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第5話 百聞は一触に如かず



 話題の内容だけがどんどん常温から離れていくせいで、私のほうではもはや肌寒いのか暑いのか、そのへんの感覚が少し怪しくなっていた。死海から漂着しただの、歴史上の偉人と遺伝情報が一致しているだの、生きているようでいて死んでいるだの、ここ数十分で耳へ押し込まれた情報量と異常度の総量があまりにも多く、頭の中の整理棚が軽く崩落を起こしていたのである。しかも困ったことに、その崩れた棚の上へ、教官はまだ平然と新しい段ボール箱を積み上げようとしている顔をしていた。


 嫌な予感というものは、だいたい外れない。


 教官は白いチョークを指先で器用に弾き上げると、黒板へ向き直り、先ほど書いた『ゾンビ』の近くに、今度はもう少し大きな文字でやけに達筆な二文字を書きつけた。


 不死


 その上へ、補足するみたいに片仮名で添えられる。


 アンデッド


 言葉の意味自体は分かる。分からないほど教養が壊滅しているわけではないし、映画も漫画もそれなりに見てきた。見てきたからこそ、逆に会議室の黒板へ教師が真顔で『不死アンデッド』と板書している光景のほうが、知識の有無とは関係ない別方向の困惑を誘うのだった。ここ、兵士養成学園の会議室よね。季節限定のお化け屋敷の打ち合わせ場所じゃないわよね。私、呼ばれる部屋を一つ間違えた?


 しかも教官は、私のそんな内心のざわつきなど端から見えていないみたいに、軽快な筆致でその下へさらにいくつか単語を書き足していった。いや、筆致ってチョークに対して使う表現なのか少し迷うところではあるけれど、少なくともあの人の字面には妙な美しさがある。腹立たしいことに、内容が内容でなければ壁に飾りたいくらい整っているのだ。


 そして飾りたくない筆頭の単語が、そこへ追加された。


 心臓――無い


 私は一度まばたきをした。冷静になろうと思ってしたのではなく、視界の読み取りが一瞬だけ拒否反応を起こした結果として、物理的にそうなっただけだった。


 心臓が、無い。


 ……いや、待ってほしい。


 意味が分からない、という意味ではなく、意味が分かるからこそ分からないのである。言葉としては理解できる。ミゼリア語の構文としても問題ない。心臓、無い。主語も述語もそこにある。内容だけが現実と折り合っていない。心臓が無いというのは、つまり存在しないという意味で、それは生き物の説明としてあまりにも乱暴すぎる。人間は心臓が止まれば死ぬ。そこは幼児向けの絵本でもたぶん譲らないレベルの基礎知識である。止まるどころか、そもそも無い? そんな説明を許してしまうなら、いよいよこの世界の生物学は教科書を全部刷り直す必要がある。


 私が無言のまま黒板と教官の顔を交互に見ていたからか、教官は口元へうっすら笑みを浮かべたまま、まるで「では実験してみましょう」とでも言うような気軽さで、信じられない提案をしてきた。


 「手を当ててみれば早いよ」


 「……どこにです?」


 聞き返した私の声には、我ながら警戒心がかなり滲んでいたと思う。いや、当然でしょう。ここで曖昧に返事をしてろくな目に遭った試しがない。


 「彼の胸に」


 「はい?」


 「一番手っ取り早い。脈を拾えば分かるし、拾えなければもっと分かりやすい」


 その言い方を聞いた瞬間、私は本気で額を押さえたくなった。視線だけが黒板の『心臓――無い』と、ソラの胸元を行き来する。胸板の厚みくらい服の上からでも分かる。姿勢はやや崩れているし、座り方にも隙が多いけれど、日頃から鍛えている体つきなのは明らかだった。肩幅は十分にあり、薄手のシャツ越しでも筋肉のつき方が整っている。細いように見えて、近づけばきっとかなり硬い。無駄な脂肪が少ない身体は、戦う人間に特有の説得力を持つ。


 だからこそ、そこへ「心臓がありません」という注釈をつけるのはやめてほしい。情報が噛み合っていない。見た目はどう考えても健康な男子生徒なのに、設定だけが裏路地の禁忌研究所から漏れ出てきた資料みたいになっている。


 「触れば分かるって……」


 「セフィリア、キミは修道士志望なんだろう? 基礎的な身体構造くらい把握してるはずだ」


 「把握してますよ。把握しているからおかしいって言ってるんです。心臓は、特に脊椎動物において血液循環を担う筋肉性のポンプ器官で、律動的な収縮運動によって酸素と栄養を全身へ送り出す生命維持系の中枢です。首から下げるアクセサリーみたいに『今日は忘れてきました』で済む部位じゃないんです。環形動物や軟体動物、節足動物にも循環系に類する構造は存在しますけど、少なくとも人型の高等生物で心臓不在を平然と語るのは、生物学に対してかなり喧嘩腰な態度だと思います」


 言いながら、私は自分でも少し話が逸れてきた自覚があった。あるのだけれど、仕方がない。現実離れした説明を聞かされた人間というのは、ときどき基礎知識を並べることで心の平衡を保とうとするものなのだ。理屈は裏切らない。少なくとも、人よりは。


 教官はうんうんと頷いている。頷くな。講義の復習みたいな顔をするな。


 「話が長くなってきたところで、実践してみようか」


 「全部聞いてたのに、着地がそれなんですね」


 「百聞は一触に如かず」


 「たぶんそのことわざ、今かなり乱用されてますよ」


 私は盛大に嫌そうな顔をしたまま立ち上がり、机を回り込んでソラの真正面まで歩いた。歩きながら心の中ではかなり多くの罵詈雑言が飛び交っていたけれど、声に出したところで事態がマシになる気配はない。ソラは椅子へ座ったまま、どこか申し訳なさそうな顔をしてこちらを見上げていた。そういう顔をされると逆にやりづらいのよね。堂々としていれば「はいはい確認しますよ」で済むのに、当人がこんなふうに気まずそうにしていると、私ばっかり妙なことをしているみたいじゃないの。


 「……失礼するわよ」


 「お、おう……」


 返事が微妙に裏返っている。緊張してるのはこっちだけじゃないらしい。少しだけ溜飲が下がった。


 私は息を整え、右手を上げた。胸郭の位置、肋骨の流れ、心尖拍動が表面へ出やすい部位、そのあたりは訓練で叩き込まれている。エルフやドラゴニア、フェアリー系との比較解剖だって学んだし、種族による心臓位置の差異や血流の特徴も一通り知っている。人型種族に限るなら、よほど特殊な先天異常でもない限り、探るべき場所はそう外れない。


 シャツ越しに、胸の中央より少し左へ、指先をそっと当てる。


 ぴと、と布地が沈む感触があった。


 思っていたより体温が高い。


 鍛えた人間の胸はもっと硬質な印象があるかと思っていたのに、表面の柔らかさと内側の厚みがきちんと同居していて、ああこの人ふだん見た目の軽さに反してちゃんと身体を作っているんだな、と、そんなことを一瞬だけ思ってしまった自分がちょっと癪だった。無駄に健康そうなのよ。血色もいいし、肌の質感も自然だし、胸板だって十分に発達している。人体として見た限り、どこにも「実は死者です」という札を貼る余地がない。


 だからこそ、私は半分くらい確信していた。何だかんだ言って、普通に脈はあるはずだと。教官がわざと大げさな表現を使ってこちらの反応を見ているだけで、拾おうと思えばちゃんと心拍はある。そういう着地に決まっている。決まっていてほしい。人の常識はそんなに簡単に粉砕されては困る。


 指先に神経を集中させる。


 普通なら、数秒も要らない。衣服越しでも、慣れていれば微かな振動は拾える。心臓が拍動するたび、胸郭の奥からわずかな反発が伝わる。一定のリズム。規則性のある圧。生きている肉体が内側から発する、小さくて確かな主張。


 ……来ない。


 私は眉を寄せた。


 もう少し位置をずらす。中央寄り。少し下。肋骨の間隔を頭の中でなぞりながら、再度触れる。やはり来ない。シャツの布地、皮膚の熱、筋肉の張り、そのどれもが普通なのに、その奥にあるはずの鼓動だけが、妙なほど静かだった。


 そんなことある?


 私は無意識のうちに身体を寄せていた。耳で聞くわけにもいかないから、指の腹へさらに意識を集める。医学的には完全に正しい手順ではない。分かっている。分かっているけれど、今この場に高性能診断器はないし、教官は多分わざと用意していない。人の混乱を生で観察したい性格の悪さが、あの人には十分にあるから。


 「……聞こえない」


 自分でも驚くほど小さな声が出た。


 「でしょ?」


 教官の声が、やけに楽しそうで腹が立つ。


 納得できるわけがない。私はそのまま手を離さず、今度は首元へ指を移した。頸動脈。ここならもっとはっきり取れる。心拍に合わせた血流の圧変化は、末梢よりずっと明瞭だ。胸で拾えないならこちらで確認する。それが普通の手順だし、普通の人間ならこれで答えが出る。


 ソラは少しだけ肩をすくめた。私が至近距離へ入ったせいか、息を呑むみたいに喉が上下する。その動きすら普通だ。普通なのに、普通ではないという前提だけがどんどん強まっていくのが気持ち悪い。


 指先を首の脈点へ当てる。


 静か。


 私は完全に黙り込んだ。


 ……嘘でしょ。


 いや、そんなはずないでしょう。


 人間の身体はこんなふうにできていない。心臓がなければ血流は成り立たないし、血流がなければ体温も維持できない。皮膚の色も変わる。筋肉だって動かない。脳への酸素供給はどうするの。神経伝達は。細胞代謝は。呼吸運動と循環器系は何によって接続されているの。質問が多すぎる。質問の洪水に対して答えが一つも追いついていない。


 私は思わず彼の顔を見た。


 ソラは気まずそうに視線を落としていた。さっきまでの落ち着かなさとは少し違う、もっと暗い種類の居心地の悪さがそこにあった。軽口を叩く余地もないみたいな表情で、じっとこちらの反応を待っている。その顔を見た瞬間、私はほんの少しだけ胸の奥が引っかかった。これは自慢でも何でもないけれど、私は人の弱った顔に特別優しい人間ではない。ないのに、その沈んだ目つきには、見たくないものを何度も見せられて慣れてしまった人間の影があるように感じられた。


 ……だからといって簡単に同情はしないけれど。


 私は再び胸元へ手を戻した。今度は少し広めに。探るように、押し当てる角度を変えながら、心音どころかそれに類する気配がどこかに残っていないか確かめる。皮膚の下にあるのはちゃんとした肉体だった。温度もある。弾力もある。鍛えた筋繊維の張りだって分かる。血が通っていないとこうはならない。代謝していないと肌色はもっと死ぬ。少なくとも私の指先が触れている範囲に、金属のフレームや人工皮膜の感触はなかった。


 「……ちょっと失礼」


 私は独り言みたいに呟きながら、さらに確認を続けた。鎖骨の下、胸骨の縁、脇寄り、心臓以外の大血管が拾えそうな位置。どこを探っても、あるべき振動がない。いや、正確には“心拍として認識できるリズム”がない。熱はあるのに、流れが掴めない。生き物に触れている感触そのものはあるのに、その生を支える機構だけが輪郭を持ってこない。


 もう意味が分からなかった。


 意味が分からないせいで、頭の中ではいくつか馬鹿みたいな仮説まで浮上し始めていた。人造人間。アンドロイド。サイボーグ。極端な遺伝子改造体。生体魔導兵器。何でもいいけれど、とにかく私が習ってきた「人間」の範疇では収まらない何か。心臓の“気配”が体のどこにも感じられないという一点だけで、常識がまとめて床へ落ちていく。


 「……何で?」


 気づけばそう口にしていた。


 誰に向けた問いかは、自分でもよく分からない。教官へか、ソラへか、それとも、こんな理不尽を平然と成立させている世界の仕組みそのものへか。


 ソラは曖昧に笑おうとして失敗した顔をした。


 「だから、俺も困ってるんだって……」


 その言い方があまりにも情けなくて、ほんの少しだけ笑いそうになった自分が嫌だった。いや、笑うところではない。ないのだけれど、深刻な話をしているはずなのに当人の口から出てくる台詞が「俺も困ってる」なの、ずるくない? そんなの、こっちも「でしょうね」としか返せないじゃない。


 「困ってるで済む問題かしら、これ」


 「済まないからこうなってるんだろ……」


 「妙なところでだけ正論を言うのやめてくれる?」


 教官が小さく喉を鳴らして笑った。あの人、本当に人の混乱を肴にするのが好きね。


 「ほら、納得しただろう?」


 「納得はしてません。確認しただけです。しかも確認した結果、余計に訳が分からなくなりました」


 「学問というのはそういうものだよ」


 「綺麗にまとめないでください。これは学問的発見以前に、私の常識が轢かれた事故なんです」


 私はようやく手を離した。触れていた時間はせいぜい数十秒のはずなのに、妙に長く感じられた。指先に残った体温がやけにはっきりしていて、それがまた腹立たしい。普通に温かいのよ。本当に。死人と呼ぶにはあまりにも健康的な温度をしている。こっちは人の生死の境界について結構真面目に学んできたつもりなのに、その境界線をこんな雑に踏み越えている存在を前にすると、教科書のページが全部薄っぺらく見えてくるから困る。


 ソラは自分の胸元を見下ろし、少しだけ苦い顔をした。


 「……やっぱ、無いよな」


 その言い方は、何度も確認されてきた人のそれだった。期待していないわけじゃないけれど、期待したぶんだけ落胆するのにも飽きてしまったみたいな、妙に乾いた響きがあった。


 私は腕を組み直し、息を吐いた。正直に言えばかなり混乱している。かなり混乱しているのだけれど、その混乱の中心にいる本人がこんなふうに妙にしょんぼりしていると、いつまでも「は? 何それ意味分からない」とだけ言い続けるのも少し違う気がしてくる。違う気がするだけで、全部優しくしてあげる義理はもちろんない。


 「確認するけど、あなた、自分で一度も拍動を感じたことはないの?」


 「ない。博士にも機械にも散々調べられたけど、結局“普通の循環器系じゃない”ってとこまでは分かっても、じゃあ何で動いてんのって話になると、みんな揃って難しい顔になる」


 「研究者が難しい顔になるときって、大抵ろくでもないのよね」


 「俺も最近それは分かってきた」


 「成長したじゃない」


 「褒められてる気がしないんだけど」


 褒めてないもの。


 教官はチョークをコツコツと黒板へ当てながら、やけに満足そうな顔をしていた。多分、私がここまで露骨に動揺するのを見たかったのだろう。性格が悪い。知っていたけれど、知るたびに更新されるのはどういう仕組みなのかしら。


 「セフィリア。君の今の反応はとても重要なんだ」


 「人の混乱を教材にしないでください」


 「違うよ。君は“異常”を見たとき、感情だけで切り捨てず、まず構造を確かめようとした。胸部、頸動脈、位置の補正、再確認。いい判断だ」


 褒められても素直に嬉しくない。嬉しくないけれど、そこを見ていたのかと思うと少しだけ舌打ちしたくなった。人の性格の悪さだけではなく、観察眼まで一級品なの、本当に面倒くさい。


 「だから君が必要なんだよ」


 「それとこれとは話が別です」


 「別じゃない。彼の呪いを解くには、“強い魔力”より“正しい理解”がいる。そして、理解に至るためには、目の前の不合理を不合理のまま放り出さない人間が必要になる」


 私は黙った。


 悔しいけれど、その言い方は少しだけ胸に引っかかった。昔教官に言われたことを思い出す。キミに足りないのは力ではなく知識だ。あのときは腹が立った。今だって半分くらいは腹が立っている。力があれば大抵のことは解決すると思ってきたし、実際、解決してきた場面も多い。けれど目の前にいるこの男子生徒は、力だけで殴ってどうにかなる種類の存在には見えなかった。


 心臓が無い。


 それなのに温かい。


 それなのに笑う。


 それなのに困った顔をする。


 その事実が、妙に頭へ残る。


 「……ねえ、ソラ」


 「ん?」


 「一つ聞くけど、運動したときはどうなるの」


 「どう、って?」


 「息が上がるとか、疲れるとか、胸が苦しいとか。心臓が無いなら、そのへんの反応まで普通っていうのは逆に腹立たしいんだけど」


 ソラは少し考え、眉を寄せた。


 「疲れはする。息も上がる。けどたまに、限界を越えたあたりで急に感覚が遠くなることがあってさ。音が遠くなって、体が冷たくなって、視界の端から色が抜ける感じ。そんで気づくと、博士とか先生とかがすげえ怖い顔してる」


 「全然笑えない話なんだけど」


 「俺も笑ってないって」


 「顔がちょっと笑ってるのよ」


 「困ってるときに愛想笑い出るタイプなんだよ!」


 それはそれで厄介だった。


 私は椅子へ戻りながら、頭の中でさっき触れた感触を反芻していた。温度。筋肉の張り。脈の不在。矛盾の塊みたいな身体。人間というのは普通、自分の常識から少しでも外れた現象へ遭遇すると、それを冗談か狂気か詐欺のどれかへ分類したくなるものだと思う。今の私にもそういう気持ちはある。かなりある。あるのだけれど、指先で確かめてしまった以上、もう「全部作り話でしょう」と切って捨てるには無理があった。


 面倒なことになった。


 本当に。


 教官は黒板の『不死』という文字の横へ、小さく丸をつけた。


 「というわけで、彼はアンデッドだ」


 「“というわけで”で片づけるには工程が飛びすぎです」


 「細部はこれから説明する」


 「今までの説明でまだ細部じゃなかったの?」


 「序の口だね」


 私は天井を仰いだ。会議室の白い照明がやけに眩しい。ここに来る前の私は、せいぜい教官がまた胡散臭い提案をしてきて、報酬の情報をちらつかせながら厄介事へ巻き込むつもりなのだろう、と、その程度に考えていた。実際、厄介事ではある。ものすごく厄介で、たぶん国家機密級で、うっかりすると命も飛ぶ。でも、少なくとも「遅刻魔の同級生に心臓が無いことを自分の指で確認する」展開までは予想していなかった。人生の予定表にそんな項目は普通入らない。


 ソラは申し訳なさそうに笑いながら、小さく肩をすくめた。


 「……悪い」


 「何に対して謝ってるのよ」


 「いや、なんか、色々」


 「色々すぎるわね。そこを一つずつ分解して説明できるようになったら、少し見直してあげてもいいわ」


 「ハードル高くない?」


 「命に関わる謎を抱えてる人間なんだから、それくらい頑張ってもらわないと困るの」


 自分で言ってから、ほんの少しだけ妙な気分になった。まるで最初から手伝う前提みたいな物言いだったからだ。もちろん、まだ正式に引き受けると決めたわけじゃない。決めたわけじゃないのに、もう頭のどこかで、私はこの意味不明な現象をどうやって理解するか考え始めている。嫌な兆候だった。好奇心は時に復讐心より厄介だ。人を予定外の方向へ引っ張る力がある。


 教官がそれを見逃すはずもなく、いかにも人の悪い笑みを浮かべた。


 「興味が出てきたみたいだね」


 「出てません」


 「顔に書いてあるよ」


 「その観察力をもっと建設的な方向へ使ってください」


 「十分建設的だと思うけどなあ」


 私はわざとらしく深いため息をついた。


 出ていない、と言えば嘘になる。認めるのは癪だけれど、心臓の無い生者なんて、修道士志望の人間にとっては最悪にして最高の難題だった。しかもそれがただの研究材料ではなく、組織や禁魔法術、死海、ストーン・アーケード、私自身の追っている過去とまで繋がっているかもしれないとなれば、無視して通り過ぎるのは簡単ではない。


 面白い、とは言わない。


 そんな軽い言葉で済ませていい話ではないし、当人の顔を見てしまった後では余計にそうだ。


 ただ――少なくとも、時間の無駄ではなくなった。


 それだけは、認めざるをえなかった。


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