第1章 8 彼女の葛藤
「アイドルってみんな不幸やろ?」
関西人の大物司会者の方が訊ねてきた。
「そんなことないですよー。私はとっても幸せですよ。」
「いや、今は幸せやと思うで。でも、俺らが学生のころ憧れてたアイドルは今、40、50歳になるけど幸せな人ておらへんやんか。結婚もほとんどしてないし。」
即座にひな壇の後列に座っていた平均35歳ぐらいであろう中堅芸人たちがここぞとばかりにしゃべりだす。
「いやいやいやそんなことないですよー。結婚してる人もいてます。例えば・・・・元アイドルの高橋さんとか。」
「いや!先日離婚したやないかい!!」
司会者の的確な間と鋭い突っ込みに観客から笑いが起きた。私はアイドルの後輩として100パーセントの苦笑いをするしかなかった。
「でもそうかもしれないですね。若いころから大人の人に囲まれてお仕事するから一般の人より経験することが多いですしプライドもちょっと高くなってしまいますからね。握手会でもきつい言葉をもらったりするので男の人のそういう言動に対して免疫ができているから男の人の前でも構えることなくどっしりしているから可愛げがやけなげさがないと思われるかもしれないです。」
今を時めくアイドルの真剣な裏事情に司会者からまじめかっ!とつっこまれ観客はまたどっと笑いに包まれた。3時間の収録が終わり楽屋に返ると深いため息をついてしまった。目の前の机の上には来週に出る番組のアンケートが広げられていた。しかも一番組ではなく5番組も。そしてその横にはボールペンで隙間のないほど書き込まれた今後のスケジュールが広げられていた。「アイドルってみんな不幸やろ?」目の前のアンケート用紙見ながら頭のなかでその言葉が反芻していた。確かにその通りだ。アイドルは常に周囲の目を気にしなければならない。21歳の女がこんなピンクのフリフリの衣装を着てアイドルのような言葉づかいや振る舞いはさることながら、日頃の行動までも常に監視されているといってもいい。アイドルのファンは皆現実を逃避している。そして、その逃げ場が私たち現役アイドルにたどり着いている。そこで彼らは私たちを絶対的な神のような神聖な女と崇めている。「彼女らは僕の一生の恋人。」「彼女らは僕らを一生裏切らない。」口には出して言わないが皆そう思っているだろう。しかし、こちらからしてみれば正直そんな事情は知らない、ペット化されたような気分だ。二十歳真っ盛りの女に恋愛を禁止させるなんて拷問のようなものだろう。椅子にもたれかけると日頃の疲れだろうか地球の重力を何倍も感じ取ってしまう。目の前のアンケート用紙にこの思いのたけをぶち込めたらプロデューサーはどう思うだろうか。面白そうだから一回やってみようか。いや、そんなことしたらマネージャーが呼び出され激怒されるだろうか。人によっては面白そうだから採用しようとするがやはりアイドルのイメージを守るためにマネージャーがとめるだろう。でも、まぁ、結果は前者になるだろう。そして、私もマネージャーに怒られ、そして、書き直しされ、そして、マネージャーのチェックが入って、そして、また、書き直し、そして、マネージャーのチェック、そして、そして、そして・・・・・・・・・ガチャン!・・・・・・っ?
「大島ちゃん、次は秋葉原でイベントがあるからニ十分後に出発ね。それまでに着替えを済ませといて。」
マネージャーがドアを20センチほど開け顔だけ突出し吐き捨てるように伝えこちらに返事をさせる好きも作らずそそくさと歩いて出て行った。徒労感がさらに増す。
普段はグループでの活動がほとんどだか今日は単独でのゲスト出演だった。今は業界内ではアイドル戦国時代と世間では呼ばれていて当人の私たちもそれはちゃんと自覚している。いろんなアイドル像をつくって勝負している売れないアイドルが居る中で自分たちみたいに正統派アイドルとして人気があるのはすごく恵まれているのだろう。だけど、ファンの人にしてみればそんなことは知ったとこではないだろう。彼らが求めているのは日常には存在することのない非日常を頭の中で思い描いて今を生きている。その、イメージを少しでも崩してしまうような発言や行動をすると彼は現実を突き付けられ失望する。そして、握手会でも心無い暴言を言ってくる。だけどその割には握手を求めてくる。要は人とは違う事を言って少しでも自分の印象を残そうとしているのだろう。なんて身勝手な人たちなのだろう。だけど、それが、アイドルの歩む運命なのだろうとその都度思ってしまう。みんなは表しか見ていない。華やかな世界に身を投じていることで女からの嫉妬もあるが彼女らはこっちの苦労を何一つ知らない。ウエストが一センチ増えただけで指摘されネットで叩かれる。ひどい時にはネットニュースに載ったりする。そう思うと確かにアイドルはみんな不幸だ。一人になるとより一層孤独感や悲壮感がこみ上げてきた。
着替えを済ませバスの中に乗るとどこかの雑誌の取材陣が待ち受けていた。移動中は雑誌の取材がほとんどだ。頼むから寝かせてくれ。口が裂けても言えない言葉なのはわかっているがそれでも言いたい。どこの雑誌も取材される内容は決まって好きなタイプや過去の片思いエピソード、今後のグループとしての目標や展望、いつ頃に結婚したいかなどなど。読者に受ける内容だ。そして、私のお決まりのレスポンスは「好きなタイプは優しくて面白い人ですねー。片思いは小学二年生の時で同じクラスのサッカーをしていた○○君です。これからはグループとしてもっともっとファンの方を幸せに出来るパフォーマンスをしていきたいです。将来は三十歳までに結婚したいですねー」などなど。お気づきの通りマネージャーの作成した台本通り話している。取材を終えると同時にイベント会場に到着した。
意識うつろの中、バスを降りると大勢のファンが待ち構えていた。いわゆる出待ちというやつだ。その瞬間にアイドル大島莉乃としての顔をしなければならない。会場に入るまでには十メートルぐらいしかないのに長い道のりに感じる。マネージャーや関係者がブロックしてくれるがファンの熱気は止まらない。
「莉乃ちゃーん。こっち見てー。」
「好きだよー。」
「愛してるー。」
「結婚しよー。」
こっちの気を知らないで。だけど、そんなことは微塵も感じさせない笑顔を振りまくと彼らのボルテージは一層高まる。会場までの十メートルはモデルのランウェイのごとく私は歩いて行った。
「可愛いー。」
「足細いー。」
「綺麗―。」
あーこれだよこれ。気持ちが一層ブルーになる。楽屋に入ると先に到着したメンバーがいた。
「おはよう。どうだった収録?」
同じメンバーの斉藤優奈が話しかけてきた。ぼちぼちかなと答えると。うらやましいなと言われた。あー女の嫉妬だ。同じメンバーからもこういうことが起こると居心地が悪い。まぁでも女ってそういう生き物か。フリフリの衣装に着替えると鏡に映っているのはそこにいるのはアイドル大島莉乃がいる。代表曲「君色ストーリー」のイントロが流れると客のボルテージは最高潮に達する。
イベント内容は海外の新作映画のPR大使だった。
「映画をご覧になってどのような方々に見てもらいたいですか?」
「そうですね。高校生の純愛を描いているのでカップルの人たちにみてもらって愛を深めてほしいですね。」
「ちなみに大島さんは恋愛禁止となっていますが好きな人はおられないのですか?」
私は間を開けて深刻な顔で答えた。
「正直に言うと・・・・います。」
会場からどよめきがおきる。
「おいおいおい、マジかよ。」
「ウソだろ、ここで婚約発表かよ。」
「ウソだろ。俺の莉乃ちゃん。」
私は満面の笑みで答える。
「それは・・・・・ここにいる皆さんです。」
するとどうだ。鎮火しそうになった彼らの心の灯は瞬時に燃え滾る業火に代わる。
「うおーーーーーー、さすが莉乃ちゃん。大好きだぜー。」
「びっくりさせんなよーー。そういうところも好きだぜ。」
「可愛いーーー」
毎度のごとくお決まりのパターンが決まった。やれやれ、疲れる。
イベントが終わるとようやく仕事のない時間が出来た。1時間程度だがそのわずかな時間も寝る事に専念する。目を閉じると数十秒後には睡魔が襲ってきて私を現実の世界から癒しの世界にいざなってくれる。だけど、今日は違った。とても奇妙な夢を観た。なんだか、不思議な。
気が付くと辺りは墓地に囲まれていた。空はどんとりと曇っていて、空気も重く殺伐としていた。その場にいるだけで気分が悪くなり吐き気が出そうだった。無数に不規則に置かれている墓石には名前が書かれてなくすべて空白だった。だけど、不思議と怖くはなかった。ここはどこだろう。見たこともなければ身に覚えもないところだった。墓石の間を歩いていると急にどんよりした雲が開け燦々とした太陽の光が差し込んできた。よく言う天国への階段だった。綺麗だ。とても神秘的でこの世のものとは思えなかった。ふと、一つの墓石に目が留まった。名前が書かれていた。
「逢沢 優斗」
誰だろう?10秒ほど考えたが名前に記憶が無い。墓石の前には花が一輪添えられていた。見たことのない花だった。
「綺麗な花。」
思わずつぶやいてしまった。花に見とれていると太陽は再び雲に隠れあたりは不気味な暗さと共に静寂に包まれた。すると、目の前の墓石から「逢澤 優斗」の名前が消え、添えられた花は枯れてしまった。ふいに後ろの方から声が聞こえた。誰かが私を呼んでいる。
そっと耳をすませる。そっと耳を澄ませる。すると、急に体に強烈な重力を感じた。
「大島ちゃん、大島ちゃん!!」
「っ!!」
「時間よ!降りて!」
夢から覚め現実の世界に引き戻された。半開きの目に映るのはおよそ100キロの巨体を揺らし私を揺らしながら起こしている。そして、車もゆれている。あっ、あっ、あなたが私を呼んでいたのね。
「さっさっ早く早く。」
意識うつろの中バスをおりマネージャーの後をついて行く。確か次は新しいドラマの顔合わせだったはず。テレビには映らないがこういうところでも共演者に好感をもたれなければならない。一瞬たりとも気が抜けない。
「久しぶりー優子ちゃん。」
こいつは確か中村隼人。私より一つ年上で今、人気急上昇中のいわゆる若手イケメン俳優だ。176センチの長身しか似合わないであろう細めのチノパンを穿いて上は白っぽいポロシャツを着ており茶髪にパーマをかけて伊達メガネをしているその姿は自身に満ち溢れている感じであま良い印象は持たなかった。
「お久しぶりです。」
「相変わらず固いね。もっと、気軽に話しかけていいのに。」
このちゃらいしゃべり方はどうにかならないものか。1年前に映画で共演した時も最後までこの口調には慣れなかった。身体が自然と拒否反応を示してしまう。
「・・・・はー、はい。」
この相槌をこれから何回もしなくてはいけないと思うと吐き気がしてくると。あーストレッサーがこんなに近くにいるのは多忙な私には火に油を注ぐようなものだと今ここでこの男にぶちまけたらどんなに楽だろうか。しかし、そんなことをしたらそれと同時に私が今まで積み上げてきたものが一気に崩れてしまうだろう。顔合わせは1時間ほどで終わった。番組のコンセプトや狙い。スタッフの紹介などが行われ終始、和気あいあいとしていた。私は笑顔こそ振りまいているものの頭の中は2時間後に行われる劇場公演でのMC内容の確認でいっぱいだった。劇場公演が終わりようやく今日1日が終わった。控室の中で着替えながら時計に目を向けると21時を回っていた。これから、劇場を出て家にたどり着くのは21時45分ごろになるだろう。そこから、コンビニで夕飯を買いに行って家に帰ってお風呂に入って夕食を食べたら23時ごろにベッドに入れるだろう。頭の中でざっと計算したら今日はまぁまぁ眠れそうな予感がした。バッグに荷物を入れているときふと昼間みた夢を思い出した。とても奇怪だけどとても神秘的な夢だった。もしかしたら、私の今の身体的状況を表しているではないだろうか。テレビで夢を観るのは身体的疲労により熟睡が出来ておらずかつ、その日あった出来事を頭の中で綺麗に処理するときにおこる副産物だときいたことがある。こんな毎日を送っているのだ。あんな理解できない夢を見てもおかしくはない。その時、ふいにドアが開いた。
「お疲れ様でーす。」
全身スーツ姿の長身、長髪、黒縁めがねの見たことない男の人だ。スタッフ?
「お疲れ様です。」
「今、お時間ありますか。」
あー。きっと雑誌の取材かな。こんな感じでアポなしで飛び込んでくる記者がたまにいる。そういう記者は基本的に受け入れないのだが、今日は時間があるので取材に答えることにした。
「はい、大丈夫です。どうぞ。」
男は失礼しますと言うと、私の目の前に座った。
「あのー、今日はなんの特集の内容ですか?」
私が聞くと男は「いえいえちがいますよ」とかぶりをふった。そして、内ポケットから名刺を取り出しそれを私に差し出し男はいった。
「私はアメリカ航空宇宙局で働いているものです。」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
書留が終了しました。まじ、最悪・・・・
何とか毎日連載できるよう頑張ります。