや!」
衛兵たちの士気も、高まっている。
が、そんな彼らをよそに。
「な……何だあのモンスターは!?」
城壁上の斥候たちは、迫り来る敵部隊擁するモンスターの姿に驚いていた。
暗がりで高速移動中なためはっきりしないが。
それは獅子の頭に山羊のような頭と、さながら双頭のモンスター。
明らかに、見たこともない種である。
「ガルルルッ! さあキマイラ共……世界は全て、俺たちのものガルッ!」
「ウォーン!!」
そこに乗るウォロル族戦士たちは、揃って雄叫びを上げる。
「よし、迫って来るぞモンスターたちが……って! な、何だあの姿は!?」
衛兵たちも騎獣部隊の姿が見えたことで、ようやく疑問の声を上げる。
「聞いても答えちゃくれないだろうさ……行くぞ!」
「あ、ああ!」
アドンの一角獣人型唯血巨人搭乗の衛兵たちは、殺気立ち。
そのまま騎獣部隊に、向かって行く。
「さあ蛮族共! こっから先は」
「ワオオオオン! 軟弱な人間共お!」
「ぐあっ!」
しかし、ウォロル族戦士は巧みにモンスターを乗りこなし。
獅子の頭を前に出し噛み付くかと思いきや、それを牽制にしている間に山羊の頭を振るいアドンの唯血巨人を一閃する。
「な! この、よくも!」
僚騎の敗北に怒った別騎体が、モンスターに迫るが。
「ワオオオオン! そんなヘナチョコ攻撃、当たらない!」
「な……と、飛んだだと!?」
なんと、モンスターは突如隠していた翼を広げ。
そのまま空に飛び、紙一重で唯血巨人の剣戟を躱し。
かと思えば。
「ワオオオオン! 食い裂いてやるうう!」
「ぐああ!」
急降下し、そのまま二つの頭で唯血巨人を挟み込み食い裂く。
「くっ……このおお! だったら背中を狙え、狙ええ! 騎獣遊牧民なんだろ、背中に騎乗してる筈だああ!」
が、衛兵の一人はまだ闘志を失わず。
乗騎たる唯血巨人の一角獣人型としての利点たる速力を生かし、敵騎獣部隊のモンスター一体へと肉薄する。
そうして。
「よし蛮族があ! これで終わり……な!?」
そのまま乗騎の頭の角で背中にいるであろう騎獣遊牧民戦士を狙う衛兵だが、驚き動きを止める。
なんと、背中にいてモンスターの手綱を握るはずのその戦士が見当たらないのだ。
「くっ! こいつの背中からもう逃げたのか……?」
「ワオオオオン! 獲物が来てくれるたあありがたいぜええ!」
「ぐああ! ば、馬鹿、な……ど、どこ、に……」
が、衛兵が戸惑う間に。
モンスターからいないはずの戦士の声が聞こえその刹那、二つの頭が唯血巨人諸共衛兵を噛み砕く。
「ワオオオオン! 脆弱な人間共オオ!」
そうして、長くはない時間のうちに。
アドンの城砦近くには、唯血巨人の残骸が散らばるのだった。
◆◇
「アドン王国、グライン公国、ヴーレヘ王国まで……き、騎獣遊牧民族ウォロルに対し和平を結んで服属!?」
ボーン家にて。
エレナは新聞を読み、震えている。
「王女様の母国まで……でも、まさか騎獣遊牧民族がこんなあっさりと唯血巨人を擁する国々を破るなんて……」
アウレリアも驚いた様子である。
「ああ、こりゃあどの国にも属してないあたしらの宿場都市までお鉢が回って来るのは時間の問題かねえ……んで、まったくこんな時にバカ息子は!」
フレイマー母も朝食の支度をしながら、尚も塞いで自室に引きこもったままの息子に悪態を吐いていた。
「キュー、フレイマーママ! お客さんだキュー!」
「え? 何だいリシリーちゃん、誰が」
「お久しぶりです、ボーン家の皆様。」
「! ありゃ……あなた、あん時の傭兵さんかい?」
と、そこへ。
リシリーに通され、フィナンスがやって来た。
「はい、その節はお世話になりました! ……そして、あのフリージングレオのことはお悔やみ申し上げます……」
「あ、ああ……ご丁寧にありがとう。」
フィナンスは、丁寧に挨拶をする。
◆◇
「フレイマー・ボーン! 私だ、フィナンス・ガイルだ! あのフリージングレオ――ユキジのことは私も悔んでいる。お前やユキジたちには感謝している、だが! ……いや、だからこそだ! お前には、やってほしいことがある!」
「……」
「部屋にいることは知っているぞ、お母様から聞いた! 居留守を使うな!」
フィナンスは、フレイマーの自室前で声をかける。
だがやはりというべきか、フレイマーは何も返さない。
「……見損なったぞフレイマー! 今までで一番な! そんな所でメソメソしている場合じゃないんだ、お前だって知っているんだろ! 今……騎獣遊牧民族が侵略を始めたんだ!」
「……」
フィナンスはそれでも、ひたすら声をかけ続ける。
「そのモンスターには! 聞いたがお前が前に遭った騎獣遊牧民族が使っていたという改血機が使われているらしい! 何でも、獅子の頭と山羊の頭……更には翼を持った姿だったと! だったらだ、だったら尚更! お前が対処しなきゃいけないんじゃないのか!」
「……何故、改血機が噛んでるなら僕が対処しなきゃいけないのかな、ガイルさん?」
「! まったく……食いついて来るってこたあ、もう分かってんだろ?」
フィナンスは自分の話にようやく食いついて来たフレイマーに、少し笑みを浮かべる。
「ああ……確かに、僕は今まで戦いで必ずと言っていいほど改血機と遭遇して来た。だから確かに……それは、僕が対処しなきゃいけない運命なのかもしれないね。」
「ああ……お分かりじゃねえか雇われ傭兵団長よお!」
フィナンスは、今満面の笑みを浮かべていた。
「ああ、分かっているよ……だけど! 動けたらとっくに動いているんだ。僕は、ユキジを失って本当に辛くて……今、使い物になる状態じゃない! だから」
「! フレイマー……」
が、それでもフレイマーは首を縦には振らない。
しかし、その時だった。
「ボーンさん! うちにまた来てくれ!」
「いやいや、うちに来てください!」
「早く戻って来いや、ボーン!」
「何言ってるの? ボーンさん、うちは退団をまだ認めてませんからね! つまりは立派な無断欠勤です。だけど……今戻って来てくれたら許してあげます!」
「!? え……い、以前の職場の皆さん!?」
フレイマーが驚いたことに。
外には直近まで勤めていた四傭兵団、クラックスにクイニッシャーにジュラにスリングの団長や使いが詰めかけていたのだった。
◆◇
「くっ……あの実験さえ成功していれば! あの卵殻炉さえ使い物になっていれば、こんなことには!」
「も、申し訳ございません陛下!」
その頃、フロマ帝国王城にて。
エレナが読んでいたものと同じ新聞を読み、フロマ皇帝ははらわたが煮え繰り返る思いだった。
と、その時だった。
「これはこれは……お久しぶりです宰相様、皇帝陛下。」
「き……貴様は! アーク・アーダー……」
突如として。
フロマの王城に闇商人アーク・アーダーが現れたのだった。