悪役令嬢は逃れられない。
「おい、メアリー。居るか」
部屋にノックが響き渡る。私は飲みかけの紅茶を机に置き、声の主に応じる。
「はい、おはようございます。アルフレッド先生。何か用がありましたでしょうか」
「用が無きゃ来ない。貴様、この休みは空いているか」
「ええ、特段予定はありませんが……」
「なら良い。三日後から一週間、隣のセルマンタン王国へ行くから私の弟子として着いてきなさい。予定を入れるんじゃないぞ」
そう確認するとさっさと帰ってしまった。あまりの勢いに了承してしまったが、彼は一週間、何処に行くと言った?
セルマンタン王国。その国にはいい噂を聞かない。それもその筈、今は休戦状態だが、我がトルネソルと長年に渡って戦争を繰り広げてきた敵国である。宗教は違うが、勿論黒髪は好まれない。しかも先々代のヴィオラクィラ公爵はセルマンタン軍を二度に渡り壊滅させている。恨みを買っていてもおかしくは無い。
私はままならない運命に深くため息を付きながらも、少し冷めた紅茶を啜る。叶うならば、あの忌々しい国王に呼び出される事を祈って。
※※※※※※
馬車に揺られて半日、私達はセルマンタン王国の都市、ベルモスコに到着した。
結局何の用があってベルモスコに来たのかも分からぬまま来てしまったが、到着するなり何故か私まで荷物持ちをさせられ、領主の館に連れて行かれた。館では恰幅の良い中年の領主がいい笑顔で私達を出迎えた。
「では、サフィルアベイユ殿と弟子殿はそこの二部屋を使うと良いでしょう。お荷物を置いたら早速お願いしたいので、二回の書斎に来てくれますかな?そこの使用人は自由に使ってくれて構わぬので」
「ロータス卿、ありがとうございます。今回は我が弟子も同席して構いませんね?」
「ええ、勿論ですとも。いやはや……それにしてもどうにも私には分かりませぬが、サフィルアベイユ殿が弟子にする程だから才能溢れる人材なのでしょう。是非我が集会で存分に学んでいって下され」
「ありがとうございます」
ロータス卿と呼ばれた男はにこやかに会釈を返したが、私に向けるその瞳に一瞬蔑みが混じったのを見逃さなかった。
聖月教でも黒髪は忌避される。大陽教程苛烈ではないが、光を受けぬ劣等種として扱われる。
しかしそれでも私を受け入れさせるアルフレッドの人望、評判も凄まじいと言わざるを得ない。
「先生、流石ですね。ロータス卿に何か貸しでもあるんですか?」
「何?貸しなど無いが……ああ、この国は血統より実力主義だからな。私はこれでも数多くの発見をしているし、魔術の腕もそれなりにある。実力にちゃんと敬意を払う所は我が国より好感が持てるな。ロータス卿も、魔術を嗜むものとして私に敬意を持ってくれているんだ」
やや照れくさそうに言って、アルフレッドはそそくさと部屋に逃げた。
私も遅れる訳には行かないと、部屋にて荷物を広げ、チャチャと身支度を整える。元々来ていた旅服から魔術用のポケットが多いローブを羽織り、それぞれ道具を身につける。深くフードを被り、部屋の外の使用人に声を掛けた。
「サフィルアベイユ様は既に向かわれました。ヴィオラクィラ様もこちらへ」
階段を上がり、細く薄暗い廊下を進んだ先にある小さな扉に通される。部屋の中にはアルフレッドとロータス卿、それと六人の魔術師らしき人が卓を囲んで座っていた。
そのままアルフレッドの後ろの席に通され、恐る恐る腰掛ける。周りの人は急に現れた余所者に警戒しているようで、静かに様子を伺っている。暫く沈黙が流れた後、ロータス卿によってそれは破られた。
「えー、では。今回は二年ぶりとなるが、ベルモスコ魔術人集会を始めよう。今回はサフィルアベイユ殿の弟子殿が初参加なされた。弟子殿、フードは取らずとも良いです。その場で自己紹介を」
フードは取らずとも良い。彼なりの気使いに心底助けられる。黒髪を晒さずに居られることに安心しながら、自己紹介を始めた。
「初めまして。アルフレッド・サフィルアベイユ師の弟子、メアリー・ヴィオラクィラです。このベルモスコ魔術人集会に参加出来ることを大変光栄に思っております。よろしくお願い致します。」
「彼女の言った通り、私の弟子だ。属性は闇、魔力量は三百八十程、まだ魔術への理解は浅いが皆の言っていることが理解出来る程度には知識はある。今日は勉強の為に連れてきた。私からもよろしく頼む」
アルフレッドが軽く会釈するのに合わせて私も深くお辞儀する。それを見届けたロータス卿は手元の書類に目をやり、再度口を開く。
「えー、という訳だ。しっかりと弟子殿の勉強になるように有意義な会にしよう」
それから、粛々とそれぞれの魔術師の研究成果や考察が発表されていき、アルフレッドの番ではやはり先日の身体強化に繋がる『五枝魔導論』を。それぞれが新たな理論を持ち寄り、より考察の余地ありとされた物が絞られていく。
そして最終的には『五枝魔導論』と『無属性論』が残った。
「ふむ、最後まで残ったこれらの理論は非常に革新的かつ前例に無い物だ。これらの貴重な理論を取りこぼさないように、そして間違った理論を世に広めない為に、しっかりと検証していきたい。まずは『五枝魔導論』から、サフィルアベイユ殿に質問がある者は」
進行役のロータス卿と私達二人を除いた六人の内、三人が手を挙げる。ロータス卿の支持により右から順にアルフレッドに質問をぶつけた。
「身体は魔法を扱うのに最適化されていて、骨や皺、血管等全ての道が星を描くと言うが、手相の様な出鱈目な星なぞ星として機能しないのでは無いか?」
「勿論、手相をそのままコピーしても無駄である事は検証済みだ。だから私は手足、首から指五本に絞った名を付けた訳だ。血管により骨を道として集まろうとする魔力は刻まれた皺によりせき止められ、反応を細分化する。簡略な骨という道にそれぞれの道が交わり、互いに作用する事で初めて精密な魔術有り得るんだ」
「成程、まだ検証の余地はあるが、一旦は納得しよう。しかしサフィルアベイユ殿、どこから着想を得たのだ?今後の参考にしたい」
「これは偶然なのだが、魔力暴走を起こした少女の手だけが綺麗に残ったのを発見したんだ。何故か気になって調べたら手から余剰魔力を放出している事が分かって、そしてだ」
「あいや、前の二人に全て聞かれてしまった。今は反対意見が浮かばないから飛ばしてくれ」
アルフレッドがロータス卿に目をやり、ロータス卿が頷く。そして次の議題は無属性論についてだ。早速アルフレッドが提唱者の少年に問いかける。
「今まで信じられてきた五属性は本来存在しなく、全ての人の魔力は共通している……か。にわかに信じられない理論なのだが、今まで行われていた魔力検査、そして属性ごとに使える魔術の得手不得手があるのにどう反論する?」
「えっと、全てに反論するわけじゃないです。傾向として得手不得手はありますが、属性別に使えない魔術は存在しないじゃないですか。だから魔力が種類ごとに違うのでは無く、本人の器用さ、素質として得手不得手が発生していると考えたんです」
ウェーブの聞いた銀髪を揺らしながら、少年は必死に説明する。しかし傍から聞いていて、私でも反論が出来るほど理屈が通っていない。私の理解力不足では無い事を確認するためにアルフレッドの顔色を伺ったら、目が合ってしまった。
「ふむ、ならばイロンデル君。私の弟子の質問にも説明をしてやってくれ。何、これも勉強だ」
アルフレッドは私を立たせ、卓の前に立たせる。少々驚いたが、周りの魔術師は皆私の発言を待っている。私は覚悟を決め、イロンデルと呼ばれる少年に質問をぶつけた。
「私の知識だと、属性とは魔術素子の集合傾向によって決まっていて、それは魔力結晶を作った時の形状によって分かります。本人の癖によって左右されるのなら、五通り以上に様々な形状が発見されていると思うのですが……後属性ごとに使えない魔術は無いと言うのも、星を組み替えて目的としている反応を引き出しているだけで、魔法に近くなればなるほど他属性では再現出来ないオリジナルの形になっていきます。なので、魔術においては当てはまっても、魔法においては当てはまらないと思います」
私が言い切ると、ロータス卿が立ち上がり、拍手をしながら歩いて向かって来た。
「流石、素晴らしい意見だ。少々疑っていたが弟子殿はしっかりと魔術への知識があるらしい。サフィルアベイユ殿、弟子殿を是非我が会の発展の為に欲しいのだが、よろしいかな?」
「ええ、勿論です。私共々魔術人集会の会員として精進して参ります」
「ふむ。そう言ってくれて良かった。して、イロンデル君。まだ十三歳とは言え君と同い年の弟子殿はここまで知識を蓄えている。それなのに君はなんだ。そんなお粗末な理論を持ってくるとは」
ロータス卿の攻め口調に年老いた魔術師が口を挟む。
「まあまあロータス卿。彼も奇を衒いたくなる年頃じゃて。大人に囲まれて焦ることもあるじゃろう」
「しかしボフェアム殿……」
「まあまあ、収めてくだされ。しかしイロンデル君、君も反省せねばな。結果は出さずとも良いが、集会の邪魔になるようだと除名されてしまうでな」
ボフェアムと呼ばれた老人の言葉に同意するように、皆が彼に咎めるような目を向ける。可哀想に、彼は自分の席で小さくなってしまった。
ロータス卿はひとつ咳払いをすると、締めくくるために口を開いた。
「では、今日は十分な話が出来たと思う。それぞれ持ち帰って再検証の後、六日後に再度集会を開く。では皆、魔術の発展を願って黙祷を捧げよう」
卿の合図で皆が一斉に黙祷を始める。私も見様見真似で黙祷を真似しながら、改めて今日を振り返る。
説明も無く連れてこられた集会だったし、初めは差別の予感に不安になりもしたが、いざ始まれば面白い話を聞けたし、私の事も認められた。師であるアルフレッドの凄さを再確認することも出来たし、非常に楽しい一日だった。
この世界にて信心する神はいないが、今日は彼等と共に魔術を極めて行けることを祈った。
感想と、出来ればアドバイス等あれば参考にしたいので是非お願いします。




