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第1話 雨の夜、終わりかけた物語へ

総集編もあるので、テンポよく読みたいかたはそちらがおすすめです。

藤崎恒一は、どこにでもいる三十路の会社員だった。残業続きの帰り道、傘を持たずに飛び出したせいで、びしょ濡れになりながら駅へ急いでいた。

 そのとき、視界の端で小さな影が揺れた。少女が車道へ踏み出し、トラックのライトが彼女を照らす。


考えるより先に、恒一の身体は動いていた。

「危ない!」

 少女を突き飛ばし、代わりに自分が弾き飛ばされる。衝撃と雨音が混ざり、世界が遠ざかっていく。


最後に聞こえたのは、少女の泣き声だった。


目を開けると、そこは白い霧の満ちる空間だった。痛みはなく、身体はふわりと軽い。

「目覚めましたね、藤崎恒一さん」

 声の主は、銀髪の少女――いや、少女の姿をした何かだった。名をエイルと名乗り、柔らかく微笑む。


「あなたは死にました。そして“リベルタース”へ渡る資格を得たのです」

「……異世界転生ってやつか」

「はい。ただし、あなたが行くのは“つづきの世界”。無数の物語が存在する場所です」


エイルは霧を払うように手を振った。すると、いくつもの光景が浮かび上がる。

 勇者が剣を抜こうとして震えている。

 王女が玉座でうつむき、戦う理由を見失っている。

 復讐者が憎しみを忘れ、ただ空虚に座り込んでいる。


「物語が……止まってる?」

「はい。結末を迎える前に、主人公たちが立ち止まってしまうのです。まるで“続きを拒む意思”が働いているかのように」


エイルは恒一の胸に手を当てた。

「あなたに託したい役目があります。英雄になる必要はありません。あなたは“物語をつなぐ者”。主人公のそばに立ち、迷いを払う手助けをするのです」


「俺が……誰かの物語を続けさせる?」

「そう。あなたは他者の心に寄り添う力を持っている。だから選ばれました」


納得はできない。だが、拒む理由もなかった。

 あの雨の夜、少女を救えたのなら――次は、誰かの物語を救えるかもしれない。


最初に送り込まれたのは、滅びの兆しが漂う辺境都市だった。空は灰色に曇り、街路には避難の荷を抱えた人々が行き交う。

 恒一は、エイルから渡された小さな羅針盤のような道具を頼りに、ある建物へ向かった。


そこにいたのは、まだ十六ほどの少年だった。

 名はリオ。選ばれし勇者――のはずだが、彼の腰にある聖剣は鞘から一度も抜かれたことがないという。


「……抜けないんだ。怖いんだよ。もし抜いたら、本当に戦わなきゃいけなくなる」

 リオは震える声で言った。

 魔物の軍勢はすぐそこまで迫っている。だが勇者が動けないせいで、都市は滅亡寸前だった。


恒一は、かつて自分が会社で新人を励ましたときのことを思い出す。

 誰かが一歩踏み出す瞬間には、ほんの少しの“背中を押す力”が必要なのだ。


「リオ。怖いのは当たり前だ。でも、君が立ち止まったままなら、この街の物語はそこで終わる。君はどうしたい?」

 少年は唇を噛み、拳を握りしめた。

「……終わらせたくない。俺は、守りたいんだ」

「なら、行こう。俺も一緒にいる」


その言葉に、リオの瞳がわずかに光を取り戻した。

 聖剣の柄に手を伸ばす。

 刹那、空気が震え、光が溢れ――


――だが、剣は抜けなかった。


リオは膝をつき、悔しさに震える。

 恒一は少年の肩に手を置いた。

「大丈夫だ。まだ終わりじゃない。続きを探そう」


その瞬間、エイルの声が頭に響いた。

『恒一さん。気をつけて。あなたたちの物語を“断とうとする者”が近づいています』


街の外から、黒い霧が迫っていた。

 それはまるで、物語そのものを喰らう影のようだった。

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