第四話 ぼろぼろの魔術本
「つまりだな、石、星、贄と三種類の魔術があるが、全ての基本となる一番大事な魔術は星魔術だ。石、贄魔術ともに非常に原始的な魔術、いわば魔法に近しい魔術だ。扱うにはとてつもない危険が伴う故に、星魔術と言う制御が必ず必要不可欠。ここまではいいな?」
「はい、質問があります。何故ほぼ魔法と言える石魔術と贄魔術が魔術として数えられているのですか?」
「それは考えが浅いと言わざるを得ないぞ、メアリー。如何に石、贄魔術が力任せに近い魔術とは言え、本来生物が持てない複数属性を混合し、魔術的物資が不足した時に効率的に魔力変換できる術を、人が作り出した魔術と言わずなんと言う。まあここは多くの人が理解出来ていない所ではあるが、貴様は決してその二つの魔術を軽んじるなよ」
「はい、心に留めて置きます」
「良し。石、贄はまた別の機会にやるとして、星魔術だ。万物に宿る魔術素子は、その結晶化の性質上一つ反応が起きるとそこに集中してしまいやすいが、予め素子を流すレールを敷いてやれば結晶化をコントロール出来る。自分で星を書くには目当ての反応を引き出す為のレールの形、これを星子と呼ぶが、これをを学ばなくてはならない。学院で学ぶ上で大体主用星子を十五、補助星子を六十知っていれば問題なくスムーズに授業に着いていけるだろう」
「はい、レールを敷くという事ですが、それはペンで描くのでも効能を発揮するのでしょうか?」
「阿呆か。貴様なら自分で考えて分かるだろう。ペンで幾ら絵を描いたところでただの平面だ。あくまで星を刻むというのは魔術素子の通り道を作るという事、魔法といえどオカルトと一緒にされては困る」
「ごめんなさい。でも気になったのですが、石や血を使えばペンで書くように通り道が作れると思いました」
「あー、成程な。確かにそういう方法はある。が、それは星魔術の要素を組み込んだそれぞれの魔術なんだ。決定的に違うのは、星を刻んだら何回でも魔力を通せば魔術が使えるが、石と血で書いた星は魔力を通す訳では無いんだ。元々その石と星に蓄えられた魔術素子を消費したら使えなくなってしまう。これはまた星、石、贄を学んでから試してみるといい」
「分かりました」
魔術を教わり始めてから、今までオカルトや創作の様だと思っていたのが、学問として実感出来るようになってきた。教える時に口が悪いのが玉に瑕だが、非常に優秀な教師なのだろう。聞けば丁寧に教えてくれるし、私に分かり易いように教えてくれる。
今、私の一日は起きてから夕飯までスケジュールが詰まっている。今日はお昼まではセバスと稽古をし、午後にアルフレッド先生の授業というスケジュールだ。
毎日夜までみっちり授業をやる予定だが、そんなスケジュールを作った先生にも優しさがあったのか、それとも自分が疲れちゃうだけなのか、ティーブレイクもスケジュールに組み込まれていた。
今日も一段落着いた所で、そろそろティーブレイクの時間だと先生はいそいそと準備を始める。
「セバス殿、今日の茶請けはなんだろうか」
「はい、アルフレッド殿。今日は西の干しぶどうを使用したクッキーでございます」
「ほほう!それは楽しみだ!さあ、メアリーも一旦本を閉じろ。休息も知識を育む為には必要不可欠だからな」
まるで子供のようにはしゃいでいる。初めて見た時とは印象がガラリと変わり、もう私の目には好きな事になると夢中になる子供にしか映らなくなっていた。
私は書き終わったメモを机の脇に退け、魔術本を棚にしまう。ふいに、書庫で見つけたぼろぼろの本が目に付く。
「ん、メアリー。なんだその本は」
「はい、以前我が家の書庫で見つけた本なのですが、気になって持ってきて以来まだ手をつけられていないんです」
「ふぅん……どれ、見してみろ」
先生は打って変わって真剣な眼差しで本を観察する。パラパラと流し読みしたと思ったら、今度は初めからじっくりと読み始めた。
暫く邪魔しないようにクッキーを摘み、静かな時間が流れていく。
「……先生、一体なんの本なのですか?随分熱中していらっしゃるようですが」
「ああ……これは、凄いぞ。今まで国立図書館で数多くの蔵書を読み漁ったが、初めて見るタイプの魔術本だ……いや、本当にこんな事が可能なのか?まるでファンタジーのような内容だが……」
先生は首を捻って唸っている。
その様子に少し興味を持った私は、内容を尋ねてみた。
「ああ、つまりこの本は、星魔術と贄魔術を利用した新術式を纏めた本なんだ。この本によると、贄魔術により得られた膨大な魔力を収束に特化した星に流し込むと魔術素子が大気中の素子を巻き込んで結晶化し始め、空間に穴を空ける。そしてその穴を塞ごうとする世界の作用によって隣接世界、つまり異世界だな。そこから未知の存在を引き上げる、又は引きずり下ろす事ができるという事らしい。しかし、隣接世界が存在するかは置いておいて、世界に穴を開けるだなんて理論的に可能なのか……」
「えっと、つまり異世界と行き来出来るようになるって事ですか?」
「いや、理論上可能だとしても危険すぎる。世界が魔術素子のみで構成されている訳でもないし、世界を超える際に何かしら障害をくぐり抜けなくてはならないはず。そこをクリア出来ても帰りは保証出来ないしな」
成程、いまいちピンとは来ないが危険性が高い事は分かった。もしかして前世の世界に行けるかも、なんて考えが脳裏を過ぎったが、そんな考えは起こさない方が懸命だろう。やや残念な気がしないでもないが。
「うむ、まだ星の学習途中だが、その先を見るのも意欲向上に繋がるだろう。私も試してみたいし、今日は授業はここまでにしよう。外で魔術実験をするから、見学しなさい」
「はい!」
先生は荷物を取りに自室に向かい、私も空き地の確保の為にセバスの元へ向かった。
※※※※※※
我が家の領地の外れ、畑になる予定だった開拓地に、私達は荷物を持って集まっていた。
先生は鞄から丈夫そうな鑿と血液の入ったビンを取り出し、私に見せる。
「この鑿は星を刻むのに使う。深く抉ればより強力になるし、細く刻めば効率良く魔力を伝導できる。この血液は私の血液だ。毎日少しずつ取り貯めている物で、専用のビンに入れることで長期の保存を可能にしている」
「ビンの底に星を刻んでいるのですか?」
「ああ、あと蓋にも刻んである。このビンは学園の購買で買えるから、常にストックを持っておいた方がいい」
そう言って、おもむろに地面を掘り出す。すると土の中から大きな岩盤が出現した。
「やはりな。さすがセバス殿だ」
「どういう事ですか?」
「この土地の開拓がどうして頓挫したか、その理由だ。こんな岩盤があったら畑に出来るはずもない。しかし、魔術を行使するには」
先生は力強く岩盤に鑿を打ち込む。
岩盤は割れること無く、一筋の溝を残した。
「この様にちょうど良いという事だ。魔術実験をすると聞いて態々ここを選んでくれたのだから、魔術がからっきしっていうのも唯の謙遜かも知れないな」
先生は黙々と星を掘り続ける。半刻過ぎる間に、直径三メートル程の巨大で緻密な星が出来上がった。
「ふぅ、こんな物か。思ったより時間が掛かったが……試しに魔力を流してみるか」
離れていろ、と指示を出し、先生は星に手を翳す。
薄暗くなってきた荒野に、青白い魔力光が灯る。ビリビリと肌に痺れを感じ、星に引き込まれるような錯覚を覚えた。
「……私の魔力ではここまでか。確かに凄まじい収束力だが……まぁ、やってみるだけやってみるか」
先生は更に離れるように指示を出し、ビンを開ける。左手で星に魔力を送り、発生した光に血を零した。
すると、血が空気に溶けるように消え失せた。魔力光は先生が手を離した後も発光し続け、離れた先でも風を感じる程に反応し始めた。
星の元を離れた先生が小走りでこちらに向かってくる。
「メアリー!今すぐここを離れるぞ!」
「え、何かあったのですか?」
「魔力吸収率が高すぎる!血が溶けたんだ!恐らく数十秒後には暴走する!さあ今すぐ走れ!」
先生に言われるがままに駆け出す。意外と先生動けるんだ、なんて思いながら走っていたら、背中に強い衝撃を受けて吹っ飛ばされた。
口に入った砂を吐き出しながら、先生の安全を確認する。先生は私の数メートル先で、後ろを見ながら呆然としていた。つられて私も後ろを振り返り、愕然とする。
先生の目線の先、星のあった岩盤には、
大量の血痕と、誰かの右手が落ちていた。
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