第3話 半身の剣と、影が囁く声
総集編もあるので、テンポよく読みたいかたはそちらがおすすめです。
黒霧が退いたあと、街には不気味な静寂が落ちていた。
人々は息を潜め、遠くで泣き声がかすかに響く。
恒一は腕の傷を押さえながら、リオの方へ向き直った。
「リオ、大丈夫か?」
「うん……でも、見て。剣が……」
リオが差し出した聖剣の刃には、黒い染みがこびりついていた。
それはまるで、光を吸い込むようにじわじわと広がっている。
「これ……影に触れたから?」
「わからない。でも、嫌な感じがする」
恒一が剣に手を伸ばそうとした瞬間、エイルが姿を現した。
いつもの柔らかな微笑みは消え、表情は険しい。
「触れてはいけません。断章の影は“物語の終端”そのもの。
聖剣が侵食されれば、勇者の物語も断たれます」
「じゃあ、この染みは……」
「はい。放っておけば、剣は“結末を迎える力”を失うでしょう」
リオの顔が青ざめる。
「そんな……! 俺、どうすれば……!」
エイルは静かに目を伏せた。
「方法はあります。ただし――危険です」
◆影の囁き
その夜、街の外れにある廃屋で、恒一は眠れずにいた。
腕の傷が疼く。
影に触れられた瞬間、胸の奥に冷たいものが入り込んだような感覚が残っている。
――おまえは、誰の物語にも属していない。
ふいに、耳元で声がした。
恒一は飛び起き、周囲を見渡す。
誰もいない。
だが、声は続く。
――だから、おまえは“断ちやすい”。
「……誰だ」
返事はない。
ただ、黒霧の残滓のような冷気が、部屋の隅で揺れていた。
恒一は歯を食いしばる。
影は、彼に興味を示していた。
理由はわからないが――嫌な予感だけが胸に残る。
◆エイルの告げる真実
翌朝、エイルは二人を神殿の奥へと案内した。
そこには古い石碑があり、中央には“半分だけ抜けた剣”の彫刻が刻まれている。
「これは……?」
「“未完の勇者”の碑です。かつて、結末を恐れた勇者がいました。
彼もまた、剣を半分までしか抜けなかった」
リオが息を呑む。
「俺と……同じ?」
「はい。そして彼は、影に呑まれました」
恒一は思わず声を荒げた。
「そんな話を今する必要があるのか?」
「あります。リオが同じ道を辿らないために」
エイルはリオの目をまっすぐに見つめた。
「聖剣が半分だけ抜けるのは、あなたが“結末を恐れながらも、進もうとしている”証です。
完全に抜くには、あなた自身の物語と向き合わなければなりません」
「俺の……物語……?」
「はい。あなたが勇者に選ばれた理由。
あなたが守りたいもの。
そして――あなたが恐れている“結末”」
リオは拳を握りしめた。
「俺……知りたい。逃げたくない」
エイルは頷き、石碑の裏にある隠し扉を開いた。
そこには地下へ続く階段が伸びている。
「この先に、“勇者の記憶”を映す泉があります。
リオ、あなたの心の奥底を映し出す場所です」
恒一はリオの肩に手を置いた。
「俺も一緒に行く」
「うん……ありがとう、恒一さん」
◆勇者の泉
地下は静かで、空気が澄んでいた。
中央には透明な水を湛えた泉があり、天井の穴から差し込む光が水面を照らしている。
「リオ。泉に触れれば、あなたの“物語の核心”が見えるでしょう」
エイルの声は厳かだった。
リオはゆっくりと泉に手を伸ばす。
水面が揺れ、光が広がり――
――映し出されたのは、幼いリオが泣きながら家の前に立つ姿だった。
「これ……俺の家……?」
リオの声が震える。
幼いリオの前には、倒れた父親の姿があった。
血に染まった服。
その横で、母親が必死に泣き叫んでいる。
「やめて……やめてよ……!」
リオは泉から手を離そうとしたが、光が彼の手を掴むように離さない。
エイルが静かに言った。
「リオ。あなたの父は“勇者”でした。
しかし、魔物から村を守る戦いで命を落とした」
「そんな……聞いてない……!」
「母親はあなたに伝えなかったのでしょう。
“勇者の結末”を恐れ、あなたに同じ道を歩ませたくなかったから」
リオは膝をつき、涙をこぼした。
「俺……父さんみたいに死ぬのが怖かったんじゃない……
父さんみたいに“守れなかった勇者”になるのが怖かったんだ……!」
泉の光が揺れ、聖剣の黒い染みがわずかに薄くなる。
だが――その瞬間、地下全体が震えた。
◆影の侵入
天井の穴から黒霧が流れ込み、泉の周囲に影が集まり始める。
形を変えながら、低い声で囁く。
――結末を恐れる者よ。
――その物語、我らが断とう。
「来た……!」
恒一はリオを庇い、影に向き合う。
影は恒一を見て、ゆっくりと形を変えた。
人の姿に近づき、口元だけが歪んで笑う。
――おまえの物語は、まだ始まってもいない。
「黙れ……!」
恒一は拳を握りしめた。
影はさらに近づき、囁く。
――だからこそ、終わらせやすい。
その瞬間、リオが叫んだ。
「恒一さんに触るなあああああ!!」
聖剣が光を放ち、影を切り裂く。
だが、剣はまだ半分しか抜けていない。
光は弱く、影はすぐに形を取り戻す。
エイルが叫ぶ。
「リオ! あなたの物語を――“結末を恐れずに選びなさい”!」
リオは震える手で剣を握りしめた。
影が迫る。
泉が揺れる。
恒一はリオの名を叫ぶ。
そして――
リオは、剣を引き抜こうと全力で叫んだ。
「俺は……守りたいんだあああああ!!」
光が爆ぜ、地下を満たした。
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